可笑市市役所総務課 第1部
やましん(テンパー)
第1話 『変変篇』その1
大昔のことですが、ぼくは東京駅から、両親と一緒に夜行列車に乗って西に向かっていました。
ちなみに「あき」という寝台列車です。
「安芸の宮島」の「あき」でございますよ。
かたーい寝台で夜を過ごした後、汽車の中でもやっぱりちゃんと朝がやってきて、食堂車に朝食に行きました。
通路側にでて景色を眺めていますと、かっこいい車掌さんがやってきて
「ぼく、おはよう!」
と言ってくださいました。
まだ戦争が終わって20年くらいという時期ですが、はっきりした戦争の爪痕というものは、ぼくの身の回りには、もうほとんどありませんでした。時々、「傷病兵」という方を見たのと、父が何やら戦地から復員してきたことで、国からお金の支給を受けていたらしきこと、以外は。
東京の街も、オリンピックが終わった後で、羽田空港に行く新しいモノレールができたり、浜松町の駅前にでっかいビルが建設中だったり、科学博物館も新館ができたばかりだったり、でもまだ市電が走っていたりと、現在の街と昔の街が混在している部分もありました。
僕の記憶も、多分混在してますが。
さて、食堂車の朝ご飯は、みそ汁とご飯とおかずという、今のビジネスホテルの定番朝食と、ほとんど変わりがないようなものだったように思います。
ただここではちょっとした事故が起こりました。当時、機関車が客車を引っ張っていたわけですが、電車のようにスムーズには出発しない場合があります。
機関車がまず動き、次の車両、次の車両と順番に動き出します。
そこで、「どかどかどか、どっかーん!」
と、動き出すものですから、ぼくのお味噌汁が、テーブルから落っこちてしまって、交換していただいた覚えがあります。
で、ちょうどその時間、汽車は海沿いを走り、なんだか結構大きな街に止まりました。
『おかし』
と書いてあります。
そこでぼくは、喜んで大きな声で言いました。
「ここって、『おかし』だって、美味しそうな駅だねえ!」
すると、母がびっくりして、言いました。
「え、まあおいしそうな・・・こらこら、『おかし』じゃなくて『あかし』じゃない。」
「え。あ・か・し・・・」
まあ、小学校の三年生にしては、実に怪しげな、地理の知識でありますねえ・・・・。
さて、これは落語で言えば、前置き、『まくら』です。
ある日、「ぼく」と、「たかし」、「けいこ」、「むつこ」、それに、「いさお」の五人は、九州の沖合に浮かぶ島にある「可笑市」に向かいました。
この「可笑市」というおかしな街は、今から十年ほど前に、突然太平洋上に島ごと出現したのです。
出現した方も、相当びっくりだったようですが、出現された方は、なおさらびっくりでした。
なぜ、こうした現象が起こったのか、実のところ、いまでも分かっていません。
火山の爆発とかではありません。
街がひとつ、島ごと別の世界から切り離されて、この世界に出現したのです。
海の中を見ると、しっかり海底からごっそり移動してきたようでした。
当然いろいろな問題が起こりました。
場所から見て、日本の領土となることは誰が見ても確かなようではありましたが、これが結構難航したのです。
というもの、この街は、かなり高度な科学技術を持ってきたことが明らかだったからです。またその海底には、なにやら未知の資源が眠っているらしきことも分かったのです。
それは、核融合の燃料として、今後非常に重要な物質である、と考えられました。
そこで、この島を巡っての分捕り合戦が、ちょっとありました。
遠い過去に、実はこの島は、地球上にあったのだ、とある国は主張しました。
久しぶりに帰ってきたが、もともとは「我が国」の領域にあったものである、というような感じのことを。
すると、世界の20か国以上が、とりあえず、同じ主張をしました。
ムー大陸の生き残りだ、という主張もありました。
いやいや、まったく他所から突然来たんだから、当面は国連の常任理事国の管理下に置こう。とかもありました。
いやいや、当事者に決めてもらおう。とか・・・、
やはり希望国全部で、くじ引きしよう。
新しい国にしたら?
まあ、いろいろありました。
世界戦争寸前にまでなりました。
しかし、結局、急転直下、日本の領土となってしまったのです。
それは、この島の文化が、あまりに特異で、容易には手に負えないことが、次第にわかってきたからでした。
つまり、地球人には、とうてい統治不能ではないか、と思われてしまったのです。
国の混乱の原因になりかねない。まあ、やっかいもの扱いになった訳ですね。
実は、この島の住民は、全員が、地球人のいわゆる、「幽霊」さんなのです。しかも、国の統治者さんたちには、大変具合の悪い、特異な能力を持っていたのです。
これはもう、とても融通が利き、幽霊さんにも親しみのある、なにごとにもアバウトな日本人が面倒を見るのが、一番良いということになったようでした。
で、ぼくたちは、はじめてこの島で行われる、企業への『就職面接会』の準備のお手伝いに、向かったのでありました。
********************
定期便の物資輸送用フェリーは、島の桟橋にゆっくりと入って行きました。
鹿児島からこの島までの『人用』の定期船はありません。
必要な時に、必要な人だけが、輸送用フェリーに乗って、島に行くことができます。
まあ、要するに一般の方は島に渡ることができないのです。
また、島から無許可で外に出ることもできません。
飛行場はありません。
ヘリポートが一つ作られているだけです。
ただし、この島には「宇宙空港」があります。
それは、もともとこの島にあったものです。
厳重に管理された格納庫の中には、今も宇宙船が眠っているとのうわさがありますが、当局は否定しています。
「着きましたよ。いよいよ。」
けいこが言いました。
「緊張するなア。」
たかしが、まじめに言いました。
「さあ、降りよう。ゆっくりね。」
ぼくが言いました。
「まあ、なにあの看板・・・」
けいこが言いました。
『沈没ふ頭』
と、大きな文字で書かれたでっかい看板が、ビルの海側に掲げてありました。
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