第三話 たった一人の襲撃者

 俺達の乗る飛行艇に戦いを挑んできた奴は、ドラゴンに乗っているらしい。見てぇんだけど、さっきから船体が揺れまくっていて、まともに立っていられねぇよ。


「おいおい、大丈夫か? この船!」


「王国の中でも1・2を争う高性能の飛行艇です。ですが、ここまで揺れるとなると、攻撃を受けている可能性がありますね。操縦室に向かいます!」


 すると、ジルはそう言った後に部屋を出て行く。


『ちょっとジル! もう……あのバカ。マリナ、この鏡持っていって』


「んっ? あぁ、そうか。大事なものだよな。ったく、慌てやがって」


『そう言う所あるからさ、ジルの事守って上げて』


「あぁ、だけど、お前も一緒にな」


 無理してお姉ちゃんぶろうとしているのがバレバレだぞ。お前も、ジルと同じ10歳のガキなんだろうが。全く、どいつもこいつも超人かっての。


『ありがとう……あと、気を付けてね。嫌な予知が出てるから……相手――その時は良いけれど――してきたら、注意しなさい。でも、最後は見えなかった。良い、油断しないでね』


 すると、ソフィはそう言って、この鏡との接続を切った。何も映らなくなったよ。


「全く……予知ってのは便利な能力なのか、嫌な能力なのか、紙一重だよな……」


 敵にそんな能力があるなんて思いたくはないけれど、予知で出ちまってるなら、その通りなんだろうな。ふざけんなよ……このままじゃあ、この船は墜ちる。


「……ったく」


 そして俺は、急いでジルの向かった方向に走って行く。


 ―― ―― ――


「敵の方角は?!」


「2時の方向です!」


「副砲で弾幕を! その間に主砲魔力弾充填!」


「了解!!」


 なんだこの展開は。操縦室に入った俺は、まず1番にそう思ったよ。

 人が慌ただしくしている操縦室は、目の前一帯から天井辺りまで、外を一望出来る程の大パノラマだった。というか、鏡張りで大丈夫なのか? と思ったら、そこに突然炎弾が飛んで来て直撃した。


「うぉ!!」


「上ですか……厄介な」


 割れてねぇ……なんだこのガラス、すげぇな。魔法で強化してるのか? いや、それよりもだ。今はこの場にいるジュストとジルに、ソフィの予知の事を伝えねぇと!


「おい、ジュスト、ジル! ソフィの予知だ!」


「何ですって? なんで報告しないんですか? ジル」


「えっ、いや……」


「ジル、お前慌てて飛び出しやがって。この鏡忘れてんじゃねぇよ。それとソフィの予知、ちょっとヤベェのだから」


 そして俺は、ジュストに注意され、落ち込んでいるように見えるジルに近付いて行き、ソフィとの連絡用の鏡を手渡した。ついでに、近くまで来たジュストにも聞こえる様に、ソフィの予知も伝える。


「…………なるほど、それは少々いただけないですねぇ」


「そんな……相手にそんな能力が……」


 そして予知を聞いた2人は、もちろんショックを受けていた。そりゃ俺だって、この予知を聞いた後はショックだったよ。でもな……。


「あのな、未来が分かってるならよ、自由に変更出来るって事じゃねぇのか?」


 それは、誰もが欲しがるアドバンテージだろうが。それにソフィの奴も、それを使って毎回攫われる未来を変えているんだろう? だったら、俺達にも出来るだろうがよ。


「ふむ……宜しい。一か八かですね。それと残念ながら、今まで聖女である彼女も、予知でなんでも切り抜けているわけではないのです。攫われた時だって、ジルまで一緒に攫われる予知ではなかったはずですよね」


「あっ……」


 それもそうだったな……ということは、予知の通りにいく事はないかも知れないのか。


「ですが、相手の能力の大まかな事を理解しているのと理解していないのとでは、勝率が大きく変わってきます。とにかく弾幕を張り、速度を上げて切り抜けますよ!」


 そしてジュストがそう言うと、操縦室にいる部下の兵達が一斉に動き出し、壁に付いている良く分からない色んなものを触ると、飛行艇の速度が上がり、その場から一気に離れた。


「さぁ……て。距離を取って」


「ひょほほ、どこに行くんですか~?」


 すると、ガラス張りの操縦室の目の前の景色に、いきなり影が現れたと思うと、そんな声が艦内にまで聞こえてきた。


 そして目の前に……真っ白で厳つそうな、二足歩行タイプのドラゴンが舞い降りて来る。だけど、こっちはそのドラゴンに向かって飛んでるんだ、つまりこのまま体当たりする事になってしまう。だけど……。


「うぉわっ!!!!」


「ぐっ!! マリナさん!」


 思い切り前方に衝撃を受けた後、この飛行艇が前につんのめるようになり、出入り口付近で立っていた俺は、そのまま前に吹き飛んでしまい、前にあった柵に背中を打ち付けてしまった。


「いっ……ててて」


 まさか、止められたのか? そんなに巨大で、力のあるドラゴンなのか……?


