二重螺旋のアリス Replication of the Soul

猫文字 隼人

序章 たとえ神に背いても

第1話


「ねえ、りっちゃん。今朝のニュース見たぁ? 幽霊船が出たんだってさ」


「えっ……どしたのいきなりそんな小学生男子みたいな話しだして」


「いやいや! すごくない? 幽霊船って! なんか半年くらい前に話題になってたじゃん。調査捕鯨船? だっけ? とにかくそれが連絡付かなくなって沈没でもしたんじゃないのかって言われてたやつ! 覚えてない?」


「覚えてないなー」


「思い出そうともしてない! まあいいよ、とにかくその船が漸く見つかったんだって」


「そーなんだ。全然興味ないけど義理で聞いてあげる。それで乗組員は生きてたの?」


「ひどい言い方だな! なんかそれがわかんないの。だーれもいない。けど、衣服だけ船内に落ちてたって。みんなで海水浴でもしてる間に船だけ流されたか?」


「あー、あんたいつか絶対変な男に引っかかると思う」



 学生の登校時間はとっくに過ぎている時刻ではあったが、電車内の女子学生はそんな会話をしているようだった。


ぼんやりと彼女たちの話を耳にしていた津田カズマは幽霊船という言葉に少し興味を持ち、情報端末でニュースを検索した。


 出て来た当該事件の記事にざっと目を通すと、成る程確かに彼女たちが今話していたような内容で報道されている。


服だけが残っていた、というのがどういう状況なのかはわからないが海賊や妨害船に誘拐、もしくは殺害されたというのが最もありえる話だろう。


物騒な話だ、とため息を付くと隣の女子高生二人がこちらに視線を向ける。


「あ……うるさかったですか? すみません」


 大人しそうな方の学生がぺこりと頭を下げる。


「ああ、いや、違う。君たちじゃない。誤解させてすまなかったな」


 不慣れな笑顔を作り返した。ならよかったです、と言われたもののなんだかいたたまれなくなって、席を立ち扉の前に立った。


 それにしても幽霊船なんて時代錯誤な単語を単語を目にしたこともあってか妙に頭が冴えた。まだ四歳では解らないかもしれないが息子の銀二に話したら喜んでくれるかもしれない。

最近より一層わんぱくぶりに拍車の掛かった顔を思い浮かべてふっと笑みを浮かべる。同時に銀二に残された時間の事が脳裏をよぎったが、それは意図的にかき消した。

 

 何かの工場で作られた部品のように電車から吐き出され、周囲に合わせて進んでいく。ようやく改札を抜けると周囲にいた人々はあれよあれよと四方八方に散っていく。

 鬱陶しいと思っていた雑踏も一気に人影が無くなってしまえば物悲しさもある。


 多くの人がが進む方向とは真逆に足をむけ、寂れた空き地を視界の端にまだ色あせていないアスファルトを踏みしめ進んで行くと、まるでそこが異質な存在である事を主張するかのようにガラスで覆われた無機質でソリッドな建物が視界に入る。


 神光(かみつ)遺伝子工学研究所。

 面白みの無い名称を付けられたそのどでかい立方体こそが津田の職場だった。


 スポーツ新聞を広げて紙面とにらめっこしている守衛にIDをぷらぷらと振って見せると愛想笑いと共に扉のロックを外してくれた。ガラス張りの扉を超えて建物に入りいつも通りのルートを通りいつも通りのペースで進んで研究室へたどり着く。

「あ、津田主任。おはようございます」

「ああ、おはよう」

 欠伸をかみ殺しながらいつものようにチームの皆に挨拶し、今日のスケジュールを確認してからデスクに着席した。


「ねむ……」


 暫く溜まっていたメールの返信を行っていたがどうにも頭が冴えないのでリフレッシュも兼ねて備え付けのコーヒーメーカから珈琲を注ぎ、椅子に腰かける。

ミルクを入れて珈琲をかき混ぜていると、津田のデスクまで慌てた様子で誰かがやってきた。


 普段見ない顔なので思い出すのに少々時間を要したがどうやらお偉いさんの秘書のなにがし嬢だった。淡いメタリックピンクのちょっと変わった眼鏡がなければきっと誰だか思い出せなかっただろう。いや結局名前は思い出せていないのだが。

