第十一話 フィグ村 ④

 あれから俺達は、セリーヌさんの手料理までご馳走になった。正直うまかったな。昂ぶった感情はなんとか抑えられているから、今のところは順調に夜を過ごしている。


 料理は魚と野菜中心だったけれど、それでも俺が食った事のない食材ばかりで、箸が止まらなかったよ。

 甘い魚とか、塩からい野菜とか初めて食ったな。ただ、それを上手く調理しているもんだから、絶品になっていた。


「ねぇねぇ! マリナお姉ちゃんはジル君のどこが好きなったの?」


 そして俺の席の横から、ニナちゃんが興味津々な目で俺に質問を浴びせてくる。ジルは対面にいるんだが、ずっと渋い顔でお茶を飲み続けている。お茶と言うか、ハーブティーと言った方が良いか、匂いが結構キツいんだよな。


「ねぇ、お姉ちゃん~」


「ん~あのクールで出来た様子でも、時折見せる年相応の姿がな~」


「あらあら……よっぽど副作用がキツく出てるのね」


「はっ!! あっ、待て、ジル! 今のは違っ……!」


「分かってます、セリーヌさんの滋養強壮の薬の副作用でしょう」


 あっ、なんだかそういう風にハッキリと言われると、カチンとくるんだが。少しは慌てろよ。

 それにしても、セリーヌさんから飲まされた滋養強壮の薬の副作用……思った以上に強力だな。


 それは、ほれ薬のような効果が出てしまうというものだった。つまり俺は、今ひたすらジルにホの字と言うわけだ。本当にふざけるな。一晩我慢するしかねぇのに、部屋を分ける事は出来ないと言われてしまった。


 一晩中同じ部屋にいて、理性を保つことなんて出来るのかかねぇ……今でこんなんだぞ、厳しいだろうな。


「ふ~ん、マリナお姉ちゃんって可愛いね」


「ぶっ……!」


「こらニナ。あなたよりも年上の女性よ、しっかりと礼儀正しくしなさい」


 俺は子供が少し苦手なんだ。思ってる事を遠慮なく言ってくるこいつらは、時たま俺達にとってカチンとくる言葉を、それこそ平気で言ってくる。


「ジル君はマリナお姉ちゃんの事好きなの?」


 ほらな!! 黙らせておくべきだったよ、この子だけはな! また聞きにくい事を平気で言いやがって!


「そう……ですね。僕には他者への感情はないですが……マリナさんに対する事だけはむきになっちゃいますね。それは恐らく、関心がないと出来ないです。そう考えたら、マリナさんの事は少し気になります……」


「つっ……! おまっ、それ……」


「お姉ちゃんっぽい感じで」


「……」


 最後の一言がなかったら、俺は落ちてたな……危ねぇ。


 今の状態で、こいつが俺の事をどう思っているかなんて聞くな! 心臓がもたんわ!!


 だけど、相変わらずジルはハーブティーを飲んでいる。ちょっと上品にな。ただ……さっきの渋い表情は、なにか良くない事を感じ取った顔だよな?


「……マリナさん、ニナちゃんと一緒にお風呂に入ってきてはどうでしょう?」


 すると、ジルはハーブティーを机に置くと、俺に向かってそう言ってきた。


「あら、そうねぇ。ニナ、マリナさんと一緒に入って来なさい。お父さんはお仕事で忙しいんでしょう? それにもう夜ですし、どっちにしても今日はここで寝るしかないわね」


 そしてジルの言葉に合わせるようにして、セリーヌさんもそう言ってくる。ただ、最後のはちょっと引っかかるな。夜は危ないのは分かるけれど、セリーヌさんが送って上げれば良いんじゃねぇか?


「やった!! お姉ちゃんの家にお泊まりだ~! マリナお姉ちゃんお風呂入ろう~!」


「おわっ?! ちょっと、引っ張るなって~」


 何でこの子はやたらと俺に懐いてんだ? 俺なんにもしてないぞ!


「この村の夜は、そんなに危ないんですか?」


「……その内分かるわよ」


 俺がニナちゃんに腕を引っ張られた後に、2人はそんな会話をした。気になってしょうがないわ。やっぱりこの村はなにかあるのか? 夜が危ない? モンスターでも来るのか? それとも他の何かがやってくるのか?


