(2)
次の日も、そのまた次の日も。
ヤツは俺の前に現れては同じ台詞を繰り返す。
雨の日も、風の日も。平日も休日もお構いなしに。
そろそろ我慢の限界だ。今日こそきっちり説教してけりをつけようと待ち構えていた、休日の午後。
案の定ひょっこりと姿を現したヤツは、しかし今日に限って何も言ってこなかった。
お決まりの挨拶もなしに、ただニコニコと笑っている。
とうとうおかしくなったか。いや、元々おかしかったんだが。
ヤツが何も言わないので、仕方なく歩き出す。そうだ、俺は元々、煙草を買いに外に出てきたんだから、このまま自販機で目的を果たして家に帰ればいい。
てくてく、てくてく。ヤツは俺の後ろを、ぴったりとついてくる。
てくてく、てくてく。どこか嬉しそうに、鼻歌など歌いながら。
どこまでついてくるのかとやっきになって歩いたら、いつの間にか子供の頃よく遊んでいた神社まで来てしまった。
古びた鳥居をくぐり、小さなお社の石段に腰を下ろして、最後の一本を取り出そうとして手を止める。『境内一円喫煙・焚き火禁止』。そう書かれた看板は、「一円」の意味が分からなかった頃のまま、黙ってこちらを見下ろしていた。
見下ろしているのは看板だけじゃない。狛犬の横で、じっとこちらを見つめてくる子供。ここに至るまで一言も発することのなかったヤツは、相変わらずニコニコと笑っている。まるで、何かを待っているかのように。
「……何だよ、今日はやけに静かだな」
沈黙に耐え切れずにそう口を開くと、ヤツは嬉しそうに――それは嬉しそうに、瞳を輝かせたんだ。
「やっとお前から喋ってくれた」
「……そうだったか」
「そうだよ。お前ってすごく無口だもんな。変わってないよな、そういうところ」
俺の知り合いでもないくせに、俺のことをよく知っているような口ぶりは相変わらず。しかし、今日は何だか様子が変だ。能天気な笑顔も、破天荒な格好もいつも通りなのに、何かが違う。何かがおかしい。
「今日は、その、言わないのか。冒険に行こうとか、ゲートを越えようとか」
躊躇いがちに問いかけると、ヤツは小さく頷いた。頷いて、こう言った。
「もう、時間がないから」
また妙なことを言って、ぽりぽりと頬を掻く。
「言いたかっただけなんだ。また一緒に冒険に行こうぜって。それが言えたから」
だから、いいんだ。透明な笑顔が、夕日に照らされる。
「それじゃ、またな!」
そう言って駆け出すヤツを咄嗟に追いかけようとして、はっと立ちすくむ。
赤い鳥居。その向こうに沈み行く、紅い太陽。
「またな、ユート!」
鳥居を潜り抜け、夕日へと吸い込まれていく小さな背中。
この光景を、俺は知っている。
「ゲートを、越えて……」
そうだ。
ゲートを越えて、数多の世界へ――
『クリムゾンゲートを越えて、新たな冒険の幕が開く』
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