幕間:聖夜準備中

「……まあ、クリスマスだからいいことがなきゃいけないって発想が、そもそもどうかしてるんだよな。俺、そんなに熱心なキリスト教徒ってわけでもないし」

 12月24日、午後6時。日は既に落ち、暗くなるにつれて街の光はより強く明るくなっていく。北風は身を切るように冷たいが、街を行く人々の表情は明るい。それぞれがたとえその人生にどのような怒りや失望を抱えていようと。

「別にクリスマスに用事があるわけでもなし、急な仕事だからって文句も言わない。デートの約束もなければ、プレゼントを心待ちにしてる孤児院の子供たちだっていないしな。……ただ、一つだけは言わせてくれよ」

 龍一はふわふわした付け髭を床に叩きつけようとしたが、ふわふわしているので上手くいかなかった。「『クリスマスだからサンタの格好して強盗しようぜ』ってアホの発想だよな? 小学生の方がもう少しちゃんとしてるよな?」

「何だ龍一、お前サンタ嫌いか?」長靴に足を突っ込もうとしていた崇が(もちろんあの赤いとんがり帽子と赤い上着は装着済みだ)さも意外そうな顔をする。「しゃーねえ、お前トナカイな」

「人の話聞けよ!」

「龍一、何か嫌なことあったの?」さっさと赤い帽子赤い上着赤い半ズボンに着替えた夏姫が眉をひそめながら赤い付け鼻を差し出してくる。「それともカルシウムが足りないの? かわいそうに……」

「さては君も人の話聞いてないな?」

 いつもの〈機動作戦センター〉、移動式の作戦支援トレーラーに足を踏み入れたらいきなり内部がクリスマス向けデコレーションとやらで一新されていたこちらの身にもなってほしいと思う。ショックのあまりトラウマになるかと思った。

「おら、お前の分も用意してるだろうが」崇が室内の大半を占めているメックに向けて顎をしゃくる。「テシクの野郎が海外出張だからってサボんじゃねえぞ」

 まともなのは俺だけかよ、釈然としない顔で龍一はメックに手足を突っ込む。即座に内装、続いて外装が展開し、龍一の全身を包み込んだ。戦術支援OSが起動、各種システム類とセンサーのチェックが自動的に開始される。

 バイクに跨るような姿勢、ということになるのだろうか。試しに足を動かそうとしたところ、金属の蹄が重々しい音を立ててコンテナの床を踏み締める。ほとんど二本足で歩くのと変わらない感覚だ。

「それにしても……着ていてもまるで動く邪魔にならないどころか、えらく身軽で動きやすいな。そもそも『トナカイ型移動サポートメカ』って何だよ。意味がわからない」

「例の〈倉庫〉に注文したのさ。よくできてるだろ」

「よくできてるにも程があるよ、全く……」

〈倉庫〉とは比喩でも何でもなく、未真名埠頭・倉庫街の一角を占める、中に一定量の貴金属を放り込んでいるだけで何でも注文通りに作ってくれる謎の倉庫だ。作ってくれるのは本当に「何でも」で、それも決まって「履くだけで天井を歩けるブーツ」だの「着ている者の周囲にのみ水分を集めるレインコート」だの「ウニ型自爆ドローン(ただし、移動速度も本物のウニ並み)」といった、高性能ではあるが正気とは思えないおかしなものばかりだ。そんな物好きがどこの世界にいるんだよと崇に聞いたら「案外、倉庫そのものが作ってるんじゃないのか」が答えだった。冗談は顔だけにしろと思う。

「今回の仕事〈スパロウ〉や〈騎士ナイト〉との連携になるからな。まあ、通信その他の繋ぎは夏姫嬢ちゃんにやらせるからお前は自分の仕事に専念すればいいだけの話だ。しくじるなよ」

「え、あの人たちも動くのか?」本物の仮装大会になっちゃうだろ、と言おうとしてそれは我慢した。我慢はしたが、それにしても何だかなあとは思う。

「当然だろ。なんせクリスマスの夜の大掃除だ。派手にやるぞ!」

「……今日の望月さん、いつにも増してテンション高くない?」

「ああ、俺の実家クリスチャンだったからな」

 それは直接の理由にはならないだろうと思う。

「どうせなら龍一、目的地まで乗せてってよ。サンタにはトナカイ、そしてトナカイにはサンタが付き物でしょ?」

「え? このトレーラーで近くまで行けばいいだけの話じゃないのか?」

「風情がないわねえ」風情って何だよ、という突っ込みも失せる真剣な面持ちで夏姫は口を尖らせる。「大丈夫よ、私乗馬やってるし。そう簡単に振り落とされたりしないから」

 メックを装着していなかったら顔を覆っていたところだ。本当に悪いオモチャをこの娘に与えた、と思う。新しいプレイの一環かな、と崇が妙に真顔で頷いているが本当に殴ってやりたい。

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