第十話 フィグ村 ③
辿り着いた薬屋は、こじんまりとしていても木製の三階建てになっていた。薬草を扱ってるのか、店の前にはツボに入った草が沢山並んでいる。そして店の中には、俺には良く分からない様々な道具があって、店の中央の机には、耳の長い女性が何かを煎じていた。
エルフか……俺以外のエルフは初めて見た。
金髪のロングヘアーは癖っ毛もなくてサラサラで、まるで絹のようだ。見た目は20代くらいに見えるし、胸も俺よりデケぇ……いや、別に気にしちゃいないけれど、何故こんなに敗北感が湧いてくるんだ?
「セリーヌお姉ちゃん! 頼まれた薬草取ってきたよ~」
そして、ニナがその店の中の女性に話しかける。この人がセリーヌさんか。
「あら、ニナ。遅かったわね。またあそこに行っていたの?」
すると、その人はニナの声に反応して、顔をこちらに向けてくる。目は細いけれど、綺麗な目をしているな。エルフの女性って、こんなにも美麗なのか? ドレスとかめちゃくちゃ似合いそうだな。今は膝丈までのワンピースを着ていて、インナーも使ってしっかりと着こなしている。
「ニナ、その人達は?」
「迷子の軍人さん~」
「ニナちゃん、その説明はないと思うけどな~」
さすが子供だよ、なんとも適当な説明だな。
その後、慌ててジルがセリーヌさんに向かってちゃんとした説明をした。
「そう、それはお困りでしょう。村長から許可を頂いているのなら、三階を使って下さい。今は旅の人に宿として貸しているので」
「そうですか、ありがとうございます。助かります」
そしてそれに対して、ジルも丁寧にお辞儀をしてお礼を言った。本当、10歳なのにテキパキと……。
『減点ねぇ~』
「……いや、何でだよ」
横から急に話しかけて来たと思ったら、まさかの減点報告かい。ちょっと待て、どこで……って、あぁそうか、お礼を言わないといけないのか。
『全く、基礎中の基礎も出来ないなんて、この先が不安だわね~』
「あ~その事なら、後で俺も聞きたい事があるんだわ」
だけど、先ずはジルと同じように頭を下げて礼を言うか。こんなの男の時にはやったことがないから、凄く違和感がある。
「あ……ありがとうございます」
ちょっとたどたどしかったが、何とか言えたか。
すると、セリーヌさんは興味深そうに俺の顔を見てくる。なんだろう、何か俺の顔に付いてるのか? なにか変な所でもあるのか?
「あなたもエルフよね……どの血筋の方かしら? 顔の特徴、耳の付き方……それぞれ国の血筋で違うのだけれど……あなたのは見たことがないわね」
何を言ってるかサッパリだわ。だけど、確かにこの人は耳の付き方が俺とは違う。耳が横になっている。
「マリナさん……あなたの事はバラしても……」
「いや、分かんねぇ。えっと……」
『別に良いわよ、秘密ってわけじゃないし。それにいずれ分かるわ……更生プログラムの真の意図はね』
この世界の人間達には秘密ってわけじゃないのか。でも、それならジル達に言ってしまってる時点で、アウトだったな。
それにしても、更生プログラムの真の意図ってなんなんだ? それを聞こうとしても、『その内分かるわよ』と一蹴されてしまった。ただ、俺が妖精と話してる間に、またジルが俺の事を説明してくれていた。お前は俺の保護者か?
「更生プログラム……それって、この前この村に立ち寄った女の子も言ってたわね。流行ってるのかしら?」
「……おい妖精」
その内どころか今すぐだったわ。だから俺は、思い切り妖精の奴を睨んだ。
『……更生プログラムを適応された別の人間ね。もちろん、あなたの世界の人間か、別の世界の人間かは分からないけどね』
「他にもいるのかよ……」
『当然でしょう~あんた1人だけの特別プログラムじゃないわよ』
やっぱりなにか裏がありそうだなぁ……本当に更生させるだけか? おい。
『ちょっと……なによ? その内全部分かるって言ってるでしょ!』
「その内っていつだよ?」
『その内よ!』
ダメだ、埒があかない。タイミングを見てから再度聞いた方が良いな。それよりも、今はこの村を警戒しておかないと駄目なんだよな。
「ニナ、その薬草広げてくれるかしら? 明日洗って干しておくから」
「は~い!」
すると、ニナは小さな丸い水晶玉を取り出すと、それを上下に振り始めた。凄く乱暴にな。その瞬間、そこから大量の草が飛び出してきて、空に舞いながら床に落ちていく。
「ニナ、もう少し丁寧にね」
「あっ……上下逆だった。てへへ」
おいおい、下に出すつもりだったのか。思い切り上に飛び出たからな……確認出来るなら確認しとこうぜ。
「その後に晩御飯にしましょうか。あなた達もご一緒にどうぞ」
「えっ……いや、そこまでお世話になるには……」
そして、晩御飯までご馳走すると言ってきたセリーヌさんに向かって、ジルは慌ててそれを断ろうとした。まぁ、お金を取ろうと言う気がないからな。それは流石に遠慮しちまうよな。
「あら良いのよ。旅の人達には自慢の薬膳料理を食べて貰って……って、何故逃げるのかしら?」
いや、すまん……条件反射なんだわ。薬膳料理と聞いたら、状態異常を治す、あの強力で独特な味の薬膳料理を思い出すんだわ。
それと、逃げだそうとした俺達の足に絡まってるこの蔦はなんだ! セリーヌさんの魔法か? 逃げられない。
「マ、マリナさん……あなたが年上ですから先に頂いて下さいね。僕は後で良いので」
「てめぇ、この後に及んで俺を立ててくるんじゃねぇよ!」
先輩面しといて、こんな時ばかり歳相応の対応を求めるんじゃねぇよ!
