「連続殺人犯」

武士武士

連続殺人犯


 その夜、街にはパトカーのサイレンが絶えることなく響いていた。


 道路に映るネオンサインの明かりに、赤色灯の明かりが回転しながら上塗りされる。


 街には制服警官、私服警官がごったがえし、警察無線のくぐもった声に神経を集中させている。


「容疑者は拳銃を所持、抵抗著しい場合は射殺もやむなし――」





 路地裏のビルの陰に隠れ、辺りの様子をうかがう男がひとり。


 男はこれまでに十五人を殺してきた。十六人だったかもしれない。


 拳銃を握る右手に汗がにじむ。


 今回ばかりはもはや逃げられないと悟っていたのだ。


 ここで射殺されるか、それとも捕まって死刑になるか――。





 刑事と思われる足音を聞き、男はとっさに拳銃を構える。


――刑事が犯人を射殺なんて、許されることなんですかねえ?――


――許されるも何も、それが上の命令なんだよ。今回ばかりは当然さ。奴が今までに何人殺してきたと思う?――


 色とりどりのネオンに照らされて、刑事二人の影が伸びている。





 上等だ。


 男は思った。


 今更何人殺したって同じだ。


 こうなったらポリ公を何人でも道連れにしてやる。


 男は覚悟を決め、ビルの陰から飛び出そうとした。


 男が光に包まれたのはその時だった。


 体が宙に浮き上がるような感覚をおぼえ、そして――





 気がつくと、男は奇妙な空間にいた。


 ただっ広い空間に、男の座るイスが一つきり。


 周囲をぐるりと囲む窓の外には、なんとしたことか。宇宙空間が広がっている。


「なんだよ、ここは」


 男の問いに答えるかのように、軍服のようなものを着た男が目の前に現れた。


「ようこそ、我々の宇宙船へ」


「何だと?」


「我々は地球から三千光年離れた星の『宇宙人』である。君にはコンピュータがランダムに選んだ地球人のサンプルとして、テストを受けてもらう」


 それを聞いて男は笑った。


 あまりにも馬鹿げた話ではないか。


「お断りだ」


 当然のごとく男はそう答えた。


 しかし「宇宙人」とやらは、こともあろうに「テストを拒否する権利は認められていない」などと言う。


 そして男の視界がゆがんだ。





 次に目覚めた時、周囲には漫画に出てくる未来都市のような光景が広がっていた。


 人っ子一人いない。


――くそう、どうなってやがんだ。





 そんな男の様子を「宇宙人」たちがモニターで見ていた。


「地球人の戦闘力はあまり高くないと聞いている」


「今までの星のように、このテストの結果によって決まるのだ。我々が地球に侵攻するかどうかがな」


「ふふふ。では始めようか」


 宇宙人の一人がマイクを手にする。





 ただ今よりテストを開始する――


 どこからともなく聞こえるアナウンス。


 男の手には、使い慣れた拳銃が一丁。


「俺に何をしろってんだ」


 アナウンスは何も答えない。


 その代わりに、これが答えだと言わんばかりに男の視線の先にロボットが現れた。


 人間サイズのロボットが一体、二体……全部で八体。


「笑わせやがる」


 どうやらこいつらと戦えと言うらしい。


 男が拳銃を構えるのを待っていたように、ロボットたちは攻撃を開始した。


 銃弾。


 銃弾。


 さらに銃弾。


 ロボットが撃つ銃弾を右脚に受け、男は苦痛の叫びをあげる。





「見ろ。レベル1なのにあのザマだ」


 宇宙人らが口々にささやきあう。


「地球人は予想以上に弱そうだな」





 しかし男はこれまでに十数人を殺してきた殺人鬼であった。


 そんな化け物が、無抵抗でロボットに殺されるはずもない。


 男はロボットに立ち向かった。


 狂ったように拳銃を撃つ。


 どれだけ破壊しても次々と現れるロボットの群れの中へ、男は突っ込んでいく。


 壊す。


 壊し続ける。


 テストとやらに合格するために壊すのか。


 それとも、ただ殺されないために壊すのか。


 生きるために壊すのか。


 否。


 壊すために壊す。


 それだけのことだ。


「クソ野郎!」


 破壊したロボットの腕を引き抜き、滅茶苦茶に振り回す。


 男は体じゅうに敵の銃弾を受け、また片腕を引きちぎられたが、それでも戦い続けた。


 何も考えず、狂ったように。





「見ろ! 地球人はなんて凶暴なんだ」


「脳波を測定したが……なんと恐ろしい。彼は自分が生きるために戦っているのではない。彼の頭の中には、相手を殺したいという感情しか流れていないのだ」


「なんと! 自らがボロボロになろうと、相手を殺せればそれでいいというのか」


「なんという残虐な思考回路だ!」


 宇宙人たちが見ているモニターの中で、男はとうとう全てのロボットを破壊し尽くしてしまった。


「……地球には手を出すまい」


「当たり前だ。あんな凶暴な種族を敵に回しては、我々のほうが滅ぼされかねない」





 破壊したロボット群の残骸のなかで、男は血まみれになって苦痛に呻く。


――畜生、なんなんだこれは。


「おめでとう、君は地球の運命を決定したのだ」


「我々は地球をあきらめる」


「地球のすべての人間が、君の手で救われたのだ」


 激痛とともに男の意識は遠のいていった。





 気が付くと、男はもとの夜の街に立っていた。


 体は少しも傷ついていない。


――今のは何だ、幻だったのか?――


「いたぞ!」


 刑事の声だ。


 しまった!


 男はとっさに拳銃を刑事らに向けた。


 そして銃声が立て続けに轟き……











「これで事件は解決ですね、刑事部長」


「ああ。まったく凶悪な男だったなあ」


 刑事らが殺人犯の遺体を載せた救急車を見送る中で、ひとりの新米刑事と年配の刑事部長とが話していた。


「あんな男は生きている価値もない。地球のすべての人間を殺し尽くすまで、奴は止まらなかっただろう」


「まさか」


「冗談だよ。しかし今夜は冷えるなあ」


「――あっ、部長。あの光はなんでしょう」


 新米が空の上を指差す。


「なんだ? 何も見えんぞ」


「あれ? 確かに何かが飛んでいくのが見えたんですよ」


「飛行機か何かだろ。しっかりしろよ」





 ネオンと赤色灯に照らされた夜の街に、サイレンはうるさく響き続けていた。



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「連続殺人犯」 武士武士 @bushi_takeshi

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