「つぅ……すいません、セレストさん」


「いえ。ジュスト中佐を守るのが、私の役目ですから」


 ジュストはセレストに助けられていたか。操縦室の壁の出っ張りに、鞭を巻き付けて自分の体を固定させ、その後もう一本の鞭でジュストを支えたな。ジルは当然氷を張り、自分の足の表面を凍らせて踏ん張っていたよ。ついでに俺にもして欲しかったな。


「すいません、マリナさん。間に合いませんでした」


「いや、まぁ……咄嗟だったからしょうがねぇ」


 それでも、結構背中を強打したから、立ち上がろうとしたら背中が痛む。


「おや……丁度運良く目の前にいましたか~いやぁ、まだジル君と共に行動してくれていて、助かりましたよ~」


「おわっ……」


 そして、俺が立ち上がろうとしている時に、俺の背後からそんな声が聞こえてきた。だから、ゆっくりと顔を上げてみたけれど、見るんじゃなかったか。まるで稲妻が走ったような、鋭い目つきのドラゴンが、操縦室を覗き込んでいた。

 その大きさは、この飛行艇の前方をその体で受け止められる程だが、それでもなんとか全身で受け止めている状態だった。


 更に、その額部分には男性が1人立っていた。


「……なんだお前?」


 ただ、そいつの奇妙な格好に、俺は思わずそう言ってしまった。


 そいつは、黒くて禍々しいピエロの格好をしていたからだ。


 顔の化粧はそのまんまピエロだけど、恐怖心を引き出させるような感じの化粧だな。リアルなんだよ……。

 そして赤いショートの髪はボサボサに縮れていて、それがまた更に恐怖心を煽られそうだ。


 だけど次の瞬間、そのピエロは俺の後ろに視線をやると、気持ち悪い笑みを浮かべた。


「ジル君~お久しぶりですねぇ。会えて嬉しいですよ~」


「僕は嬉しくありません」


 なんだ、2人は顔見知りなのか?


「お前、こいつの事知ってるのか?」


「えぇ、何度か僕の古代神器を狙ってきましたね。だけど、その時は確か、影を送ってきたはず……何故今回は、本体なのですか?」


「当然……今回は失敗するわけにはいかないのですよ。魔王の器たる者が、そこに居るのですからぁ~」


 そしてそのピエロは、今度は俺に向かってその気持ち悪い笑みを向けてきた。止めろ、背筋が凍る。気持ち悪いから今すぐに蹴り飛ばしてぇ!


「さぁ、こちらへどうぞ」


「しまった……!! マリナさん!!」


 すると、そのピエロは俺に向かってそう言うと、指を鳴らした。それを見て、ジルは慌てて俺に向かって走って来て、手を伸ばしていたが、次の瞬間その姿が消えた。いや、景色が変わった。


「うぷっ!!」


 それと、風が強くなった。吹き飛ばされるかと思ったわ! って、まさかの外に出た?! 何をされたんだ俺は!


「さぁ、それでは行きましょうか。魔王城へね。ひょほほほ」


 なるほど、良く見たら白いドラゴンの背中に乗ってたのか俺は。これか……ソフィが予知で見た相手の能力。だが、発動のタイミングはもっと遅いのだが、この段階で使ってきやがった。しかも、あのピエロも俺の目の前に移動している。だけど落ち着け……こうなるのは予知されていた。ただ、少し違うだけだ。


 とにかく、このドラゴンは中々に硬い鱗をしてるな。だけど、風さえ気を付けていれば、そんなに揺れねぇから快適だね。つまり、これでこいつの顔面を蹴れるってわけだ。


「おぉっ?!」


「ちっ! 避けやがったか」


 相手は完全に油断していて、無防備で俺に近付いてきていたから、その場から思い切り踏み込んで距離を詰め、奴の顔面目がけて右足を蹴り抜いてみたが、背中を曲げられて避けられたわ。体柔らけぇな、こいつ!


「危ない事をしますねぇ……普通仲間と分断されたら、慌てませんかね?」


「ふっ、まぁな……だけど、いくら慌ててあいつらの船から逃げ出そうにも、こっちにも強力なドラゴンは居るんだよ」


 そして気付いたら、あいつらの船からこのドラゴンは離れていて、そのままどこかに向かって飛し始めていた。

 だけどな、敵に良いようにやられて、むざむざと引き下がるあいつじゃねぇんだよ。絶対に俺にお仕置きをするために、このドラゴンを追いかけてるだろうな。「予知で分かっていたのに、むざむざやられるとは何事ですか」ってね……。


 それにその飛行艇から、更にドラゴンの雄叫びが聞こえてきた。ジルだな。変身しやがったか。


「あぁ、ジル君ですか。ふふ、ですが……これだけの数ならどうでしょうか?」


 だけど、そいつは慌てる事なく右手を上に掲げると、その先の上空から黒い輪っかが出現して、その中が真っ黒になった。そして、そこから更にドラゴンの足みたいなものが出て来る。


 まさか……あれはドラゴンを呼ぶためのゲートかなにかか? ドラゴンは一体だけじゃないのか!


 やべぇ……ジル、こっちに来るな……もう完全に予知が外れてやがる。予知ではドラゴンは一体だったはずだぞ! どうなってんだよ、あいつの予知は当たるんじゃねぇのかよ!


「ひょほほ……なにか予想外な事が起きましたか? あっ、予知が外れたとか~?」


「てめぇ……」


 まさか、こいつも予知を攻略する能力でもあるのか? 特異力か? 古代神器か? そもそもドラゴンを呼んでいるのは、どっちの能力なんだ!


「さぁ……大人しく我々の下に……」


「はっ……そうはいくかよ。せいぜい抗わせて貰うぜ!」


 だけどな、それでも俺は大人しく従う程、諦めの良い奴じゃねぇんだわ。だから、俺はそのまま奴と向き合うと、相手の気持ち悪い笑みに睨み返した。

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