第六話 窮鼠猫を噛む

 今乗っているドラゴンの顔の所で、両手を広げ、ゆっくりと俺に近付いてくる黒いピエロだが……今の俺はどういうわけか、さっきとは違って、相手が恐ろしい奴という思いが全くない。


「先ずはこの古代神器からいきましょうか~」


 すると、そのピエロはその場からいきなり消え去り、そして急に俺の後ろに現れた……所を俺が後ろ蹴りをして吹き飛ばしておいた。


「ほぅっ……! ぐっ!」


「その神器か、俺を飛行艇からこのドラゴンの背中に移したのは」


 確か特異力は、この黒いゲートだったな。それなら、後の不思議な能力は、全部古代神器か魔法だろう。

 ソフィの予知突破も、自分達がやろうとしている事がバレていると分かれば、行うタイミングをずらせば、相手に動揺をさそう事が出来るだろうな。


 全く……良く考えたら分かる事じゃねぇか……。


 そして奴は、再び指に付けている指輪に触れる。転移の古代神器はそれか。


「ひょほほ、まぁ……目に見えている範囲100メートルという限定付きですが、それでも十分……」


 すると、話の最中に奴は消える。また転移か? 後ろ……じゃない。左右でもない、となるともう定番のパターンじゃねぇか……。


「……戦闘においては、効果を発揮するんですよ~!!」


「うわっ!!」


 その後上から声が聞こえたし、上から来ると予測していた俺は、咄嗟に上を見て相手を蹴り上げようとしたが、相手の巨大な手が見えて、一瞬戸惑ってしまった。


 とにかく俺は、慌ててその場から飛び退き、受け身を取って転がると、すぐさま体勢を立て直す。だけど今度は、相手の巨大な足が迫っていた。しかも足裏で蹴り飛ばそうってか……。


「うぉっと……!!」


 まぁそれでも、体の長さは変わってない感じだったからな、今度は後ろに飛び退いて、相手と距離を取っておいた。さて……なんとかここまで来たか。


「ひょほほ、当然これも古代神器の力ですよ~」


 あぁ、分かってる分かってる。指に沢山指輪を付けてて、なんともピエロらしい奇っ怪な能力の数々だよ。


「さ~て次は……空気中の水分でも奪ってやりましょうか~?」


「それは勘弁だな」


「おぉっ?! しまった、その場所は!」


「もうちょい、相手の位置を考えるべきだったな。自分のことしか考えない、まさに道化者のバカピエロだぜ」


 そう、ここはドラゴンの頭の上。

 そして俺は最大限の力を込めて、このドラゴンの頭に蹴り込もうと、ズボンのポケットに手を突っ込み、脚を高く上げているんだぜ。


「そんな事しても、こうですよ~」


 すると、そのピエロは指を弾き、俺を転移させてきた。それは予想通りだよ。さて、どこだ?


「さぁ……大人しく……」


「てめぇ、よっぽど自分の能力に自信があるんだな!! ふざけてんじゃねぇぞ!!」


 相手のピエロの真ん前だと? こいつ他の古代神器で、俺の蹴りを防げると思ってるのか。ムカつく野郎だぜ。


「ひょほほほ、余裕ですよ。それと、転移されるのを分かっていて攻撃しようとしていましたね。そんな回りくどいことをせずに、私に攻撃しなさいよ」


「分かったぜ、それじゃあ遠慮なく~」


 だけど、俺は振り上げた足を落とさずに、そのままポケットに突っ込んだ手を出し、その手に握っていた水晶玉のようなものを、そいつの目の前に放り出した。


 そして、それが破裂すると同時に、眩い光を放った。そう、閃光弾だ。魔法によるものらしいが、俺にとっては閃光弾そのものだわ。ジュストの奴が、部屋に行く前に渡してくれていたんだよ。


「ぐぉわぁぁぁああ!!!!」


「よし……!!」


 もちろん、俺は目を閉じていたから閃光弾にはやられていない。だから、そのまま後ろに飛んで、このドラゴンから飛び降りた。


 さ~て、後はジルの奴が動けるかどうかだが……。


「うぉっ……!」


「全く……あなたはいつもいつも無茶を……」


「お前には言われたくないねぇ」


 そんなボロボロの姿でよ。まぁ、だけど助かったわ。上手くあのドラゴンから抜けてきたか。でも、倒せてはいないよな?

 そしてジルが相手をしていた、体が溶岩みたいなドラゴンを見ると、体の一部が凍りつき、動きにくくさせられていた。


 それと、俺がこうやって逃げられるのなら、俺の中にいるやつの力を使わなくてもと思うだろうが……こうやって、相手の白い厳ついドラゴンから飛び降りても、その後逃げられなかったら意味がない。その為にも、使えるものは使い倒すのが俺流の戦い方よ。


「ぐぅぅ……くそっ、姑息な手段を……しかし、ドラゴンは鼻が利きます。さぁ、行きなさい!!」


「無駄だぜ……この力を使って最初にドラゴンを攻撃したが、あんなので倒せるなんて思ってねぇんだよ。だから、ちょいと仕込みをさせて貰ったぜ」


「なに……?」


 俺の中の奴は、思った以上にとんでもねぇ奴なんだよ。この星、この世界、平行世界、過去、未来、現在、空間。そんな概念から外れた存在。だからこんな事が出来る。


宇宙の呪いユニヴェール・マレディクスィオン!」


「グォォォオオアアア!!」


「バカな! 聖なるドラゴンが、呪いに?! うっ、うぉぉぉお!!」


 そう、俺がこのドラゴンの背中を蹴った時、爆発と同時に仕込んでいたんだよ。この溢れ出る力の一部をな。


 そして背中から出た黒いもので、その体を覆われた相手の白いドラゴンは、そのまま真っ直ぐに地面に向かって落ちていく。

 ついでに、奴の知識もちょっとだけ頭に流れてきた。あれは、宇宙を構成する物質らしい。まぁ、俺のいた世界でも解明されずに、暗黒物質ダークマターってされていたけどな。要するにそれだ。


