第19話 妖怪の王
鬱蒼と生い茂る木々や草の奥深くに立派な神社の様な建物が在った。
とても人が訪れない様な場所にあるそれは、
現実離れした雰囲気を醸し出していた。
その境内に一人の和服を着た老人が立っていた。
背は低く、百五十あるかないかの背丈に異様に大きな丸坊主の頭。
皺が多い顔は普通にしているのだろうが、強面なのか
機嫌が悪いのか解らない感じである。
「これはこれはぬらりひょん殿。態々御出迎え有難う御座います」
その老人に声を掛ける者があった。
老人こと、ぬらりひょんは振り向かずに答える。
「ふん。人の夢に出てきて言伝をするなど性質が悪い。
死神に出られれば死期が来たのかと勘違いする。
この夢見の悪さの代償はどうしてくれるのかな、死神殿」
ぬらりひょんの前に景色を割って姿を現す死神。
仮初の姿で現れた彼に対して、眉を顰めた。
彼は一度だけ死神と対面した事が有る。それは大和武尊と昔戦ったときの事。
その時は妖怪も魔術師も己が一番だと主張し、相争っていた。
本来なら好戦的ではない彼は、その戦いに加わりたくなかったが、
大妖怪の誰一人として責任を取ろうとしなかった為に彼が先導した。
そしてけじめとして大和武尊との一騎打ちまで持ち込み死に瀕した時、
死神と遭った。結局大和武尊は彼の命を取らぬ代わりに、
国を支えて欲しいと提案され今に至る。
死神にも諦めてしまうのは早いのではないかと言われたのを覚えていた。
その時の姿は死そのものであった様に記憶していたので、
どうにも今の姿は気に食わなかった。
「人の真似事でも始めたのかな」
「似た様なものです」
「まぁそれは問わん。で、わしに用事とは何かな。余程重大な用件と見たが」
「ええ、貴方も把握してらっしゃる妖狐の事です」
「それか。別段こちらから何かをする気は無い。
どこぞの本にはわしが策謀を巡らせ、この国を乗っ取ろう妖怪の国にしようなどと
書いてある。だがなわしはわしを慕って来る者達の
安全さえ図れれば、特に手出しする気は無い」
「知っております。自ら憎まれ役を買って出て、政府に対して
反抗的な妖怪達を纏めている事は」
「ならば他に言う事は無いはずだ」
「いえ、貴方の腹心達にもそう言い含めて貰いたいのです」
ぬらりひょんは答えを直ぐには出さなかった。
反政府的な妖怪達だけでなく最近は人間も彼を慕い集まってきていた。
そしてその状況を思えば、今の国の在り方が正しいのか疑問を持たざるを得ない。
一見平和そのものに見えるこの国にも、暗い闇はある。
勿論それに対して大和武尊や陽武天皇は動いている。だが完全とはいかない。
その一つの現われとして、妖狐の件だ。あれは魔術師が己の為に成した物。
そしてそれを処理する為に今度は魔術師に退治させる。
国も大きくなり人も妖怪も増えれば、末端まで行き届かなくなるのは道理。
果たして何処まであの二人の意図が伝わっているのか。
ただぬらりひょんにも彼らを責められない事情もあった。
同じ様に自分の所も肥大化する組織に行き届いているかと言われれば、
そうも言えない。その最たる者が死神の言う様に勝手に行動した。
見てみぬ振りをする、それは互いに不干渉と言う事だ。
だが今回の場合どちらが不始末を処理するのか。
どちらも正しいし、どちらも間違っている。
此処で采配を誤れば、全面戦争にもなりかねない。
そうなれば無関係な者達も巻き込む。それはぬらりひょんの望む所ではなかった。
「ならば御主は良い手があるのだな?」
代替案がきっと死神にはあるのだろう。
そうでなければ、こんな山奥までこないだろうとぬらりひょんは思った。
だが生半可な案なら却下する。かと言って今ぬらりひょんに相当する案は無い。
「勿論です。会って頂けますか?」
会うという言葉に疑問を持つ。
会って人となりを判断して任せろと言う事なのか。
だがそれにしては時間が掛かりすぎる。そうそうのんびりしている事も出来ない。
何らかの手を考えなければならないのだから。
「どう言う事かな死神の」
「はい。出来ればぬらりひょん殿に例の洞窟で稽古を付けて頂きたいのです」
「何?」
ぬらりひょんは今一意図を掴みきれずに居た。
少し苛立つ彼に死神は笑みを溢しながら
「貴方もきっと気に入るでしょう。剣の達人である事を隠しておいででしょうが、
知る者は知っている。あの大和武尊と対等に渡り合った貴方なら」
「意味が判らん。わしの剣を教えてなんとする。我流の上妖力も使わん
ひょろひょろの魔術師などには向かん代物だ。かといって妖怪にも同じ事」
「私の隠し玉です」
「……良かろう。あの水晶洞窟なら時を少しばかり遮断する事が出来る。
だが手は抜かんぞ。やるからには徹底する。
死んでしまうかも知れんがそれでも良いか」
「手を抜かれては困ります。そしてあいつは死にませんよ。そして貴方も殺せない。
保障しますよ」
「死神の保障など当てにならんが、他に案も無い。早急に頼む」
「ではまた後で」
「ああ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます