第2話 眠る

 羽留町の風習が何なのか、いやでも知ることになったのは二学期の終業式の日だった。


 式を終えて教室に戻ってきたおれたちは、今年最後のホームルームで成績表を渡される順番を待っていた。


「次は丘野だな。丘野 瞬」


 前の席に座る丘野は、机に突っ伏して居眠りの体勢をとっている。先生の声が聞こえなかったのか、ぴくりとも動かない。


「丘野。おまえ呼ばれてるぞ」


 シャープペンで背中をつついてやる。反応はない。


「丘野、具合でも悪いのか?」


 不思議に思い、身を乗り出して右肩を揺すってみた。


 椅子が揺れた。


「――ッッ」


 声が出なかった。丘野の体は、まるで人形のように床に横倒しになった。


 何が起きたのかわからない。


 なにがなんだかわからないまま、机や椅子を押しのけて丘野に駆け寄り、顔を見た。


 ぞっとした。死んでいるように見えた。

 顔に血の気がない。唇は真っ青だ。手首をとってみたが、脈拍は感じとれなかった。


 周りに先生や生徒達が集まってきていた。


「せ、せんせ、おかのが、急に」


 舌がもつれて声が出てこない。


 先生は「わかってる」と頷いて、丘野の顔ではなく丘野の腕時計を覗きこんだ。青いはずの文字盤が拍動するように赤く点滅している。


「――あぁ、大丈夫。いつものことだ」


 先生は笑った。

 笑ったのだ。この青白い顔も呼吸の有無も確認せずに。腕時計を見ただけで。


「いつも? いつもこんなふうに死人みたいな顔して倒れるんですか?」


 急に腹が立った。先日、あの寒い中ランニングをこなしていた健康的な丘野の変貌ぶりを見て、なにが大丈夫だって云うんだ。


「桜井、落ち着きなさい。丘野は『冬眠期』に入ったんだ。体温は三十度ほどまで下がり、呼吸回数も脈拍数も減り通常時とは全く異なる体質に変わる。国の研究機関が開発した腕時計の文字盤が赤く変わったのは、冬眠期に入る際の合図なんだ」


 冬眠期? なんだよ、それ。なんだよ。


「そうそう。丘野の家はいつもみんな早いんだよ。うちの家族はいつもクリスマス過ぎ」


 同級生のひとりが笑う。


「私の家はみんな冬眠期に入るタイミングがばらばらなの。大体いつも私が最後でね」


「俺はいつも真っ先に入るぜ」


 みんな笑っている。冬眠期に入ると文字盤が赤くなるという腕時計を嵌めて、笑ってる。


「桜井。町へ来る前に説明を受けただろう。この町に根付く『冬眠』の風習を。外部から来た人間にも同様の事象が起きるのか、国はその臨床実験のためにきみとご両親を転入させた。被験者となる同意書と、この町のことを他言しない旨の誓約書を書いたはずだ」


 おかしいとは思っていた。何故こんな中途半端な時期に父の転勤が決まったのかと。


 でも、まさか実験のためだったなんて。


「おれは……なにも」


 ようやく呟いた言葉に、先生はため息をついた。顔を上げ、とある方向へ視線を向ける。


「今回の転入生を担当する『相談員』は誰だったか……あぁ、きみだな。彼に補足説明をしてあげなかったのか?」


 彼女がいた。目蓋を伏せて、いまにも泣きだしそうな顔をしている。


「……はい。申し訳ありません」


 今井さんだ。

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