タイムマシンは、給食用エレベーター?!

春田康吏

第1話

「えー、それではよろしいでしょうか。今回、新商品の企画提案をさせてもらいます藤本あつしと言います。初めてなもので、どうぞお手柔らかにお願いします」そう言うと、会議室全体から、かすかな笑いが起きた。

山下課長が、そんなのはいいから。といった感じで、まばたきをした。

早く次に進めということだろう。

私は、電気を消すように同僚に合図をすると、天井から吊るしてある大きな白いスクリーンを見た。

「今回、提案させていただきます新商品チョコミラクルは、小学校高学年をターゲットとした……」

説明するごとに、用意しておいた画面を白いスクリーンに映していく。

私が製菓会社に入社した理由は、二つある。

一つは、子どもが好きだから。

もちろん、お菓子は子どもだけが食べるものではない。

しかし私は、昔からあるロングセラーのお菓子を食べると、子どもの頃を思い出す。

そんなお菓子を私も作ってみたいと思っている。

そしてもう一つは、あの頃のことを忘れたくなかったから……


「いいかあ、たぶん、ここテストに出るぞー」担任の大きな声が、教室中にひびき渡る。

「せんせえ、たぶんってえことはあ、出ないってこともあるんですかあ」担任、武藤先生に負けじと大きな声を出すのは、ミツクニ。

一応、僕の友だち。

「そんなテストのことは、いちいち教えれん」武藤先生が素早く返した。クラス一同、笑い。

でも、僕が思うにミツクニは、テストに出ようが出まいが、どちらでもいいんだと思う。

ほら、もう隣の席のやつに何か話しかけている。

ようするに、誰かに相手してほしいだけなんだ。

そんな感じで、そのあとも何回か武藤先生とミツクニのやりとりがあって、算数の授業は終わった。

次は、体育だ。急いで体操服に着替えようとすると、教室を出て行くはずの先生が振り返って、

「おい、藤本とミツクニ、ちょっと来い」と言った。

クラス中の目が、僕とミツクニに集中した。大体は、ミツクニだったけど。

ミツクニ本人は、不思議そうな顔をしていた。

僕も、どうして呼ばれたのか全く分からなかった。同時に二人だ。

何も悪いことなんかしていない。

僕は、着替えるのを止めて先生のところに行った。

ミツクニも、周りのみんなに急かされるようにして来た。ミツクニは、明らかに、

「あつし、お前何かしたのか、言ったのか」という目をしている。僕は、

「何のことか知らない」といった目で返してやった。

無言のやりとりを見たのか見てないのか、武藤先生はついてこいといった様子で歩き出した。

どこからか、

「頑張ってこーい」といった声が聞こえた。

クラス一同、笑い。ミツクニのいるところ、笑いあり。

でも、当の本人は笑っていなかった。

「とりあえず、行くぞ」という目をしたので、僕は後についていった。

ついていったら、そこは校長室だった。

校長室は初めて入る。

ミツクニは、もう何が何だか分からず、いつものミツクニでなかった。

汗をかいている。

僕もそんな感じだった。

「お前ら、何かしたのかー、じゃあ、またあとでな」武藤先生は、僕たちを残して校長室を出て行った。

僕とミツクニは、ソファーに座らされた。

目の前には、白いまゆ毛がふさふさの校長先生が座っている。

朝礼のときの厳しい表情とは違っておだやかだった。

「まあまあ、二人とも緊張せずにな」校長先生は、そう言ってほほ笑んだ。

怒る様子がない。

しばらくそのまま時間が過ぎた。

十秒くらいだったかもしれないけど、何分にも感じた。

そして、校長先生は口を開きかけた。

動作がゆっくりなので、今からしゃべるというのがすぐ分かる。

「実は、ワシはもうすぐ死ぬんじゃ」思ってもみなかった言葉に、最初は何を言っているのか分からなかった。

一同、沈黙……。

最初に沈黙を破ったのは、ミツクニだった。

「えええええええ」廊下にまで聞こえるような声だった。

「どうしてですか」僕は、冷静に聞いてみた。

「まあ……病気で、医者から余命3か月と言われておる」さっきより、少し早口になった。

「そして、ワシには、妻がおる。ワシの年で恥ずかしい話だが、5歳になる息子もいる」