 何やら急いでいる彼女が言うには今すぐ理事室に来いという事らしい。


「そんな予定あったか?」


「いえ、それが突然。私も詳しいことは聞かされていないんですけど。何かされました? 横領とか、違法実験とか」


「ああ、もしかしてあれかな」


「ええ! 冗談で言ったのに心当たりがあるんですか!」


「いや嘘だよ。何も悪いことはしていないはずだけどな。強いていうならコーヒーを淹れる時毎回砂糖を三本取ってることか」


「そんな冗談を聞いている暇なんてないんです、早く一緒に来てください!」


「これ、今淹れたトコだから飲んでからでも良いか?」


 珈琲カップをかるく指ではじきながら伝えたが青筋を立て引きつった顔で笑みを浮かべられてしまった。悪かったと軽く笑いながら重い腰を上げ、理事長室まで足を運ぶことにした。


 津田は自分のような現場の人間がわざわざ理事室まで呼び出されるというのは大抵良くない話だと考えていた。ノックして名前を告げると入れ、と応答がある。重い扉を開き、中へ歩を進めると毛足の長いふかふかした絨毯を踏む感触が少しだけ気持ちを明るくした。


「私に話があると伺いましたが……」


 重厚なウォルナットのデスクの奥に仕立ての良いスーツをパンパンにした理事が座っていた。おそるおそる伝えると予想に反して困ったような笑い声で遮られる。


「ははは、そう緊張しなくて良い。別に悪い話じゃないから安心してくれ。……といっても実は私も内容が良くわからないんだがね。ただ相手が相手でね……用件を聞いても、本人にしか伝えられない、の一点張りで困ってる。ま、とにかく話を聞いてやってくれないか」


 理事の話はいまいち要領を得ない。一体何故自分がこんな場違いな場所に呼び出されたのか解らなかった。先が見通せないというのはいくつになってもやはり怖い。


「畏まりました。とにかく私はどなたかに――」


 途中で背後からがちゃりと扉の開く音がした。ノックも無しだったので驚いて後ろを振り向くと、子供に見間違えそうな背丈の女が立っていた。


「……ん? ああ、もしかしてキミが津田カズマか。初めまして、私は澱木(おりき)ミコトと言う。沢木さん、少しこの男をお借りしても?」


 白衣姿のちんまりとしたおかっぱで、化粧っ気も無ければ飾り気すらも見当たらない。澱木ミコトと名乗った女は津田を舐めるように見た後、理事に伝えた。


「ええ、構いません」


 予想に反して理事はへらへらしながら返事する。

 訳がわからない。普通ならノックも無しに理事長室の扉を開くなど絶対にあり得ないからだ。更に理事を苗字で呼んでも咎められない。一体この女は何者なのだろう。


「待ってください、犬や猫みたいに言われるのはあまり気分が良いものじゃないですね」


 本人の意思確認なく借りると言われたことに対して皮肉混じりに告げる。いつもの癖でついやってしまったと気づいたが目の前のチビ女、澱木はきょとんとした顔で、


「ああ、キミに拒否権は無いからとにかくついてこい」


 皮肉など気づきもしなかったといった体面でにこりと笑顔を浮かべ、出て行った。

 何だコイツは、ちょっとおかしいぞと面食らい眉根を寄せて理事に顔を向けると『私に聞くな!』とばかりに無言でパタパタと手を振られた。


 仕方なくチビ女……澱木ミコトと名乗った女の後について行き、先ほど入ってきたばかりの出入り口から外に出ると黒塗りの馬鹿でかい車が止まっていた。車には頓着しないので詳しい事はわからないが、明らかに普通のものではない。いわゆる高級車という奴だ。それも超が頭に付くタイプのものだろう。


「乗れ」


 黒服の運転手によって開けられた後部座席に澱木ミコトが乗り込みながら言った。一瞬戸惑うもぼけっと突っ立っている訳にも行かないので後に続いて乗り込む。

 ばたんと扉を閉められると部材が厚いのか外界の音がぷつりと消える。


「出してくれ」


 澱木ミコトが告げると運転手はゆっくりと高級車を発進させた。車体は巨大だが予想外に駆動音はマイルドですべるように発進した。


「あの、俺理事に呼ばれたばかりであんたが、いや澱木さんが何者かも何も聞いてないんだが。今からどこに連れて行かれるんだ? 一体何の用がある? 説明を頼めるか」


「どうりでその態度……フン。まぁ変に畏まられるよりは良いか。良かったな、私が私で。ああ、それと私のことはミコトで良い」


 表情を変えず、ちらりとこちらに視線を送りながら口に出した。質問には答えず呼び方を訂正してきた事にカチンと来た津田は、そもそも自分にとって目の前の女は上司でも何でも無いのにこの横柄な態度はどうなのだろうと感じていた。


