彼女が魔女になった理由

夜鳥つぐみ

第1話こんにちは異世界

青い空に白く輝く太陽。

昼の空に浮かぶ二つの白い月……――


「って、二つ!?」


信じられない光景に、八条那毬は勢いよく身を起こす。


「……二つだ」


どう言う体制で見ようが、何度目をこすろうが、目の前の光景に変化はない。

むしろ他の物が見えてきたことによって、さらに困惑は増すばかりだ。


例えば。


 そもそもの話、何故自分は砂浜らしきところに寝ていたのか。

足元を這うカニらしき極彩色の生き物は縦歩き。

空を飛ぶ鳥は教科書で見た始祖鳥のようで。

背後に目をやれば、1メートルを優に超える巨大な花。

世界最大の花とされるラフレシアとも、ギネス記録のスマトラオオコンニャクともまったく違う形をしている。


「……まさか」


頭をよぎった考えに頬が引き攣る。


「…ん……」


その事実を認めまいと、他の可能性を考える那毬の耳に、下方から声が届いた。

視線を下げる。


「……留……?」


そこには最後の記憶まで一緒にいた鵺野留…らしき少女が寝息を立てていた。

らしき、というのは、


「ち…、ちっちゃくなっとるーっ!?」


目の前の彼女は、15,6年前の幼い姿をしていたからだ。


「ま…まさか」


目が覚めてから何度目かの嫌な予感に、那毬は恐る恐る己の手を見た。


「………」


最近の記憶のものより、小さく、細く、柔らかそうな……


「ちっちゃくなってる!いや、っていうか、もっと早く気付け自分!そして留さんいつまで寝てんのっていうか…、いい加減起きて!?」


「……ん~…」


「留さん!」


 その呼びかけに、留が答えるのは、地球で言うところの10分後の事であった。




 空に昇る二つの月。

 巨大な花。

 未知の生物。

 小さくなった身体。


「おぉ、これが異世界トリップ…!」


 ようやく目を覚ました留は、現状を見ると平静の声でそう言った。


「あぁぁ…言っちゃった」


 その言葉に、那毬は肩を落とす。

 おそらくそうだろうとは思っていても、けして口にしなかったその言葉。

 世に言う異世界トリップなるものを己が現在進行形で体験しているという事実を改めて突き付けられ、那毬は頭を抱えた。


「…っていうか、なんでそんな冷静なの」


 極彩色の貝殻をつついて遊んでいる留を恨めしげな眼で見る。


「え?驚いてるよ?」

「嘘つけ!」


 驚いている人間が、貝殻をつついて遊んでいるだろうか、いや、そんな訳が無い。


「でもまあ、これからどうしようねぇ」


 貝殻で遊ぶことをやめた留が立ち上がる。


「異世界トリップものって言ったら、勇者なり魔王なり巫女なり、何らかの役目を負わされて飛んでくるって感じだけど」

「児童書では王様に登り詰めたね。でもそう言うのって、イベントが発生するか、誰か迎えに来たりしない?」


 二人は少し、ほんの少しオタクなのだ。その辺の情報量は、並よりはあった。読書家、と言葉を変えてもいいかもしれない。


「でも迎えに来て、それが味方かって判断は出来ないよね」

「…確かに」


 異世界トリップをするような年齢は越えた、自動車も運転できる年齢に至っている二人は、妙に慎重だ。

 黙り込む二人。


「…とりあえず、ちょっと探索してみようか」

「ここにいてもしょうがないしね」


 しばらくの沈黙の後、留が後ろの森を指す。

 那毬も肩をすくめて同意する。


「…あの花、食人植物だったら死ぬよねー」


 おもむろに、留がつぶやく。


「冷静に言わないで!」

「っていうか、服ぶかい」

「身体は子どもサイズになったけど、服はそのままだもんね…」

「視力よくなったよー」


 もともと眼鏡をはめていた留は、眼鏡を外して森をみる。


「あのさ」

「なに」

「…私森に入って元の場所に戻る自信無いんだけど」

「………」


 またも留が口を開いた。


「あの太陽ってどの方角かなぁ。この世界、ちゃんとまるい星っていう保証もないよね」

「……」

「この世界の法則何も知らないもんね、私たち」


 ははははは、と乾いた笑いを漏らす留に、那毬は深いため息を吐いた。


「探索は、また次の機会ってことでどうでしょう」

「賛成」


 あはは、とまた笑って、留は腰を下ろした。


「さっきのの話しさ、私、たとえ迎えに来てもらったとしても、困る」


 しばらく海を眺めていると、那毬が口を開いた。


「なんで?」

 

 留の疑問に、なぜか力強い答えが返ってきた。


「人見知りだから!」

「……まぁ、そうね」

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