「すげぇな……あのドラゴンとピエロが全く動けていないぞ」


 ついでに背中に乗っていた、あのピエロにまで呪いがかかるなんて……えげつねぇな。

 しかも落ちている奴等を良く見たら、体の自由どころか、水分まで抜かれているのか、一気にミイラみたいになっていっている。やべぇ……ここまでとは思わなかった。


「くそっ……あそこまでとは思わなかった。あれはダメだ、呪いを解かないと……」


『いいえ、結構です。あのまま放っておきなさい』


「なっ?!」


 すると俺とジルの後ろに、ジュストの乗っている飛行艇がやって来ていて、スピーカーのようなもので俺達に話しかけてきた。


 影みたいなドラゴンはどうしたのかと思ったら、その姿を消していた。

 どこかにいったのか? そう言えば、溶岩みたいな体をしたドラゴンも、呼び出したものが瀕死になっているからか、その姿が突然消えたな。この2体はなんとかなったのか……?


 それにしても、ジュストの野郎はとんでもない事を言いやがる。


「放っておくだと! 俺は……」


『殺しはしない。その心意気は良いですが、この世界に居る以上は、一旦その考えは止めて頂きたい』


「……なんでだ?」


『死にますよ』


 確かに言ってる事は分かるが……こっちはこっちの人生観があるんだ。そこが違うとどうしてもな。


 だけど、俺がジュストの言葉に言い返そうとした次の瞬間――


「グゴォォォォオオ!!」


 ――ドラゴンの雄叫びと共に、ジュスト達の乗っている飛行艇に向かって、巨大な溶岩が飛んで来て、船体を貫いた。


 しかも、その後次々と空から溶岩が擦り注ぎ、ジュスト達の飛行艇を貫いていく。


「ジュスト中佐!!」


「あっ……あぁ……おい、マジかよ……」


 そしてジュスト達の乗った飛行艇は、そのまま地面に向かって落下して行き……そして空中で爆発した。


 あんなの……脱出する時間も無かっただろうに……つまり、全員もう……。


「ひょほ……ほほ……ぜぃぜぃ……あぁ、これはキツい呪いですねぇ」


「てめぇ……なんで!!」


 そして、その後俺達の上から、あのピエロの声が聞こえてくる。影のドラゴンの頭に寝転がっている。それに溶岩のドラゴンまで。ピエロの能力で飛んでいただけだった!

 生きてやがったのか……いや、ギリギリだな。ミイラ寸前って所で、辛うじて生きている状態だ。

 また古代神器の能力か。こいつもしかして、10本の指にはめてる指輪全部が、古代神器なのか?


「てめぇ……瀕死ならとっとと去れや!」


「ひょほ……ぜぃ……そうはいきません……ここまで追い詰められて……何もせず撤退など……私のプライドが許しません……せめて、そちらにもダメージを与えておきませんとねぇ」


「ふさけんなよ。それならそのまま死ねよ!」


「ひょほ……この結界の古代神器で、体の重要な部分を守ってますからね……ギリギリでしたよ。あとちょっと遅かったら、私は完全に体の血が蒸発して、ミイラどころじゃなくなってましたねぇ」


 あぁ、水分が蒸発していたというよりも、血が蒸発していたのか。そうなると、白い厳ついドラゴンの方は絶命してやがるか。自分の臓器に結界を張って守るので、精一杯だったようだな。


 だからって、撤退ついでにジュスト達の飛行艇を墜とすとか……本当に……救いようのない悪って奴か。


「マリナさん……今はとにかく、この場を離れましょう」


「あっ?! なんでだ! あいつはあのままとっ捕まえて……!」


「無理ですよ、僕もあなたも無茶をしています。あの2体の巨大なドラゴンには勝てない。でもあいつは、呪いを解かないとこのままでは動けない。早く呪いを解きたいでしょう。あいつから撤退という言葉が出ていますからね」


 ジルにそう言われたけれど、やっぱり俺は納得いかねぇ。だから、あのピエロを捕まえる為に、俺は立ち上がろうとした……だけど。


「くっ……」


「ほら、マリナさんだって休まないと、これ以上は体が壊れますよ」


「くそっ……!!」


 それに、もうあの力が湧いてこない。どうやら、力を貸すにも時間制限があるようだな。ちくしょう……。


「ぜぃ……ぜぃ……お互い同意のようですね……ですが、この屈辱は忘れませんよ」


「あぁ、そうかい……俺だって忘れねぇよ、この怒りはな!」


「ひょほ……ひょほほほ……」


 そして、黒いピエロと溶岩みたいな体をしたドラゴンは、影のドラゴンの影に包まれていき、そのままその場から姿を消した。


 初めての敗北? 違う……引き分けだ。俺は負けてねぇ……ジュストの奴がバカだっただけだ。

 そう言い聞かせたいのに……あの時俺がトドメを刺せていたらって考えてしまい、自分を責めてしまう。


 そしてジルは、無言でゆっくりと降りていく。飛行艇が落下して、爆発した場所に。あぁ、そうか……死体が残っていたら、埋めてやらねぇとな。残ってないかも知れないが。

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