「澱木さん、もう一度聞く。貴女は一体何者なんだ? 俺に何の用がある?」


 あえて苗字で呼んだ事に気付いた澱木は意外そうにこちらを向き、薄く笑う。


「そう噛み付くなよ。理性的に見えてなかなかの狂犬だな、キミは。別に取って喰おうって話じゃない。ええと、津田カズマ。二十七歳、既婚。四歳の息子が一人。専攻は遺伝子工学。現在は遺伝子組み換え作物の研究に従事。……2018年に作成した遺伝子組み換え植物『k-01v』の評価は非常に高い。論文も読んだよ。海外での評価も上々だ。他には……趣味は機械弄りと少年マンガ。手先は器用。運動も得意。好きな食べ物はから揚げ。ちなみにレモンをかける派。酒はほとんど飲まない。タバコもすわない。……何か間違いはあるか?」


 すらすらと自分の事を話されて驚く。二年前に作成した『k-01v』は遺伝子組み換えによるヒマワリだった。目的は放射能除去で、確かに非常に高い効果を発揮したとは聞いている。

 中には冗談のようなどうでもいい項目もあったがここまで調べているのなら恐らく妻と死別している事もつかんでいるのだろう。そして――恐らくは息子、銀二の重い心臓病の事も。

 けれどその事を今、口にしなかった。その事が少しだけ澱木への態度を軟化させた。


「合ってる。解ったよ、降参だ。ミコトさん、そろそろ教えてくれないか。一体俺に何の用だ?」


「さんも要らない、ミコトで良い。……まどろっこしいのは苦手だから単刀直入に言う。――津田、人間のクローンを作れるか? 技術的には可能なはずだ」


 唐突に告げられる。ミコトが何を言っているのか理解するのに数秒かかった。

 クローン。ただのマウスでさえクローニングは厳密に管理され、気の遠くなるほどの量の書類に判子を貰わなくてはならない。ましてや人間のクローンとなればこれは間違いなく違法だろう。倫理にも反する。道徳的に行ってはならない。理屈では無いのだ。


「……こりゃ、ぶったまげた。どうやら気の利かない冗談って訳じゃなさそうだな」


 本当に驚いてしまい、口調が素の状態のものになってしまったことに言った後気がつく。


「ああ、仕事においては冗談は言わない質でね。当然本気も本気さ。そうそう、こんなばかげた話をしておいてなんだが当然報酬は弾む。きっと君が考えている額よりは多いだろう」


 報酬、その言葉はまるで側頭部に突き刺さるかのように津田の心を穿った。……今は、とにかく何よりも金が要るからだ。


「……話を聞かせてくれるか」


 津田の言葉を聞いたミコトはからからと笑って答えた。


「ふふ、良い反応を有り難う。そうそう、自己紹介がまだだったな。私は内閣外洋特別防衛対策室室長、澱木ミコト。今年で二十九になる」


 年齢を聞いて少し驚く。小柄な事もあり、二十代前半程度だと思っていた。実際この自己紹介には『私の方が年上なんだぞ』というアピールが内包されているような気もするが。とにかくいぶかしげな表情を作ってしまったらしく、それを見たミコトは言葉を継いだ。


「……まぁそう警戒しないでくれ、うさんくさい肩書きなのは自覚しているんでね。それに依頼が違法だと言うことも十分に理解している。だが、これは国家プロジェクトの一端でもある。つまり何事にも例外はあると言うことだ。だから、もし仮にこの話を受けて何かあったとしても一切の罪に問われない事は保障しよう。全ての罪は発案者たる私が引き受ける。……まぁ、握りつぶすと取ってもらっても良いけどね。倫理や道徳はすこぶる大事だが、それ以上に大事な事もある。ある種の人間にはそれが認められないようだけれど。どうしても今、キミの技術が必要なんだ。たとえ後世、悪魔だと罵られる事になっても」


 ミコトはいたずらな笑みを浮かべながらそう告げた。人間のクローニング、勿論禁忌だ。けれどそれは既に絵空事ではなく現代の科学力であれば十分に実現可能でもある。潤沢な資金が必須であるしそのハードルは高い。この世界で誰もが試したかったが、行う事の出来なかった人体実験。……いや、実際には既に行われている可能性も否定は出来ない。とにかく目の前にいるこの女は国家直属。国家予算による潤沢な予算、そして合法であるという免罪符。だがそんなことより今は、何より喉から手が出るほど渇望した金が報酬として目の前にぶら下げられている事が最も重要だった。


