偽りの天使

「あぁ、俺は偽りの天使だ。真実は我等が受け持とう。それは重りとなる物でしかないんだ。真実の学者は天を地に落として迫害された。人には重過ぎる」


 偽りの天使フェイクライフ、確かに真実を知った所で何にもならないかもしれない。何か知ってはいけないことも知ってしまうかもしれない。だが、それが今自分の道標になっている。そう簡単に放棄できるものではない。


「その忠告を聞くつもりは無い」


「あぁ、そうなのだ。人は知識に飼われてしまう。知識は道具となるべきなのだが、その首輪はそのまま締めるだろう。知ってしまえば無垢ではいられない、だが、人はそれでも求める」


「それこそ人だからだろ」


 人は基本的に汚れていくもの。今更何を言ったところで変わらない。


「俺達は人の理想だ。あぁ、俺達は求められたんだ。完全な善性を、完全な潔白を。ただただ概念的に求められたんだ。それは、ハリボテみたいに見える。あぁ、そうなんだ。それは理想をくっつけただけの張子なんだ。俺達に何を求めているんだ」


 この人形のような天使には表情は無い。それでも、何か。完全な善性と言われたとしても、善悪なんてものは立場で変わってしまうものだ。だからこそ、善悪を気にしないイニシエンが邪悪となるのだろうが、神聖の立場とはなかなか難しいのだろう。


「俺達は救おう。犠牲を生みながらも進み続ける事も、自らの道を模索し続ける事も、仲間と歩調を合わせ続ける事も、疲れてしまった人間から、真実を受けとろう。あぁ、安息と平穏を与えよう。そして救おう」


「そうか」


 神聖とは、どこにも居られない者への救済という方法を見出したのか。フェイライフが真実を受け持つのも、アローンクローズが自分自身の中で完結しているのも、そういう事なのか。確かにそれは安息を、平穏を与えるものなんだろう。汚いものから目を背けるように、白いものしか見ないかのように。善性だけを求められたからこその方法。


「故に、俺は世界が滅ぶ事には肯定的だ。あぁ、箱の中身を見る前に潰してしまえばいい。観察という行為が影響を及ぼす学問など燃やしてしまえばいい。天が動くのだと、そう思うままでいいのだ。箱の中に残った希望なんてものは無かった。そのまま何も無かったことにしてしまえばいい。あぁ、極論と言うだろうな。それでも俺は望むだろう。全ての人が救われることを」


 真実が人を苦しめるのであれば、その真実を知るという行為ごと無に還してしまえばいい。苦痛を感じるくらいなら世界を滅ぼすというのか、確かに神聖の考えとしてあっているんだろう。身勝手な行為に見えるが、それは人が勝手に完全な善性を求めるのも同じことなんだろう。


「それでも、この世界について、自分について知ろうと思う」


「あぁ、輝かしいな。ハリボテとは違うのだ。だが、その輝きは真実を知るまでの一時に過ぎない。その輝きを保った状態のまま、消えてしまう事を俺は願う。神聖せんげん[偽りの学問]」


 フェイクライフの目の前に大きな本が現れ、何か音のようなものを発生させている。何か動きがあるか警戒しているが、何も起こらない? いや、音を聞いていると頭の中がなんかぼーっとしてきた。マズイ、早く対処しなくては。


「くらえ」


 急いで〈アンマグネクス〉を呼び出し、フェイクライフに振り上げる。最低でもあの本は対処しなくてはいけない。


「あぁ、学ぶといい。それを真実を思えばいい。神聖せんげん[忌避の学問]」


 〈アンマグネクス〉が錆びてボロボロになっていく、完全に崩壊する前に指輪に戻す。急いで対処しなくてはいけない。今度は〈氷結の弓〉を呼び出す。これなら錆びて崩壊することは無いだろう。


「あの本を狙え。錬金せんげん[クアトロアイスネーク]」


 矢を呼び出して、本に向って放つ。矢は氷の蛇になって本に襲い掛かる。早くしなければ、頭がハッキリしなくなってきた。


「あぁ、学問とは洗脳と違うのだろうか。神聖せんげん[道徳の学問]」


 氷の蛇の動きが止まった。もう、意識が保てない……。


「メンドクセェ事してんじゃねぇよ、クソ天使がぁ!」


 フェイクライフが吹っ飛ばされた。その衝撃で意識がハッキリした。吹っ飛ばした正体の声の方を見ると、〈ロンハイズ〉で見かけたあの悪魔が居た。ここまで追ってきたのか、ある意味助かったと言えるのだろうか。


「あぁ、一旦退避しようか」


 フェイクライフの姿が消えた。どこかの世界に転移して逃げたのだろう。これで危機が去ったと思いたいが、この悪魔の考え次第で状況が変わってしまう。何とか話し合いでどうにかなる相手だと、どうしても思えないな。


「俺はラギ・グネデアだ。お前は確か……。ヌルだろ? チッ、こういうのはロジクマスの仕事だろうが、メンドクセェ。おら、さっさと仲間になれよ」


「仲間にはならない。自分には自分の目的があるんだ」


「メンドクセェ。気絶させてつれてけばいいだろ」


 話し合いも何も無い。これは、究極的に脳筋だ。どうやって対処しよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る