第十四話 その頃2人は


 ―― ―― ――


 暗い部屋の一角。そこに、ロープで縛られ猿ぐつわをされた、ジルとソフィの姿があった。


「何をしとるんじゃ! 聖女だけ攫ってこいと言ったろうが!」


 そして2人の前で、何者かに怒鳴り散らす、白い服を着たものがいた。


(やはりクレマン大臣……あなたが)


 その姿を見て、ジルは納得していた。


 その中肉中背の老人は、クレマン・ユゴーと言い、現時点でグランクロス国を統治する、白い街の城で大臣をしているものであった。


 しかし、誰もがこの人物を怪しんでいた。普段から、丸眼鏡の奥から覗かせる、その野心の目を向けられては、怪しまない方がおかしいだろう。


 そしてその大臣の前、古ぼけた洋椅子に座った男性は、わざとらしく不機嫌そうに舌を鳴らす。


「黙れ……このガキの力が思った以上だったのだ。倒せないと分かった以上、不意を突いて連れてくるしか無かったんだよ。あなたの方こそ、こいつの能力を知らなかったんでしょう」


「ぬぐっ……私に言い訳をする気か!」


「あなたが普段から警戒されている時点で、この作戦は成功率が低かったんだよ」


「黙れ黙れ! それでも陛下の直属部隊、『黒曜の騎士団オプスイディエンヌ・シュヴァリエ』か! どんな任務も達成して来たのだろうが!」


 すると、その大臣の言葉に、面前の男はあからさまに態度を悪くしたのか、足を組み替え、背もたれに背中を付けた。


「たとえ大臣のご期待に応えたくとも、状況によっては我々でも、達成不可能と断じる事はあります。件の作戦、王女暗殺も、失敗していますが?」


「あ、あれは……雇った暗殺者が……」


「我々の仲間で、腕利きの暗殺者だったのですが? 我々からしたら、あそこにあんな罠が仕掛けられているとは、思わなかったのですよ~城の内部の事は、我々でも分からないですからね~大臣殿、あの時渡された内部地図は、確かに正確だったのでしょうか?」


「ぬっ……ぐ……くぅ」


 どうやら、大臣は完成に論破されたようで、反論出来ずに唇を噛んでいる。


(一枚岩ではないですね……付け入るとしたら、そこですか)


 そしてその様子を、ジルは静かに見ていた。


(ソフィは……起きてるか。それなら、だいたい状況は分かるはず。そして、どう動くのかも)


 そのあと、ジルはソフィの様子を確認し、彼女と目が合うと、アイコンタクトで自分の意図を伝えようとする。

 もちろん、普通の人なら難しいだろうが、2人は幼なじみであり、今でも交流をしているほどだ。つまりソフィは、ジルがなにをしようとしているか、それで分かっていた。


 すると大臣の前で、洋椅子に座っていた男性が立ち上がると、ジルの下に近付いてくる。


「ふん、このガキがジュストの部隊の主力とはな。いや、以前の戦闘ではいなかったから、隠し球みたいなものか。あいつの考えそうな事だな」


 そして、薄暗い部屋のなかで、窓から差し込む街灯の明かりで、その男性の姿が見えた。


 身体の線は若干細く、当然服装は黒で統一されていて、厳つめのジャケットを羽織り、少し威圧感があった。そして、髪はストレートショートで、黒と赤のメッシュの髪色をしている。


