第八十一話 飲会 ‐ジョシパ‐


「っはー! いい湯だったぜ!」

「本当ですね。まさかここのお風呂が温泉だとは思わなかったです」


 遅めの夕飯を食べ終わって少しの食休みを取った後、南、和歌、猫又の女性陣が風呂に入っていた。

 レディファーストという訳では無いが、野郎共が最初に入るのも気が引けるという事で太一達が先を譲ったのだ。

 同じ屋根の下で風呂上がりの女性。それも複数人。湯上りで火照った体に、赤みを帯びた頬と唇。濡れて艶やかな髪。

 スウェットの南に、薄ピンク色のルームウェアの和歌、いつもと同じ黒色和服の猫又。普段よりもエロ……魅力的に見える三人に、少しばかり胸が高鳴るのは男子たる者の宿命である。


「さすが温泉! 見てみろ供助、私の肌を! こんなに瑞々しくツルツルに! まるでゆで玉子……いや、もはやこれは半熟玉子だの!」

「半熟玉子じゃツルツルじゃなくてドロドロだろうが」


 風呂が空くのを待っている間、ソファに寝転がって眠気と戦っていた供助が興味無さ気に返す。

 太一と祥太郎はその横でお菓子を食べながらテレビを見ていて、風呂上りの女性陣に少しばかり心音を高めていた。


「でも、猫又さんって肌が本当に綺麗ですよねぇ、羨ましいなぁ。なにか秘訣とかあるんですか?」

「ふふ……和歌、聞きたいか? 聞きたいであろう? それはな……」

「秘訣なんて無ぇよ。飯食ってゴロゴロしてるだけだ。ノーストレスで生きてるからだろ。放牧豚みてぇなもんだ」

「誰が豚だのっ!? 私は猫だし! 豚じゃなくて猫だし!」


 依頼がない日は好きな事をして一日を過ごし、ストレスとは縁遠い生活を送っている猫又。

 悠々、伸び伸び。猫らしくだらりと。猫又はノーストレス生活を満喫していた。

 その分、供助のストレスがマッハなのだが。将来の毛根が心配である。


「んじゃ俺等も風呂に行くか。そろそろガチで眠気が限界だ。さっぱりして寝てぇ」

「何言ってんだよ、供助。夜はまだこれからだぞ」

「そうそう、寝たらもったいないよ」


 疲れと眠気と満腹感で重く感じる体を起こして、供助は頭を掻きながらソファから立ち上がる。

 供助と違って太一と祥太郎はまだまだ元気。親の居ない旅行で開放感もあってテンションが高い。

 しかし、供助は昨日からほぼ完徹状態。長旅の疲れもあって限界間近なのであった。


「そんじゃあたし達はあっちの部屋で女子パすっから覗くなよ、野郎共。あ、古々乃木先輩はゆっくり疲れを癒してくださいッス!」

「南ー、やっぱ風呂上りにはビールかの? それともハイボールいっちゃう?」

「夕飯の時に飲んでたのに、まだ飲むんですか?」


 夕飯前から結構飲んでいたというのに、まだ飲む気の二人に少し呆れ顔の和歌。

 しかし、そんなのは関係無いと猫又はキッチンの冷蔵庫へと冷やしてある酒を取りに行く。二本の尻尾をご機嫌に揺らして。


「ほら和歌、あたし達は部屋に行くぞ」

「南さんもいつの間に菓子袋を……」

「そりゃ酒飲むならツマミは欲しいし、お前も菓子食うだろ? あ、猫又サン、和歌のジュースも頼むー」

「どっこい承知の助だのー」


 両腕で大量の飲み物を抱え、猫又は尻で冷蔵庫の扉を閉めながら返事する。

 先に南と和歌が入った部屋は洋室で、広さは十畳ほど。大きめのベッドが二つ並び、その間には小さめのテーブルが置かれている。

 ここのペンションは二階建てで一人一部屋でも充分に割り振り出来るが、それじゃつまらないと南が女性陣は一つの部屋にまとめた。


「ほー、この部屋もなかなかの広さだのぅ」


 大量の酒とジュースを持ってきた猫又も部屋に入り、部屋を見回して感想を一つ。

 外装だけじゃなく内装も綺麗で、広さもあって部屋も多い。霊が住み憑いて無ければ人気の物件になっていたであろう。