「……やる、やらせてくれ。理由は……聞いても良いのか?」


「ふうむ」


 ミコトは一瞬目を逸らし、考えるように窓の外に目を向け、数秒を置いて答える。


「すまない、即答されるとは思っていなくて情報を小出しにしたことを少々反省しているところだ。もう少し正確に言おう、君に作って貰いたいもの、それはただのクローンですら無い。遺伝子操作による人工キメラヒューマン。解りづらければ言い換えよう、生体人型兵器の開発と、ね」


 既に津田の常識をはるかに超えていた話が更に次のステージにまで行っている。それはつまり、人が人の形をした、人では無い存在を作るという事だからだ。


 人体実験等非人道的な研究はたくさんあるが、そういった物とすら一線を画す。だがそれでも、津田に歯止めをかけるには至らない。かといってすぐには言葉を返す余裕は無い。そんな津田を無視するかのようにミコトは矢継ぎ早に話を続けた。


「そういえば理由も聞かれていたな。今朝の幽霊船のニュース、見たか? あとは……ええと、オカルト話なんてものは好きか?」


 津田はオカルトという単語を聞いて顔をしかめた。


「どういうことだ? 冗談が嫌いって訳じゃ無いが、こういう場所では遠慮して貰いたい。あいにくオカルトには詳しくも無い」


 やや不機嫌に返すとミコトは『だろうな』とくすりと笑った。すぐに真面目な顔をして口を開く。


「……UMAヒトガタという名称を聞いたことはあるか?」


「ヒトガタ? 人間の型とでも書くのか? ……申し訳ないが知らない」


 言葉を返すとこくりと頷かれる。


「まあ普通はそうだ。ヒトガタってのはUMA、つまり未確認生命体だ。口に出すとややこしい事この上無いんだが文字にするときはカタカナでヒトガタと表記する。UMAについての説明くらいは省略させてくれるよな? ネッシーとかイエティとかチュパカブラだの、一つくらい聞いた事があるだろう」


「ああ、それは当然な」


「そいつはよかった。ま、夢のないことを言って悪いが当然そのほとんどは見間違いや、創作、捏造だ。ヒトガタだって当然その一つ。……そう、考えられていた。だが発表こそされていないが北極圏などの海で複数回目撃され撮影すらされている。約三十メートルとクジラ並みのサイズになり、その名のとおり人間をかたどったかのような形状をしている。更に真っ白で目も鼻も口もないのっぺらぼう。だが、下半身はなめくじのようにつるりとしていて足は存在しない。つまりはでかくてグロテスクな溶けかけの蝋燭をぶっかけたまっ白(ちろ)い人魚を想像して貰えば大体間違いは無い。どうだ、聞いただけで爆笑しそうになるだろう? そんな生物を見たって言われて信じる奴は頭がイカレてると、そう思ってた。だが、結果としてヒトガタは存在したんだ。情報統制は行われているが先日も合衆国に上陸している。そして、そいつらはどういう訳か徐々に我が国にも近づき、小型ではあるが既にいくつかの個体が上陸している事を確認している。ようやく話が冒頭に戻る。今朝のニュースで報道された幽霊船、そいつを襲ったのがこいつらという訳だ」


 自分が今、どんな顔をしているのかわからない。けれど、こちらの表情をちらりと見てミコトは強く言葉をつむぐ。


「全て真実だ。キミを担ごうとなどしていない。そのことは誓おう」


「わかった、とにかく全部聞かせてくれないか」


 ミコトは満足そうに頷き足を組み替えた。


「半年前、調査捕鯨船第一日真丸が連絡を絶った。そして二週間前、それがようやく見つかった。報道とは少し時期が違うけどな。横には環境保全を謳う妨害団体の船が横付けにされもやいで固定されていた。何らかの機器トラブルか、もしくは海賊共と何かがあったのかと船内を調べたが何も見つからなかった。船内には誰も居ない。乗組員二十三名、誰一人として、だ。それは海賊船の中も同じだった。奇妙な事に船内には乗組員の着ていた服が無造作に落ちていた。……ここまでは面白おかしく脚色されてはいるが一般に発表されている。問題はここからだ。その衣服を回収しようとした調査員が突然痙攣しその後死亡した。助けようとした別の調査員も同様に死亡。厳重に落ちていた衣服を調べると未知の刺胞細胞がびっしりと喰らい付いていた」