「あっ、そうだお姉ちゃん。あの子の所にもちゃんと行ってきたから」
「あらそう、ありがとう」
すると、薬草を広げ終えたニナが、セリーヌさんに向かってそう言ってきた。まだ誰かの所にも寄っていたのか?
「それじゃあ、ニナは一度お父さんの所に戻って、夕飯の事とか話してきなさい」
「は~い! 直ぐに戻るね、待っててね~!」
そして、セリーヌさんにそう言われたニナは、元気良く走り出し、この場所から飛び出して行った。
「……全くあの子ったら……本当、そっくりね」
なんだ? 走って行ったニナを見ながら、セリーヌさんがため息をついている。そしてその表情も、どこか憂いを帯びている。この人にも何かあったのか?
だけど、それを聞くのは無粋だ。俺達はまだ初対面だから、無遠慮に聞くわけにはいかねぇんだよ。
「さて……あなた達は疲れてるわよね?」
「いえ、疲れてません。マリナさんの方が……」
「待てこら、逃げんなジル! 俺も元気だっての!」
冷や汗かいて必死になりやがって。こういう事の感情はあるんだろうから、慌てるのは分かるが、俺になすりつけてんじゃねぇよ!
「うふふ……駄目よ、2人とも疲れてるわよ」
「あっ……もしかして、特異力持ちですか」
「い~え、ちょっとだけ目が良いだけよ」
ジルの問いかけにセリーヌさんはそう答えたけれど、嘘付けって……目が光ってるっての!
「さぁ……私の特製の滋養強壮のお薬で、元気になってね~」
「うわぁぁあ! 蔦……蔦がぁ! 止めてください、セリーヌさん!」
「ジル! お前の魔法で……!」
「駄目です! 蔦で関節をきめられているので、動けません!」
「うわっ、本当だ!」
しかもこの蔦、床から次々と伸びてきているから、1本切っても、また次が絡まってくるだろうな。ダメだ、逃げられない。
そしてセリーヌさんは、奥から何かを持ってくると、笑顔のままで俺達に近付いてきて、そしてその手に持ってる粉末を、俺達の口に流し込んできた。
その動作は素晴らしく手際が良かったよ。蔦を使って俺達の顎を掴み上げ、口を開けさせると、そのまま流れ作業のようにして、俺とジルの口に怪しげな粉末の薬をほうり込んで来たからな。
「ぐぅ……」
「うぅ~」
とにかく、ジルも何とかして吐き出そうとしているけれど、これは喉の奥に放り込まれているから無理だわ。これ以上頑張っても、喉に余計に引っ付くだけだ。飲むしかなかったな。
「けほっ、げほっげほっ……くそ。苦ぇ……」
「良薬は口に苦しよ、我慢して」
そうは言うけど、この苦さは……苦さ……いや、言うほど苦くなかったかな。まさか、本当にちゃんと考えられて作られた薬だったのか?
「けほっ……マリナさん、大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ。お前も平気だろ?」
「そうですね……あぁ、無駄に抵抗したので、喉に……水を」
そして、ジルはセリーヌさんから水を受け取り、それを飲み干していく。
それにしても、確かに疲れが抜けていく感じがする。おいおい、もう効いてきたのか? 粉薬とは言え、効きが早すぎないか? 本当に大丈夫なのか?
「んっ……ふぅ……あぁ、でも本当に疲れが取れてるような……って、マリナさんどうしたんですか?」
「……なんでもねぇ」
体が熱い……とにかくこいつに引っ付きたい。ほっぺぷにぷにしてぇ……プルプルの唇にむしゃぶりつきてぇ。
よし、セリーヌ。お前なにか盛ったな?!
「セリーヌさん……これ、本当に滋養強壮だけか?」
「他になにか症状が?」
ちょっと待て、その手にしているボードはなんだ? そして、何を書き込んでいるんだ?
「セリーヌさん……まさか俺達で実験してるんじゃ……」
「いやぁね、治験よ治験。ここに泊まらせる代わりに、私の薬開発に協力してね」
「なっ……ななな!」
治験だと?! つまりモルモットになれと? ふざけるな!
するとそれを聞いたジルが、俺の様子を見たあと、少し怒ったような表情をして、セリーヌさんの方を見た。
「リスクが高いです……それは危険ですよね? マリナさん、村長に言って他に……」
「旅の人が泊まれる程の家は、ここしかないわよ~」
大きいと言っても村だったな。そんなにデカい家はないのかよ。やられた……一晩過ごすにはここしかないというわけか。
こんな事をしてくるなら……このセリーヌさんが、村の異常な魔力となにか関係があるんじゃないかと思ってしまうな。
そうは思っても、俺はまずこの昂ぶった気持ちを収めないといけなかった。
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