第十八話 魔王を超える者


 ―― ―― ――


 その場にいた者は、全員が彼女の変貌に驚いていた。


 さっきまで、好戦的に構えていた女エルフマリナが、突然頭を抱え、奇妙な事を叫びだし、あり得ない程の力を放出したからだ。


 それは魔力でもない、この世界に存在する特異力でもない。もっと異質なナニかだった。


「あぁぁぁぁあ!!!!」


「マリナさん、しっかりして下さい! マリナさん!」


 そして、ジルはマリナの下に駆け寄ると、必死に声をかけるが、その言葉は聞こえていなかった。


「ジュスト中佐! これはいったいなにが起きているんですか?!」


「私にも分かりません! こんな力は初めてですよ!」


 そして、建物の出入り口付近にいるジュストに、ジルがそう叫んだ。感情がないはずが、マリナの事となると、年相応に感情を表している。


「中佐! 退いて下さい! こいつは我々が……」


「そう簡単にはいきそうにないんですよねぇ……」


 そしてその場で困惑するジルとジュスト、その2人に向かってセレストが叫ぶも、既にマリナは自我を失っていた。


【グウゥゥゥ……ガルデ……エルダ……】


 わけの分からない言葉を呟きながら、ゆっくりと辺りを見渡している。そしてその様子を見て、その場にへたり込んでいたジルを、彼女は無視して歩き出した。


 その彼女の容姿こそ変わってはいないが、肌は黒く変化し、目は真っ赤になり、瞳が無くなっていた。だが、そんな目から殺意の視線を発せられたら、その視線の先にいた全員が、彼女から距離を取るのは無理もなかった。ただ1人を除いて……。


「うひゃぁ~~こいつはそそるぜぇ~なんて凶悪そうな力だ~!!」


「ギー!? 止まれバカ!」


 しかし、セルジュの制止も空しく、彼はマリナに攻撃をした。しかも、首の急所を狙って……だが、彼の伸ばした槍のような腕は、彼女の目の前で止まった。


「あ~? なんで止まっ……ぐぎゃっ!!」


 そして次の瞬間、なんと彼の腕が変な方向に曲がり、更にはそこから別の方向に曲がりと、歪な形になっていっていく。それこそ、骨なんかお構いなしに、容赦なくである。


「あぁぁぁぁあ~!!!! いってぇ!! ちくしょう~!!」


 だが、ギーは諦めない、今度は槍にした自らの長い髪の毛で、攻撃を仕掛ける。


【グエダ……オモダ!】


「ぎゃはっ!!」


 だが、今度はギーの体が地面に押し付けられ、そのまま圧力をかけられているかのようにして、床にめり込まれていく。どうやら、重力を操っているようである。


「あぁぁぁあ!!」


「ちっ……!」


 そして、それを見ていたセルジュが、暴走するマリナとの距離を詰める。そのあと、握り締めた剣で、彼女を斬り払おうとしたが。


「ぐはっ!!!!」


 目に見えない程の彼女のパンチに、なにも出来ずにセルジュは吹き飛ばされた。しかし、彼はそれなりの修羅場をくぐり抜けていた猛者であり、殴り飛ばされた後、直ぐに体勢を立て直して着地し、剣を構え直した。


「俺の特異力なんか効かないか……いったいなんなんだこいつは……シモーヌ!」


 すると、セルジュの言葉に反応して、上階にいる女性が声を出した。


「流石の私も、詳しくは知らないわ……ただ、魔王を超える者だとしか……」


「魔王を超えるだと……ふざけるな」


 しかし、悔しそうにするセルジュの前に、黒い肌に変わったマリナが立っていた。同じ部屋の中とは言え、距離は離れていた。それにも関わらず、彼女は一瞬で、セルジュの目の前まで移動していたのだ。


「なっ……!」


【コトバ……リカイ……キサマラ、コノホシノニンゲンカ?】


 そして、セルジュを睨みつけながら、マリナはそんな事を言い出した。もはや誰もが、彼女が何を言っているのか、理解が出来なかった。


 ただ、この言葉を発しているのは、もう彼女ではなかった。


【マダウマくしゃべれない……こうか? もっと自然にか……】


 しかし、そんな周りの人達を無視して、それはハッキリと喋りだす。マリナの体を使い、自らの存在を確かなものにしていた。


「なんなんだ、貴様……なんなんだ!!」


 そして、セルジュはそいつに向かってそう叫ぶ。もはや叫ぶしかなかった。

 人でもなければモンスターでもない。ましてや魔王なんかでもない。彼の、いや……その場にいたその誰もが、その人生の中で聞いたことも見たこともないものだと、そう直感していた。


【なんだ……か? では、この星の座標はなんだ?】


「はっ……?」


 その言葉に咄嗟に声を出したのはセルジュだったが、恐らく全員が同じ心境だろう。この世界の人々は、宇宙まで行くことが出来ていないからである。


【んっ……ふむ。なるほど……ここは平行世界。しかも、ゼロワールド・アマルガか……くくく……面白い。まさか、こんな世界に飛ぶとはな】


「何を言ってるんだ、貴様は……」


 そして自らを無視し、腕を組みながらブツブツと言うそいつに向かって、セルジュは剣を突き出した。それを見て、それの顔付きは変わった。不愉快な表情に……。


【誰に向かって、剣を突きつけている。控えろ!!!!】


「ぐわぁ!! あぁぁぁあ!!!!」


「うっひぃ~! マジかよぉ~」


 すると、そいつは叫び声を上げ、それだけでセルジュの突き出した剣を壊し、そして同時に吹き飛ばし、後ろのギーまでも吹き飛ばすと、更にはその建物をも、一気に崩壊させた。


『うわぁぁぁああ!!』


 建物の中にいる人々、全てを巻き込んで。


「くっ……全部隊、構えろ……シモーヌ、奴が出て来た瞬間捕らえるぞ」


「危なかったわ~危うく、私まで巻き込まれる所だったわ。分かったわ、ジェローム」


 だが、建物の外にいたジェロームと、上階に居たシモーヌと呼ばれた女性は、崩落を免れており、崩れた建物の近くで、すぐさま陣取っていた。


 しかし、女性の方は直ぐに地面の中に潜り込み、姿を消してしまった。見えたのは、ウェーブのかかった金髪のロングヘヤーだけだった。


 そしてその直後に、崩壊した建物から、いち早く誰かが出て来る。それは勿論、変貌したマリナだった。


「シモーヌ!!」


「分かってるわ!」


 しかし、その瞬間を待っていたかのようにして、ジェロームは地面に潜ったシモーヌに声をかける……が。


【甘いわ。止まれ】


「がっ……!」


 たったその一言で、周りの空間が、空気が凝縮したかのようになり、硬く固められてしまった。

 いわば、自らの周りにコンクリートを流され、固められてしまったようなそんな感覚が、崩壊した建物を囲んでいた、ジェロームを含めた軍の人々を襲った。


「動けぬ……馬鹿な」


【さて……先ずはこの世界を……ん?】


 そして、そいつはゆっくりと瓦礫から降りようとする。しかし、その瞬間足が凍り付き、動かせなくなっていた。


【……これは?】


 するとその時、そこから少し離れた所の瓦礫が動き出し、その中から次々と、人々が這い出して来たのだ。そしてその内の1人、10歳の少年ジルが、手にした杖を変貌したマリナの足下に向けていた。


「マリナさん……元に戻って下さい」


【マリナ? ほぉ……この体の持ち主か? 中々豊満な肉体をしておる。悪くはない】


 しかし、そいつは足下の氷を難なく割ると、片手でその大きな胸を揉みしだいていた。そして……。


【とりあえず、目障りなものは消しておくか。ふん!】


 そのまま両腕を開き、辺り一帯に衝撃波を放つと、この建物を囲っていた兵達を含め、ジェロームすらをも吹き飛ばしてしまった。


「ぐわぁぁぁあ!!」


「ちょっと……! 地面にいる私にまで……!! あぁぁぁあ……!!」


 更には、地面の下にいたシモーヌにも、その衝撃波は襲っていたらしく、そんな叫び声が響いたあと、地面の下は静かになった。


「くぅ……マリナさん!」


 そんな中、ジルは自分の杖を前に出して、その衝撃波を何とか防ぎ堪えていた。何故なら、他の皆がまだ瓦礫から這い出したばかりで、体勢を立て直していなかったからである。

 小さな体だったからこそ、ジルは瓦礫の隙間を縫い、いち早く出られていた。そして足場が悪くても、素早く体勢を立て直せていた。だから、今動けるのはジルだけであった。


「うぅぅ……お願いです。マリナさんの体を変えたと言う魔王さん! そこに居るなら、マリナさんを戻して下さい!」


 そしてジルは叫ぶ。王との会話で出て来た、その倒されたという魔王に向かって。その姿が見えなくても、話からして、マリナの近くにいるのは分かっていた。


 だからもう……これをなんとか出来るのは、その魔王しかいないと思った。すると……。


【ぬっ……あがっ!! こ、これは……この力……ぐぅ!!】


 ジルの声が届いたのか、マリナの体を使っていたそいつは、突然苦しみだした。


【おのれ……これは、そうか……この世界の理を見た者……か。うぉぉぉお!!】


 そして、そのまま雄叫びを上げ、そいつはその場に崩れ落ちた。それはまるで、電池が切れた人形のようで、本当に突然力無く倒れた。


「マリナさん!!」


 そしてそれを見たジルは、慌ててマリナの下に駆け寄り、その瓦礫の上から落ちないように支えた。間一髪だったが、もし間に合わなければ、マリナはそこから転げ落ち、怪我を負っていただろう。


「……戻ってる……」


 そして、マリナの様子を見て、いつもの彼女に戻っているのを確認した彼は、そう呟いた。


「マリナさん……本当にあなたはいったい……何者なんですか?」


 しかしその答えは、ここに居る誰もが知らない。


 何か知っていそうなのは……その近くでフヨフヨと浮いている、冥界の妖精リアンだけだった。


 ―― ―― ――

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