そう言うと、家族写真を取り出して見せてくれた。みんな笑っていた。

ミツクニは、真剣に話を聞く姿勢になった。

「そこで君たちにお願いがある。今から15年後の未来に行って、家族が元気にやっているか見てきてほしい」

僕とミツクニは、きょとんとした。

だって、未来に行くってどうやって行くんだ。

「タイムマシンというものを聞いたことがあると思う。それが、この学校にはある」

「えええええええ」またさっきと同じミツクニの声。

思えば校長室に入ってからの彼は、「え」しか発していない。

あんなに、おしゃべりでお調子者のミツクニが。

「いきなりだが、やってもらえるかな」僕は、ミツクニの顔を見た。

ミツクニも僕の顔を見た。

答えは、二人ほぼ同時だった。

「やります」

そう言うと校長先生は、にたあと笑った。

顔に赤みも出てきて、照れてるようにも見えた。

「じゃ、早速だが、今から行ってもらう」

それを聞くとミツクニは、一人で立ち上がってソファの後ろにある机の前に向かった。

「ん?君は、何をしておるのかね?」

「だってえ、タイムマシーーーン、ここでしょ」良かった。いつものミツクニに戻ってる。

そうだ、タイムマシンと言えばドラえもん。のび太の机の引き出しだ。

「ハハハハ、おーい、来てやってくれ」校長先生は、何がおかしいのか笑いながら誰かを呼んだ。

するとどこからか、教頭先生が出てきた。

教頭先生は、校長先生と違ってやせてるし、怖い感じの先生だ。

「今の時代で、このことを知っているのは、ここにいる教頭先生とワシと君たち二人だけだ」

教頭先生は、校長先生にそっと耳打ちした。

「準備が整ったようだ。あとは、教頭先生についていってくれ。よろしく頼む」

「よし、お前たち、こっちだ」動きが素早くて言葉がきつめの教頭先生は、もう廊下に出ていた。

僕たち二人は、必死で後についていった。

着いた先はエレベーターの前だった。

エレベーターと言っても、給食を運ぶためのエレベーターだ。

ふだん、児童は使ったりしない。

「向こうの校長先生には、タイム電話で伝えてある。くれぐれも失礼がないように」僕たちの顔も見ずに必要なことだけ言うと、エレベーターのスイッチを押した。

ガガガガーー

おそらく、いつも給食を運んでるときと同じ開き方なんだろう。

ゆっくりエレベーターの扉が開く。

「さあ、入れ。入ったら、タイムマシンモードにする」

教頭先生が、スイッチをいじっている間、

「おい、あいつ、きつくねえか。俺たちが校長のためにやってやるんだぜ」

「聞こえるよ。まあ、そうだけど……」

「よし、できた。では、成功を祈る」扉が閉まる直前、教頭先生は、さっきまでの怖い顔とは違って、

ニッと笑った。

扉が閉まるとミツクニは、

「あいつ、今、気持ち悪い顔したぞ」と言った。

でも僕は、そのニッと笑った顔が心に焼きついた。


突然、電気が消えた。

そして、非常用の赤いランプだけがつく。

地震みたいに揺れも激しくなってきた。

ピポン、ピポン、ピポン、ガガガガ、グルグルグル……工事現場のような音が聞こえる。

隣でミツクニが何かさけんでいるが聞こえない。

僕も、わああああとさけんでみたけど、見事に、かき消された。

何分経っただろうか。

ひゅーんと言うと、嵐が過ぎ去ったみたいに静かになり、電気がついた。

「終わったのか。着いたのか」

ガガガガーー扉が開く。

そこは、さっきまでいた給食用エレベーターのホールとどこも変わりが無かった。

本当にここは15年後の未来なんだろうか。

遠くの方で子どもたちの声は聞こえるものの、誰もいなかった。

「どうなってんだ。ドッキリか?」外に出て、ミツクニがやれやれと言った顔をし始めると、

向こうの方から、フォッフォッフォッという音が聞こえてきた。

誰かが走ってくるようだ。

フォッフォッフォッフォッフォッフォッ……

「すまん。すまん。遅れた。えっと、藤本あつし君とミツクニ君か」

「何で俺だけ名字なし?」ぼそっとつぶやく。

「ワシは、ここの校長だ。フォッフォッフォッ」どうやら本当に別の世界、未来に来たらしい。

