第十七話 黒幕登場

 誘拐犯のこの2人は、もう終わりだな。ジュストが来たということは、他にも軍の人間を大量に連れて来ているはずだ。


 完全に詰んでるぜ。


「やれやれ……『死魂のジュスト』登場となれば、俺達もただじゃすまないな……」


「そうだな~あ~ちくしょう~もっと早くにヤっとけば良かったぜぇ~」


「き、貴様等……待たぬか! なに転移魔法で逃げようとしておる! 私も……!」


 すると、敵2人の下に向かおうとしている大臣の前に、エリクが一瞬で移動すると、腰に携えた刀をそいつの目の前に突き出した。


「おっと……クレマン大臣は、俺達と来て貰おうか」


「ひぃ……エリク中佐……だ、誰に向かって」


「それ以上口を開くなよ。お前自身の価値を下げることになるぜ。せめて潔く、全ての情報を渡すくらいして貰おうか」


 大臣も重要だが、他の2人は逃がしても良いのか……と思ったその瞬間。


「おっと……逃がしませんよ、霊魂操作アーム・マニピュレ!」


 いつの間にかこの建物の中に入っていたジュストが、俺達の所に現れると、そう叫んだ。すると……。


「ぐっ……ちくしょう、遅かったか」


「あ~らら~こりゃやべぇ~」


 いつの間にか、床に描いてある陣のようなもの上に乗っていた敵の2人が、その動きを止め、悔しそうな表情をしていた。いや、その表情をしているのはセルジュだけか。


 ギーって奴は、相変わらず飄々としてやがるな。読めねぇ野郎だ。


 因みに2人の足下からは、透明な腕の様なものが伸びていて、2人を逃がすまいとして、その足首を掴んでいた。なんだあれは……。


「私のこの特殊な魔法からは、逃げられませんよ。さぁ、観念してもらいましょうか」


 そして、そのままジュストは細い剣を取り出すと、それを2人に突きつけ、近付いて行く。そして今思い出した。ジュストの持っている武器は、レイピアだ。


 だけど、ジュストの後ろからは更に別の声が聞こえてきた。


「そこまでにして貰おう」


 その声に反応し、足を止めたジュストは、顔だけ後ろに向けた。


「……ほぉ、ここであなたが出て来ますか」


「そりゃぁ、これだけ騒ぎが起きていればな」


 なんだなんだ……次から次へと人が来るんじゃねぇよ。誰だあれは?


 背が少し低めで、ショートヘアーの銀髪を乱雑にしていて、髪と同じ銀色の目を、眠たそうに半眼にしている。ただ、黒で統一された服装は、右側だけマントを付け、如何にも位の高そうな服を着ている。


「ジュスト中佐、その2人の粗相は、こちらで罰する形にしたい。変に事を荒立てたくはないのでね」


「ふむ……そちらが先にしかけておいて……」


「私が指示したという証拠はないだろう」


 おいおい……2人ともお互いを射貫き殺そうかというほどに、鋭い目つきで睨み合ってんじゃねぇか。敵の援軍なら、俺が相手しておこうか……。


「ジッとしておきな。あいつは、この黒い街を統治している前国王の息子さ」


 すると、構えを取ろうとしていた俺の前に、エリクが腕を伸ばしてそう言ってきた。


「えっ? それって……」


「そうさ、己が身の可愛さに、魔王に寝返った王の息子。ジェローム・サン・サーンスだ」


 エリクがそう言うと、そのジェロームと言う奴は、こちらに目をやった。ヤベェ、怒ったんじゃねぇだろうな。


「ふっ……確かに前国王の父がやった事は、決して褒められた事ではない。だが、国民の命を守る為には……」


「その話は止しましょう……それで、この2人はそちらで罰すると? 確実に罰するという証拠もないのにですか?」


 ちょっと待て、その前にジュストの方がもの凄い怒ってねぇか? 空気が張り詰めてるぞ。この空気は勘弁しろっての……。


「そうですか……それでしたら、こちらもそれなりの対応をしなくてはなりません。休戦協定を破ったとして、それなりの対策を……ね」


 そう言うと、ジェロームは右手を挙げ、誰かに合図を送る。するとその瞬間、この建物の周りを、黒い鎧で身を包んだ兵隊達が取り囲んだ。ジュストの部隊の奴等と一緒にな。


 逆にこっちが一気に詰んだぞ!


 すると、ジュストが手にしていた剣を降ろし、ため息をついた。


「ふぅ……しょうがないですね。あいにくどちらも犠牲者は出ていない……穏便にすませましょう」


「そうして貰えると助かる」


 なんだ? 戦わねぇのかよ。こっちは臨戦態勢なのによ。たとえ囲まれていようが、突破する自信があったってのによ。


「マリナさん、変な事は考えないで下さい。この状況、向こうが例えなにか怪しい事をしていても、証拠がないですからね。そして、こちらもそのまま帰してくれるなら……」


「ただし……そちらの勝手な行動の原因となった聖女は、こちらでお預かりさせて頂こう」


 ジル……残念だが、そう上手くはいかないようだぜ。ジェロームの奴が、変な事を言ってきやがったぞ。聖女を預かるだぁ? 頂くの間違いじゃねぇか?