 ミコトは一息ついて視線をこちらに向ける。


「刺胞細胞について説明が必要か?」


「いや、大丈夫だ。ようするに毒針発射装置みたいなもんだろう。主に、クラゲとかが持ってるんだったか」


 そう答えると、意外そうに驚いた顔を作ったミコトは機嫌よく答える。


「ほう、話が早くて助かる。そう、致死性の毒をえげつない量射出する刺胞細胞。それは本体が死亡していても刺激に反応し、毒針を射出する。毒性はまだ完全に分離できていないがヒプノトキシンはじめ、強力な奴が色々カクテルされているらしい事は解っている。さて、そんな物騒な物がびっしりこびりついた衣類が落ちていた。そして乗組員は行方知れず。答えは何だと思う?」


 いやらしい笑みを浮かべて質問を投げかけてくる。正直ばかばかしい。B級のモンスター映画のようだ。けれど、それがもし事実だとするならば導き出される最も適当な回答は……。


「乗組員は何らかの生命体に襲われて、食われた」


 津田の答えにミコトは満足そうに頷いた。


「……まぁそう考えるのが妥当だろうな。調査部の研究員も日夜研究室に閉じこもってそれを否定しようとした。けれど、結果的にそういった存在を否定出来なかった。それどころか現場に落ちていた謎の残留物からは乗組員が付けていたと思われる貴金属類やセラミック製の添え木やインプラント等も発見されている。まぁ、食われたとみて間違いは無い」


 ミコトは皮肉な笑みを浮かべて視線をそらす。


「相手は……ヒトガタってのは一体何なんだ。見当は付いているんだろう?」


「何故そう思う?」


「解らないなら生体人型兵器を作れなんて無茶苦茶な発想が出てくるはずがない。なら既に見当はついてるとしか思えない。見切り発車でそんな大それた事をする馬鹿はいないだろう」


「ふん、それもそうか。そう、一応残っていた体組織を調べてはみた。……随分形が崩れていたが……ヒドロゾアに酷似していた」


「ヒドロゾア……すまないが詳しくない。説明を頼めるか?」


 ミコトは静かに頷いた。


「ヒドロ虫とも言う。群体生物。個体が集まり、更に大きな個体を形成する。まるで教科書で見たスイミーの物語のように。身近なのはサンゴだろうか」


 スイミー。たしか、小さな小魚が群れを成し、大きな魚に見せかけるといったストーリーだったはずだ。群体。一つ一つは小さな生き物が、集合し、一つの意志の下、身体を成す。


「そいつを大昔にシノニムとして抹消された種と酷似している事から学名でHydra magna rlyehensis(ハイドラ マグナ ルルイエンシス)と呼んでいる。そいつらが捕鯨船、妨害船の乗組員を喰った犯人。そしてUMAヒトガタの正体だ」


 ミコトは真面目な顔をして一度言葉を切った。


「キミに作ってもらいたいクローンとは、正確にはこいつらの刺胞毒を無効化する生体兵器。兵器と言えば聞こえは良いが実際には人造人間の方が近しいだろう。刺胞細胞といっても奴らが体表に備えたそれはまさに天然の化学兵器だ。アンボイナの吻のような大型のものも確認されている。ビニール程度であれば容易に貫通するってわけだ。死亡した調査員だって当然素手ではなかったんだからな」


 冷たい目で告げられた。人造人間。遺伝子操作により、特定の毒に対抗する生命体。


「大まかには把握したが、それなら駆除用の薬品や刺胞細胞の反応しない樹脂装備や処理道具を作る方がはるかに現実的だろう。倫理を犯してまでどうしてそんな物を作る必要がある」


「なかなかにまともな意見で助かるよ。この件には勿論他の意図もある。……いいや、そちらの方がメインといっても構わないだろう。今それをキミに伝える事は出来ないが、つまりはただの口実なのさ。お偉いさん達は今回のヒトガタ騒動についても楽観しているからね」


 ミコトは胸元のロケットペンダントをいじりながら言葉を継ぐ。


「……神にも悖(もと)る蛮行だ。だが、誰かがやらなくてはならない。けれど万が一今、断ってもキミの生活になんら影響は無い。勿論口外することは禁止するが間違いなく保障しよう。だから、キミが日常に戻るというならばそれでも良いんだ。……けれど、もし。もし私と地獄に落ちる覚悟が出来たら、連絡をくれ」


 とても冗談をいうような雰囲気ではなかった。ミコトの表情は読めないが、何らかの執念を孕む、黒い意志が目の奥に見えた気がした。

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