「まあ立ち話もなんだから、あとは校長室で話そう」

15年後の校長先生は、でぶっと太った猫みたいな校長先生だった。

その猫校長が、フォッフォッフォッと言いながら歩く。

とても奇妙でユニークだった。


未来の校長室は少し豪華だった。

赤いふかふかのじゅうたんが、一面に敷いてあった。

アンティークのランプが置いてあるかと思えば、パソコンらしき薄い画面も机の上に乗っていた。

そして、他に二人の先生らしき人が立っていた。

「まあ、大体のことは聞いていると思うが、今日からしばらく君たち二人は転校生として、この学校で勉強してもらう。普段の生活は、ワシの家でしてもらう」

緊張した。

知っている場所とは言え、15年後なんて全くの別世界だ。

この世界のどこかに、26歳になった僕やミツクニが生きてるのだろうか。


「はい、皆さん。注目!今日からこの学校に転校してきた藤本あつし君とミツクニ君です」

「また名前だけ……」ミツクニのつぶやき。

「よろしくお願いします」二人は、おじぎをした。

クラスメイト全員の視線が身体にぶつかる。


休み時間になると、ミツクニはすぐにみんなと打ちとけていった。

持ち前の芸やモノマネを披露する。15年後の未来でもウケた。

僕は、それを眺めているだけだった。

勉強は、少し自分たちとやっているところが違っていたけどついていけた。

さすがにミツクニは、始めから先生に突っ込むようなことはしなかった。ぼんやり天井を見上げている。

だんだん、本当に別の学校から転校してきたような気がしてきた。

帰りの時間、僕らは校門の前で待たされていた。

そして、フォッフォッフォッ……また猫校長が遅れてやってきて、ミニカーのような車の後部座席に乗せられた。

猫校長の家は、学校から車で10分くらいのところにある古びた和風の家だった。

「おーい。連れて帰ったぞ」

「わあああ、ほんとに来た。未来の人」

「こらこら、未来ではない。過去の人だ」

「古い人?」

「そうじゃ。すまん。すまん。孫のゆかりだ。お兄ちゃんたちにあいさつしなさい」

「こんにちは」

そんな挨拶をしていたら、猫校長の奥さんみたいな人も現れて、作業着を着た息子さんみたいな人も来て、後ろにはその奥さんと思われる人が、小さい男の子を抱いていた。

たくさん人が集まって、夕食のときにはさらに人が集まって、猫校長の家は大家族ということが分かった。

僕もミツクニも、緊張して騒ぐことはできず、みんなの質問に答えるだけで出されたごちそうを食べていた。

テレビはついていたけど、みんなの声がうるさすぎて何を言っているのか分からなかった。

僕は、自分の家とは真逆だなと思った。いつもは、テレビの音だけがうるさい。

ミツクニの家はどうなんだろう。


夕食が終わると、僕とミツクニは、猫校長の部屋に来るように言われた。

「ゴホン」猫校長は、あらたまったように一回、せき払いをすると、

「君たちは、ワシの家に遊びに来たのではない。それはよく分かっておると思う」そう言うと校長は、後ろにある机の引き出しから一枚の紙切れを取りだした。

それは、手書きの地図だった。15年前の僕たちの世界の校長先生の家族(ややこしい!)が住んでいる場所を記した地図だった。

ぱっと見た感じだと、ここから一駅行ったところで、海の近くだった。

「ちょうど、ここに住んでおられる。大きな家だから、すぐ分かると思う」人差し指を指して言った。

地図は僕が持つことになった。それから、和室でミツクニとふとんを並べて寝ることになった。

どっと疲れが出て、一気に眠れた。


僕たちの任務は、学校が休みの土曜日から開始された。

ミツクニは、事の重大さが分かってるのか分かってないのか、僕を置いてどんどん先に行ってしまった。

「待ってよ」

15年後だからと言って、町並みは目立って変わっていなかった。知らない家や店ばかりだったけど、スーパーはスーパーで、郵便局は郵便局で、雑貨屋は雑貨屋だった。

「でもよ、本当に分かるのかな」ミツクニが言うには、奥さんの写真を見せてもらったとは言え、それが今の奥さんか分かるのかどうかということだった。

