第九話 二十四時間営業と言う解けない呪い
店の外にまでできたレジ待ちの行列を見ながら俺は溜息を吐く。
「なんで異世界に来てまでワンオペでレジを回さなといけないんだよ……」
小声で愚痴りながら俺は商品のバーコードを読み込むと、表示された商品名と数字を隣のローリンさんが読み上げて値段を客に告げる。
「銀貨が25枚になります」
「あいよ」
ガチムチのおにいさんはランニングシャツと軍手そしてタオルをお買い上げのようだ。
こちらの貨幣価値が幾らくらいのもんかさっぱりわからないので、これが安いのか高いのかはまったくわからない。
それでもお客さんはそれなりに満足している様子なので良しとしておこう。
なぜレジにこちらの世界の文字や金額が表示されるようになったのかは不明だが、とにかくそういう設定なのだろうと細かいことは気にしないでおくことにした。
そして前回ガラスドアに突っ込んで傷だらけになったソフィリーナはと言うと。
開店直前までは「痛かったよぉっ! 怖かったよぉっ!」と大泣きしていたのだが、パワビタンZを一口飲ませるとあっと言う間に怪我が回復し、二日酔いも治ったとのことで今はピンピンしている。
「はい参加者のみなさーんっ! おはようございまーす」
「「「おはよーございまーす」」」
「準備会からのお願いです。商品はまだまだ沢山あります。コンビニは逃げたりしません。危険ですので店内では決して走らないようにしてください。はいそこーっ! もう一歩ずつ前に詰めて! 一人一人の一歩は小さな一歩です。けれど皆が一歩ずつ前に出ればそれは大きな一歩になるのですっ!」
外の列形成を手伝ってくれているのだが、なぜそんなコミケのスタッフのような感じなのかはわからない。
「パワビタンZが一点で金貨100枚になります」
「俺がこれまでに稼いできた全財産の半分だっ! 受け取れっ!」
ボロボロの鎧を身に纏った初老のおっさんが覚悟を決めた様子で金貨の束をレジカウンターに叩きつける。
え? そんなに価値のある物なのこれ? マジで? パワビタンが?
ローリンさんのパーティーの人達はきっと金貨148枚だと思ったんだろうな。それであんな風に驚いていたのだろうけれど、本当にそれくらいの価値があるものだったらしい。
おっさんはこれがあればダンジョンのもっと深い階層まで探索に出て一攫千金を狙うのも夢じゃないと、なにやら自分に言い聞かせるように店から出て行った。
パワビタンの効果はソフィリーナが身をもって証明してくれた。
なんてったってお客さん達の目の前でそれを飲み見事回復してみせたのだ。やはり実演販売ってのは効果あるんだなって思い知らされたよ。
「べんりくーん、パワビタン今日の分あと何本ある?」
「誰が便利君だ……。本日分はあと三本です」
ソフィリーナはそれを待機列の冒険者達に告げると、外から「えぇぇぇー」と言う冒険者達の嘆く声が聞こえてくる。中には怒号も混ざっていた。
実を言うと1200本あった在庫が全て売り切れたわけではない。
金貨100枚と言う超高級品のパワビタンZドリンクがそう飛ぶように売れることはないのだが、言うなればパワビタンが俺達がこの世界で生きていく為の生命線とも言える。
たった一口で全ステータスが全回復する上に、金貨100枚とか言うとんでもない価格で売れる商品をすぐに品切れにするわけには行かない。
コンビニの経営競争とは謂わば戦争と同じ。ならば1日に10本だけ販売と言う限定商品にして小出しにしつつ、来店されたお客様には別の商品を購入してもらうのが戦略と言うものだ。
当店での人気商品ベスト3はこれだ。
三位マスク
二位タバコ
一位ライター&マッチ
まずは三位のマスクがなぜ人気かと言うと、なんでもモンスターの中には毒の粉や息を吐く奴がいるらしく、マスクをしているとその効果を半減、或いは無効化できると言うのだ。不織布マスクすげぇ。長いダンジョン探索に於いてステータス異常ほど厄介なものはないからな。
次に二位のたばこ。こちらの世界にもタバコや葉巻に類するものは幾つかあるらしいのだが、うちの店ほど種類は多くなくあまり質が良くないらしい。それに比べてうちのタバコは品質も良く値段もリーズナブル、また様々なフレーバーを楽しめると言う事で人気の商品なのだ。
まあ、俺らの世界でもコンビニにおけるタバコの売り上げというのは店にとってはかなりの割合を占めるものだ。これは税金が絡んでくる話なのだが結構店側にとってはうまい商品であったりする。
そして栄えある一位はライター&マッチ。俺らの世界でははっきり言ってライターなんて、タバコのおまけで付いてきたりするくらい安価でそれほど人気の商品でもないのだが、こちらの世界では実は超貴重アイテム。魔法を使えない者でも簡単に火を起こすことができるのだからこれほど重要なものはないだろう。
スライムを撃退した時にも言ったが、人間にとって火とは生きる上で絶対に必要な超重要アイテムなのだ。
開店から3時間強、ようやく店が落ち着いてくると俺はローリンさんとソフィリーナに昼飯がてら休憩を取ってきてもらうことにした。
「しっかし、まさかこんなに繁盛するとは思わなかったな」
俺が感心しているとローリンさんはニコニコしながら言う。
「わたし、アルバイトとかしたことなかったのでなんだかとても楽しいです。働いてかく汗ってなんだかとても清々しいですねっ!」
いやいや……。あんたの魔王退治ってのは一応仕事なんだから、コンビニのレジ打ちでかくよりよっぽどいい汗かいてんじゃね?
そんなこんなで夕方17時を過ぎる頃には皆地上に帰るので、ダンジョン探索をする人も減り店内のお客さんもいなくなった。
「さてと、じゃあ閉店にしましょうか」
「は? なに言ってんの?」
店を閉めようとするソフィリーナに俺は、馬鹿じゃねえの? って感じで言う。
「なにって、もう客も来なさそうだし店を閉めようって言ってるのよ」
「馬鹿じゃないですか? ここはコンビニですよ? 閉められるわけないじゃないですか」
あれ? 自分で言っていてなんか違和感を感じるな、なんでだろう?
その言葉にソフィリーナとローリンさんは、なにか可哀相な人でも見るような眼差しを俺に向けると深い溜息を吐いた。
「あんたって根っからの社畜なのね……」
その言葉の意味することに気が付き俺は涙するのであった。
そしてなんか忘れているような気もするけどまあいいや。
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