 それと、こいつ中々建物の中に入って来ないぞ。警戒していやがる。


「何故でしょう……?」


「聖女の能力に振り回され過ぎている。それと、彼女を働かせ過ぎだ。私達は、彼女を丁重に扱うようにと、散々そちらに忠告をしたはずだが?」


「はて? その都度、こちらによこせと言ってますよね? 体よく利用しようとしているのが、丸分かりなんですよね」


「それはそちらだろう?」


 そして、一気に険悪なムードになってしまった。いったい、どっちの言い分が正しいんだ……?

 ジルの奴は、さりげなくソフィの前に移動していやがるな。気付いたら少し離れているな。ただな、ジル……俺の方も気を付けて見ておこうか。


 屋根? いや、この建物の2階の部屋に誰かいる。俺を見てやがる。嫌な視線だな……もうそれだけで、どっちが悪どい事をしようとしているのか、分かったわ。この視線、殺気に近いぞ。


 そして次の瞬間、俺は何者かに肩を掴まれ、そのまま上の部屋に引きずり込まれそうになったが……俺を狙っていたのは気付いていたから、その何者かの腕を蹴って爆炎を発生させ、なんとか脱する事が出来た。


「あっぶねぇな~!」


「マリナさん! 大丈夫でしたか?!」


 そのあと、建物の中の全員が俺の方を向き、それと同時に、ジルが俺の下に駆け寄ろうとしてくるが……お前は聖女を守っとけっての!


「ジル、来るな! お前はソフィを守れ!」


「そうか! つまり、俺が君のナイトに……」


「冗談言ってる場合じゃねぇよ! 敵が強硬手段に出たんだぞ!」


 瞬時に返すんじゃねぇよ! そんで俺の肩に手を置くな、エリク! 今は色々とそれどころじゃねぇよ!

 とりあえず、エリクの手を振り払っておいたが、その瞬間、また上の奴が俺を狙って来やがった。


「くそが! おい、ジェロームとやら! これはもう、そっちに戦闘する気があると思って良いよな!」


 だけど、俺がそう言った瞬間、ジェロームは凄い目つきになり、そして上にいる奴に話しかけた。


「止めろ……勝手をするな」


「あら~? だけどね……私はあなた達に協力するとは言っても、言うことを聞くとは言ってないわよ~」


「言うことを聞く事は、協力する事と同意だが?」


「んふっ……無理・よ。やっと、魔王様の力を見つけたのだからねぇ~」


 上に居るのは女か? ジェロームの言う事なんて、聞く気がないようだぞ。それなら、上にいる女はなんとかしないと……と思ったけれど、狙っているのは俺だけか?!


 良く見たら、天井から黒い腕が何本も伸びてきていて、その全てが俺に向かっている!


「ちっ……また魔王かよ。厄介な能力を貰ったもんだ!」


『あ~ら、なによ~せ~っかくプレゼントして上げたのに。そんなに言うなら、こうよ~!』


「えっ? なっ、おわっ!!」


 すると、俺の言葉がなにか気に入らなかったのか、妖精の野郎がそう言って、俺の胸に手を刺して来やがった。いや、痛くもないし、血も出ていない。すり抜けてるのか……驚かしやがっ……。


【グォォォオワギャァァァア!!!!】


「あぁっ?! な、なんだ、この鼓膜が破れそうな叫び声は!!」


「マリナさん、どうしたんですか?! 何も聞こえてませんよ?」


「はっ? 聞こえてねぇのかよ!」


 あまりのうるささに耳を塞いでも、まだ頭に響いて……って、妖精か……あの野郎が何かしやがったのか!


『ふん……!』


「……ちょっと待て、お前なにして……」


『少しは私の力を有り難みなさい! あんたの中のを、防いで上げてるんだからね』


「な……に?」


『あんたは死んだ時にとっくに……魔王以上の存在になっていたの。つまりあなたの体の中の者は既に……目覚めているのよ。あとは、どこまで大きくなるか……そんな状態よ。さぁ、押さえてみなさいよ。その化け物をね。それに、丁度良い状況だしね。この事態を脱するには、とてつもない力で無理やり突破するしかないしね』


 そして、妖精の言葉のあとはもう……ただうるさい声だけが、頭に響き渡るだけになった。


【ウゴゲゲゲゲ!! エラク、ラクガ!! ゴガグゲェェ!!】


 何を言ってるんだ、鳴き声? 叫び声? とにかくうるせぇ。頭が割れる。それと同時に、変な感情が流れてくる。景色が変わる。


 周りの景色がグルグルと渦を巻いて、ジルもジュストも、敵の奴等も……訳の分からない、人間のような何かになっていく。声も何を喋っているのか分からない。


『これは減点しないで置くわ。そして、特別措置適応。自らの力を再認識させ、更正させよ。これに当たるわね……さて、ここからどうなるかはあなた次第なのよ。頑張ってこの世界の英雄になってね。そしたら私は……ウフ、ウフフフ』


 回る、廻る……景色が、頭の中が、善と悪の基準が、世界がごちゃごちゃになっていく。なんなんだこれは……!!


「うわぁぁあああ!!」

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