「分かるよ、きっと」

電車から見る景色は、だんだん家が少なくなってきて海が見えてきた。

「おお、海!海だぞ。見てみろよ」ミツクニが興奮し始めた。海はキラキラ輝いていて、15年前と変わらないきれいさに僕は、ほっとした。


校長先生の奥さんの家は、とても分かりやすかった。駅を出て少し歩くと、ミツクニが「おい、あれじゃないか」と指をさした。地図と見比べると大きな洋風の家は一軒だけだったから、間違いなさそうだった。

「あったぞ。簡単だったな。俺がピンポン押すからな」ミツクニは、勢いよく走っていった。

「危ないよ」僕が叫んだときは、ミツクニは思いっきり何かにつまずいて転んでいた。

「うわあああ、痛いよ。あつしーー、助けてくれ」ひざから血を流してるミツクニを見て、僕はオロオロした。

えっと、えっと、こういうときは、どうするんだっけ。あ、救急車。いや、ひざから血が出てるだけだから命にかかわることじゃない。でも、すごく痛がってる。どうしよう。

僕が、リュックの中身を出して何か使える物がないか探しているときだった。

「きみたち、どうしたの。すごい血が出てるじゃない」女の人が声をかけてきた。

「すみません。この子が転んじゃって……」ミツクニは痛がってるだけで、僕が全部説明した。

「とりあえず、うちに来て。消毒するから」その女の人の家は、僕たちが目指している家だった。

そして、その女の人は、校長先生の奥さんだった。


僕は、ミツクニの手当てが終わるまでリビングで待たされていた。

ソファーに腰掛けると、目の前には熱帯魚の水槽があって、その横には写真が何枚も飾られていた。

僕はすることがないので、一枚一枚を見ていった。

風景、ペット、家族、いろんな写真が彩りよく並んでいた。そして、端には僕らの世界の校長先生が写っていた。

でもメインは今の家族で、奥さんには新しい旦那さんがいた。それを見ると、笑って写ってる校長先生がどこかさみしそうに見えた。

ミツクニは、ひざに包帯を巻いて出てきた。もう落ち着いたみたいで苦笑いをしていた。

「もう、あなたたちは……車にでも引かれたらどうするの」奥さんはジュースとお菓子を僕たちに出すと、僕がずっと見ていた写真について話してくれた。

旅行先で撮ったきれいな花、飼ってる猫、今年小学校に入学した子ども……

ミツクニは、ぼーっと見ていたけど、さすがに校長先生に気づいたみたいで「あ!」と小さな声で言ったけど、黙っていた。

「この人はね、昔の主人。15年前に病気で亡くなったの」奥さんは、校長先生のことを忘れていなかった。

僕らは残ったお菓子をすべて平らげると、「行こうか」とミツクニに言った。

「うん」まだ口の中には、初めて食べたチョコとソーダのシュワシュワっとしたお菓子の味が残っていた。


「せっかくだから、海に行こうぜ」ミツクニは、言った。

僕らは裸足になると、二人で、波に足をつけながら話した。

「校長先生には、何て言う?」

「うーん。元気でやってました。でいいんじゃない」

「新しい家族のことは?」僕らは、すごく迷ったけど言わないことにした。

夕日がきれいだった。太陽が、ジュジュっと音を立てながら海に沈んでいくところだった。


私は、最後のスライドの説明が終わると、「以上でプレゼンを終わります。ご清聴ありがとうございました」と言った。

電気がつけられると、仏頂面の部長が手をたたき始めた。そして、軽い拍手が起こった。

どうやら上手くいったようだ。

「ありがとうございます」私は、一礼した。ちらっと山下課長を見ると、私にだけ見えるように小さくガッツポーズをした。

片づけをして会議室を出ると、携帯を開いた。メールが一通来ていた。差出人は、大畑ミツクニ。

そうか。今頃、あのときの二人が、この世界のどこかに来てるんだ。ミツクニは覚えているかな。

そう思うと、私は大きく背伸びをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

タイムマシンは、給食用エレベーター?! 春田康吏 @8luta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る