第十九話 秘密の第五皇女様④

「異議あり! 異議ありっ! 異議あーーーーーりっ!」


 牢屋の中で素振りをしながら声出しをしていたら看守の人に怒られちゃったよ。

 結局初公判は第一回口頭弁論で、罪状の確認と証拠提出及びお互いの意見を述べる程度に終わり、特に判決が下るわけでもなく第二回からは抗弁を交えましょう的な感じで終わった。

 なんだか拍子抜けしてしまったが、中世の裁判的な乗りで問答無用に「おまえ死刑」みたいな感じにならなくてよかった。


 次の公判は来週らしいのでまた暇になるな。なんて思いながら今日の夕飯を待っていると、さっそく給仕係りの近づいてくる足音が聞こえた。


「べんりくん、べんりくん」


 またおまえか。


「どうしたローリン」

「今日はお疲れ様でした。まあ、最初はあんな感じですが裁判が進むにつれて恐らくこちらが不利になると思います」

「え? そうなの? なんかちゃんとした裁判で安心してたんだけど」

「とは言っても結局は出来レースです。上っ面だけは公平に審理しているように見せかけているだけですよ。いつものことです」


 なんだよ。結局はそう言う感じなのか。貴族達の権力を誇示するための見せしめとして俺は犯罪者にされるって感じなのか。


「で、なんかわかったの?」

「はい。私の方でも色々と調べました。べんりくんの事を近衛騎士団に密告したのは、帝都でも名のある運輸会社を経営しているクロウ・ヌココビーンと言う男です」

「なんかどっかで聞いたような名前だけどまあいいや。で、なんでそいつが俺の事を嵌めようとしてんだ?」


 なんかの名前に似ているけれどそれはそれとして、俺はその男とは面識はないはずだ。

 だいたいこっちの世界に来てから一ヶ月そこらの俺に、なにか恨みを抱いているなんて考えられないし。そんな奴が居るとしたらネクロマンサー尾崎と三重死達くらいってものだろう。

 俺は怪訝顔でローリンに尋ねるのだが、ローリンもまた困惑した表情で答える。


「それはまだわかりません。もしかしたら先の爆発事件となにか関係があるのかもしれませんし、もう少し深く調べてみようと思います」

「そうだな。まあ、危険そうだったらすぐにやめるんだぞ」

「大丈夫ですよ。これでもべんりくんが想像する以上の修羅場を潜ってきているんですよ。べんりくんは自分の心配をしていてください」


 もうっ! なんでこの娘ヅラ被ってる時はこんなにかっこいいのよ? またときめいちゃったじゃない。


 ローリンは「それでは」と言うと、夕飯の乗ったトレーと空になったトレーを交換して帰っていった。


 それにしても……クロウ・ヌココビーン……一体何者なんだ? なぜ俺の事を……。


「まあ心配したって始まらないし、なるようにしかならないよな」


 気を取り直して俺は夕飯を食べることにした。今日のメニューはパスタとサラダ、それにスープも付いてるじゃないか。なんでここってこんなにご飯が豪華なんだろう?


 翌朝。


 俺は看守に叩き起こされると身支度もそこそこに外へと連れ出された。

 手枷と腰縄を付けられて連れてこられた場所には女騎士団長様と、その横には禿ネズミのようなチビおっさん、そして兵士が二人居た。


「今日は実況見分を行うっ!」

「はあ?」


 女騎士団長様が得意気に言うのだが俺は眉を顰める。もう裁判が始まっているのになんで今更実況見分なんてやるんだよ、そんな無茶苦茶な段取りがあるか。と思うのだが、まあここは異世界である。そういうもんなんだろうと納得するしかないだろう。


「とぼけた声を出すな。ちなみにこちらは、クロヌコ運輸のクロウ・ヌココビーンさんだ。今日はこの方にも同行していただく」

「どうも、ヌココビーンです。よろしくお願いします」


 こいつが!? なんだか甲高い声でイラっとする奴だなと思うのだが、俺はヌココビーンのことを知っていると悟られないように平静を装った。


「はあ……どうも」

「なんだ? なにか不満なのか?」

「いや、不満もなにも第三者がこういうのに立ち会うのってありなんですか?」

「当然だ。今回のきさまの悪行を我々に通報してくださった善意ある帝国臣民であるからな」


 なにが善意あるだ。どう見ても小悪党って感じの面構えじゃねえか。

 しかし、こうやってわざわざ嵌めようとしている相手の前に現れて、しかも同行すると言うからにはきっとなにか理由があるに違いない。

 おそらくこいつは今回のこの実況見分の間になにか仕掛けてくる。

 証拠の捏造か!? 犯行の現場で被疑者本人に動かぬ証拠を見つけさせることにより裁判での勝利を揺るぎないものにしようとしているのではないか? きっとそうだ。

 いくらなんでも、裁判官を買収するなんてことがこの男に出来るとは到底思えない。だいたいそれがバレた時のリスクが高すぎる。

 一体なぜこの男が俺のことを犯罪者にしたいのかはわからないが、そこまでのリスクを背負う理由がないと思う。

 なんにしても、これはピンチであると同時にチャンスだ。

 今まで姿形さえわからなかった敵が自ら目の前に現れてくれたのだ。

 これまで牢屋の中で身動きもとれず、取り調べの時に女騎士団長とのやり取りで得られる情報から推理を試みていたが、俺はミスマープルじゃねえんだからそんなの無理です。

 やっぱり現場に行かないとね。今回のこの実況見分は俺にとっては逆転のチャンスになるやもしれない。


 ヌココビーン。おまえがなにをしようとしているのか、なぜ俺が謂れのない罪を着せられているのか、絶対に暴いてやる!


 全国のコンビニバイト達の名誉にかけて!


 つづく。

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