第8話 ハインケル邸にて
半ば予想していたとはいえ、イネスの反応に三人は落胆を隠せない。
黙り込んでしまった三人に、イネスたちもかける言葉が見つからないのか、それ以降車中には沈黙が下りた。
三人はそれぞれ思考を巡らす。
とにかく情報もほしいが、三人で話し合いもしたい。
そうは言っても狭い車中ではそれもかなわない。
「……着きました」
イネスが御者からの合図で外を見た。
「うわぁ…」
それは三人が思わず声を上げるような大きさと、美麗さをもつ城だった。いや、イネスはこの建物を屋敷、と言っていただろうか。
「しばらくこちらでの滞在となります」
徐々に速度を落としていく車中から、留は気になるものを見つけた。
遠目からだが、丸い形をした建物。こちらもかなりの大きさだ。
「……あれは…」
指を差せば、イネスとケイは一瞬硬い表情を見せた…気がした。
「劇場です。ハインケル伯爵は、観劇などの娯楽がお好きなのですよ」
「…………」
二人の表情の意図がつかめず、それ以上留は何も尋ねられなかった。
完全に馬車のようなものが停車すると、三人は改めて屋敷の大きさに圧倒された。
束の間その大きさと華美さに目を奪われていると、声がかけられた。
「神子様!ようこそいらっしゃいました」
声の方に目を向けると、そこには恰幅のいい中年男性が立っていた。身なりから察するに、上流階級の者だろう。
「ハインケル伯爵!本日は急な来訪を受け入れてくださり、誠にありがとうございます」
イネスが膝をつき、深々と頭を垂れる。
周りの騎士らしきもの達もイネスに倣う。
「構わん。それより、神子様を屋敷に招くことができるなど、こんな栄誉なことはない」
そういいながら、ハインケル伯爵は、三人に近づく。
イネスたちのように、片膝をつき、首を垂れる。
「お初にお目にかかります。このハインケル領領主、ペンズ・ハインケルと申します。このたびは神子様へお会いできたこと、更にこの屋敷にご滞在いただけること、誠にうれしく、感激の極みでございます。農業と観光しか取り柄のない領ですが、出来うる限りのおもてなしをさせていただきます故、旅で疲れた身体をどうぞお癒しください」
流暢に流れる言葉に、三人は何と答えていいかわからず沈黙する。
「…と、言いたいところなのですが」
ハインケル伯爵が頭を挙げ、三人を見る。その目は言葉と裏腹に、三人を品定めするような、ぶしつけな目だった。
「これより、神子様の選別式を行うように、と王より言付かっております」
「選別…式…?」
聞きなれない言葉に、那毬が聞き返す。
「ハインケル伯爵!?」
イネスが焦ったような声を出す。
「あぁ、君たちには伝令が届いていなかったかな?」
イネスはケイを見る。ケイは黙って首を振った。
「王がな、早急に『箱』と『鍵』の神子を見つけろと言うのだ。やり方は、こちらで決めてよい、と。いくつかある選別式から、私の好みで一つ、決めさせてもらったよ」
「まさか……」
「人の真価を見るには、あれが一番だと思ってな」
ハインケル伯爵が指差したのは、先ほどの円形の建物。
「観客はすでに招いている。相手も吟味したぞ」
「お考え直しください!神子様は今日こちらへ来たばかりで、疲れ切っています!」
「そんなもの、魔術で治せばよい。ケイ、と言ったかな?彼は王都でも指折りの魔術師だろう?」
「ですが……子どもですよ!?獣相手に、何ができるというのです!?
「何もできなければ死ぬだけだ。そもそもそんな弱いものに世界を救う力があるとは思えない」
「それは、彼らがまだ子供で…」
「私の意見に口を出すつもりか?イネス公。三流貴族の分際で、私に楯突くと?」
「…それは……」
イネスが苦い顔をする。
「とにかく、決まったことだ。神子様たちには、あちらに移動してもらえ。私もすぐ行こう」
「……は」
力なく頭を垂れるイネスの顔は、うかがい知ることができない。
「……あぁ、そうか」
留がつぶやく。
小さな声だ。隣にいる那毬と誠にしか聞こえなかっただろう。
「コロッセオ…コロシアムに似ていると思ったんだ……」
円形の建物。古代ローマで似たようなものがあった。
そこでは一つの庶民の娯楽が行われていた、らしい。
剣闘士の戦い。
そして、公開処刑。
奴隷階級を剣闘士としてコロシアムに立たせ、剣闘士同士や、獣と戦わせる。もしくは、異教徒や罪人の公開処刑を見物させるための娯楽施設。そんな場所だ。
「……まさか」
「………」
那毬と誠も、留と同じ思考へ行きついたようだった。
「……こんなにも早く、強硬手段に出るとはね」
苦々しく呟く留の言葉に、那毬と誠は予想が外れることを祈るしかなかった。
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