「猫又さん、この部屋はベッド二つしかないのに同じ部屋で大丈夫なんですか? なんなら私は別室で寝ますけど」

「構わん構わん。私は猫の姿に戻れば、座布団やクッションが一つあれば何処でもベッドになるからの」


 テーブルに飲み物を置いて、取っ手の穴に尻尾を器用に通して持ってきたコップを手に取る猫又。


「そんじゃ、とりあえずカンパーイってな!」

「カンパイだのー!」

「か、カンパーイ」


 猫又と和歌が並んでベッドに座り、対面のベッドに南。

 間に挟まれたテーブルには開けた菓子を置いて、三人は各々が持った飲み物を互いに小突き合う。

 そして、南と和歌は缶ビールを一気に喉へと流し込んだ。


「っかー! 温泉の後の酒は格別だのぅ!」

「くぅぅぅ、染みるぅ! 堪んねぇなぁ!」

「二人共、本当おいしそうに飲みますね」


 和歌は未成年で酒の味をまだ知らないが、二人の表情と飲みっぷりを見るととても美味しそうに見える。

 まぁ風呂上りで火照った体に冷たい飲み物はアルコールでなくても美味しい。入浴で汗をかいたのもあって、和歌もジュース缶の半分を既に飲んでいた。


「酒は百薬の長って言うだろ? 体に良いモンを飲みゃ体も喜ぶってな」

「酒は万病の元、とも言うがの。まぁ適度に美味しく楽しく飲めば、長生きの秘訣にもなる」

「うーん、私はまだ飲めないからお酒の良さが分からないけど……」

「和歌が二十歳になった時は一緒に飲もうではないか。美味い酒を教えてやるの」

「そん時ゃ奢ってやるよ。今日みたいな安酒じゃなく高ぇのをさ」

「はい、楽しみにしてます」


 和歌はこの場で飲めない事に少しの寂しさを感じながらも、その日が来る事への楽しみの方が大きさに笑みを零した。


「っと、おっ始めた所で悪ぃけど、ちょいと飲みながら作業させてもらうな」

「作業ですか?」

「余裕ある内にやっとかなきゃなんねぇ事があんだよ、あたしにはさ」


 南は前もってベッド下に置いておいた自分のリュックから、商売道具をいくつか取り出した。

 釘、警棒、スタンガン。それらを白いシーツの上に並べ置く。


「商売道具を並べて何をするのかの?」

「依頼で使った分は補充しとかないといけねぇんだよ」

「補充? 数ある釘やスタンガンの電力ならば分かるが、警棒も補充とな?」

「あたしが言ってる補充ってのは道具の数じゃなくて、質の話さ。ほら、ここを見てみな」

「む?」


 南が手に持って差し出してきたのは警棒。そして、その警棒の柄尻を猫又へと向けて見せてきた。

 気になって和歌も一緒に覗き込む。


「なんか綺麗な石が付いてますね……宝石、かな?」

「いんや、ただの石だ。と言っても、宝石まではいかねぇが結構な値がする代物だけどな」

「じゃあ、補充するって言うのは道具じゃなくてその石なんですか?」

「この石じゃなく、正しくはこの石の“中身”だな」

「中身?」


 いまいち意味が理解できず、和歌は微かに頭を斜めにする。


「なるほどの。それは畜霊石ちくれいせきか」

「さすが猫又サン、知ってたか」

「うむ。実際に目にするのは数えるくらいしか無いがの」


 ぐびりと、猫又はビールを喉に流し込む。

 綺麗に光る透明な石。それは蓄霊石と呼ばれる代物で、名前の通り霊力を込めると蓄積する事が出来る珍しい石である。


「それで、その蓄霊石って言うのは?」

「そのまんまだ。この石には霊気を溜める事が出来て、あたしは自分の霊気を溜めた蓄霊石を商売道具に付けてんだ」

「あ、だから市販の道具なのに霊に効果があるんですね」

「そういうこった。だから、時間がある時にはこうして使用した道具には霊気の補充が必要なんだよ。いちいち依頼が終わる度にってのは面倒だけど、金を稼ぐ為にはそうも言ってらんねぇわな」