 ―― ―― ――


「なぁ、ニナちゃんさ、セリーヌさんと一緒に入りたかったんじゃねぇの?」


 その後、2人が丁度入れる程の風呂に、ニナと一緒に入り、俺が後ろから抱きかかえるようにして浴槽に浸かっている。もちろん、体や髪も洗った後にな。シャンプーや石けんは俺の居た世界と一緒だったよ。この辺りは魔法に頼らずにシンプルなんだな。


「ん~ニナのお姉ちゃんに挨拶してくれたから」


 ややこしくなるから、名前を入れて欲しいところだな。多分これは、あのお墓の時の事だろう。亡くなった本当の姉の方か。


「そっか……ニナちゃんは寂しくねぇのか? まぁ、セリーヌさんがいるけどな」


「寂しくなんかないよ~」


 すると、ニナちゃんは背中にいる俺の方に顔を上げると、凄い笑顔で続けてきた。


「ニナのお姉ちゃんはね~今あの石の下で寝ているだけで、いつかちゃんと起きて来るんだ~」


「……えっ?」


 ちょっと待て、何恐いこと言ってんだ。君の姉は死んでんだよな? 墓の下で寝ていると言うのは、死んでるって事なんだよ。まさかあそこが家とか、そんな素っ頓狂な事を言うんじゃねぇだろうな。


「いや……君のお姉さんは……」


「あそこはね、ちょっと具合が悪くなった人が休んでる場所なんだよ。少しだけ元気になったら、ちょっとだけ出て来て会いに来られるようになるの!」


「えっと……それは、村の人達全員にってわけじゃ……」


「全員だよ~」


 ニナちゃんの当たり前のように返すその言葉に、俺は一気に背筋が寒くなってしまった。風呂に入ってるのに、何故か薄ら寒いわ。


「ニナもマリナお姉ちゃんみたいに大きくなりたいな~」


 そんで胸揉むな。俺はそれどころじゃねぇよ。

 ジルが言っていたこの村で感じる異常な魔力って……この事か?!


「ごめん、ニナちゃん。お姉ちゃんちょっと上がるね」


「あっ! ニナもニナも! もうすぐ皆来てくれる時間だから~」


 待たんか!! 今日来るんかい?! それならそれで急いでジルに言わねぇと!


 とにかく俺は、ニナの言葉に戦慄して、慌てて風呂から出ると、素早く体を拭いて、髪も乾かさずに適当に服を着て、さっきまで食事していた一階のリビングに向かうが、そこはもう誰もいなかった。


「マリナさん! 上です!」


 すると、2階に続く階段の上から、ジルの声が聞こえてくる。焦ったぞ、とっくに襲われたのかと……。


 そして俺は、ニナと一緒に階段を上がり、その先の少し広めの部屋にやって来た。セリーヌさんも一緒だったけれど、どこか浮かない顔をしているな。


「ジル、ニナが変な事を……」


「マリナさん、聞くより見た方が良いと思います。もう来てますよ」


「本当に?! お姉ちゃん来てるかな!」


 すると、その言葉に真っ先にニナが反応し、ジルが覗き込んでいる窓へと駆け寄って行く。もちろん、俺もゆっくりとそっちに歩いて行くけれど……あんまり見たくないな。


「マリナさん……ニナちゃんには何も言ってないですよね?」


「あぁ……信じられなかったけれど、この子はガッツリと信じきっているからな、死者が蘇る事に……」


「あの様子だと、死という概念すらなさそうですね」


 そしてニナに聞こえないように、小声でジルと話すと、窓枠に掴まって一生懸命見ているニナの背後から、その下を覗き込んだ。


「マジかよ……」


 そこには、あり得ない光景が広がっていた。


 この家の前の狭い通り一面に、びっしりと敷き詰めるようにして立ち並んでいる、死者達の姿……そしてフラフラとどこかに向かって歩いているのか、なにかを探しているのか、各々好き勝手に動いている。


 ここは火葬じゃなくて土葬……死んだ者はそのまま埋めるのか。だから変な魔法の媒体にされたりするんじゃねぇの?


 腐っていたり、半分白骨化している奴もいたり、完全に白骨している奴もいたわ。つまり、あの墓地に埋まっている奴等全員出て来たのか?!


「死体を動かすだけならまだしも……魂まで蘇ってる。これは、完全な死者の蘇生。禁術魔法です」


 そしてジルはそう言うと、俺達の後ろにいるセリーヌさんを見た。俺もジルに続いたけれど、セリーヌさんは申し訳なさそうな顔をしているぞ。


 悪い事をやっている奴の顔じゃねぇな。だけど、説明はして貰わないとな。このままじゃ寝られねぇよ。

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