 しかしその目は、獲物を狩る鷹のような目をしており、一度その目に睨まれたら、普通の人なら腰が引けてしまう。だが、ジルはその相手の目を、睨み返していた。


「ガキのくせにその目だ。どんな教育を受けてやがるんだ。聖女もな」


 そして、その男はそのまま聖女の方にも視線をやる。もちろん、ソフィは睨み返していた。


「胸糞悪くなるガキ共だ……仕方ない。男のガキは俺が処分する。ギー、貴様は聖女を堕とせ。快楽漬けにしてな」


 すると、その声のあとに、部屋の隅でうずくまっていた何かが、動き出した。


「へへ~やっとか~良いねぇ~この未発達なガキを、ヒーヒー言わせられるぜぇ~」


 ぬらりと動き出したその男、ギー・ブゴーは、気持ち悪い笑みを1つ溢し、聖女に近付いて行く。マリナとの戦いでも分かるとおり、この男は相当歪んだ性格をしていた。


「ちっ……しかし、あいつはどうした。『強制移動』の特異力を持った奴は」


「あ~な~んか、吹っ飛ばされてたぜぇ~」


「なに……?」


 すると、ギーの言葉に男性が反応し、にじり寄っていく。


「お~とっ、待てよ~俺はちゃ~んと見張ってたぜ~抜け道の魔法陣の所でよ~でもよ~そいつが見抜いたんだよ、奴の存在をな~そして俺の所に現れたんだよ~」


「影は?」


「倒されちった~」


 その言葉に、男性は顔をしかめるが、このギーという男は、彼等騎士団にとっては、なくてはならない重要な兵士だった。


 ここまでイかれた奴は、情など関係なく、ただ己の欲望を、欲求を満たすために動くからである。しかしそれは、自らにもその狂気の刃が向く可能性もあった。


 諸刃の剣……だからこそ、男性はギーを良く使っていた。


(危ない力ほど、ここぞという時に使えるからな)


 しかし、作戦は歪みだしていた。


(ちっ……聖女とその予言の魔王……この2人を攫い堕とすのが、俺達に課せられた任務だ……たとえ、このクソ大臣からの指示だろうと、従わねばな)


 男性は、腕を組みながらそう考える。ブツブツと何かを呟く大臣を見ながら。


(まぁ、せいぜい同じ国の人間同士争ってろ。黒曜の騎士団など、カモフラージュに過ぎんからな。真に魔王の力を手にするのは、俺達だ……)


 そしてその男性は、内なる野望を胸に抱き、再度ジルに近付いていく。更に、ギーはソフィに……。


「まぁ、ガキのくせには良くやったよ。だが、特異力を封じるその枷を付けられていたら、流石にもう抵抗出来ねぇよな」


「…………」


 ジルは話しかけられても、毅然とした態度を取る。それはやはり、諦めていないから。相手がソフィを、か弱い女だとそう思い込んでいるから。勝ち目はあった。


「ぽぉぁあっ?!」


 すると、ソフィに近付いていたギーが、悲痛な叫び声を上げた。良く見ると、なんとソフィが、ギーの股間を蹴り上げていた。しかも、ギーはそのまま動かなくなり、泡を吹いている。


「ちっ……聖女の皮を被ってやがったか」


 それを見た男性は、面倒くさそうな顔をし始める。そして大臣は大臣で、自身のプライドを保つために、必死に独り言を言っている。


 その様子を見て、ジルはいけると思った。何故なら、自身の杖を教会に置いてきたから。

 それは、持ち主の居場所を知らせる、レーダーにもなっていた。きっと今頃、ジュストがこちらにやって来ているだろう。


(不安要素は、ジュスト中佐の部下の方々は、それを知らないんですよね。中佐が部下を動かし、自身は捜索に専念されると……いえ、ジュスト中佐なら、直接教会に……)


 しかし、そこに大きな音を立てて飛び込んで来たのは、別の人物だった。


「ぬおわぁぁあ!!」


 しかも扉ではない、窓もない壁からであった。


(エリク?!)


 彼の登場は、ジルからしても完全に予想外であった。だが、まだ修正は出来る……そう思った矢先、更にとんでもない人物の声が聞こえてきた。


「なっ……ここは?!」


 穴の空いた壁から、ジルの姉に性格がそっくりな、そそっかしいエルフの女性、マリナが現れたのだ。


「マリナさん!?」


「おっ? お~! ジル、ソフィ! ここに居たのか!」


 そして、ジルの声に反応するマリナを見て、ソフィがジルを睨みつけていた。まるで、「いったいこれはどういう事なの? あなたの作戦通りにはなっていないようだけど」と言わんばかりである。もちろん、ジルはガックリと項垂れている。


「エリクの野郎……分かっててここに吹き飛んで行ったのか?」


 更に、そのマリナの腕に、腕輪となった自分の杖があれば、もう何があったかはだいたい分かってしまっていた。


(ジュスト中佐~!!)


 ジルは、心の中でジュストに悪態をついていた。しかし、本当にジュスト中佐は、ミスをしたのだろうか……。


 しかしその時、黒い街と白い街を繋ぐ扉の方が、騒がしくなっていた。


 ―― ―― ――

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