「払い屋って色々と大変なんですね」

「ま、大変っても道具を使う商売じゃ皆そうだろ。和歌だって料理をする以上、調理道具の手入れはするだろ?」

「そうですね、週に一回はするかな」


 南はビール缶を片手に、右手に蓄霊石を握って霊気を込める。すると、握られた手中から微かに光が発し始めた。

 それを和歌は不思議そうに眺め、猫又はツマミのカルパスを包み紙がら出して口に放り込む。

 この発光が霊気が貯蓄されている証で、発光が無くなれば貯蓄できる限界まで達した事になる。


「しかし、こうして依頼毎に石へ霊力を注がねばならんのならば、初めから霊具を使えばよかろう。なぜわざわざこの様な方法を取っているのかの?」

「あたしだって出来りゃ手間が掛かる事はしたくねぇが、それが出来ねぇ理由があんだよ」

「理由?」

「霊が姿が見える。霊の声が聞こえる。霊に触れる。霊感あって、除霊も出来る。けど、あたしには欠点があってさ」


 猫又の問いに答え、光が消えた左手の石を一瞥して。

 そして、ビールを流し込んで喉を数回鳴らしてから、一息吐いて続ける。


「霊力が少ない。払い屋としては致命的な欠点だ」


 霊能力者。そして、払い屋として最も重要である部分。

 霊を視る。霊を触る。霊を倒す。何をするにも霊力が要る。言わばスマホの電池みたいなもの。

 電池の総量が少なければ、当然スマホの活動時間も短くなる。南はその電池容量が酷く少ないのだ


「霊力が少ない、か……そういえば南が除霊を行う際、道具を使用していてあまり霊力を消費しておらんかったの」

「使える霊力が少ねぇからな、随時霊力を消費する霊具はあたしにゃ向かねぇんだ。無駄遣い出来るほど裕福じゃねぇんだよ」


 自嘲と自虐。しかし、悲観的ではなく。

 南は己の欠点を受け止め、受け入れ、その上で払い屋として生きている。

 中途半端な意思で怪異と対峙すれば、意志の脆弱さ。心の隙間につけ込まれてしまう。

 だから南は落ち込まない。へこまない。悩みはしても、改善と解決を探していく。欠点があっても他の方法で補っていく。

 それが南が見付けた方法で、決めた生き方。


「でも、南さんって霊感があって幽霊や妖怪が見えるんですよね? それだけで払い屋として才能があるって事じゃないんですか?」

「霊感ってぇのはあくまで“霊を感じ取る力”であって、霊を祓う力じゃねぇ」

「じゃあ、その霊を祓う力って言うのは?」

「それがあたしに不足している霊気、または霊力ってヤツだ。例えるな車でいうガソリンみてぇなもんだな。その霊力ガソリンを貯蔵できるタンクがあたしは小さくて、すぐにガス欠になっちまう。って言やぁ解りやすいか」

「てっきり霊感があれば霊を祓えるんだと思ってました」

「あくまで霊感は文字通り霊を感じるもの。霊感の有無と除霊が出来るかどうかは別ってぇこった」


 和歌に答えて、南はビールを一気に煽って胃へ流し込む。

 南が言った通り、霊感があるからといって霊や妖を祓える訳では無い。祓うには祓う為の相応の力が必要なのだ。

 それに世の中には霊感が無くとも霊を祓う者も居る。身近なので言えば神主などがその例だ。

 霊感も霊力も強くない神主などは、よくお祓いなどを行っている。それは法力ほうりきという、霊力とはまた別な力を使っているのだ。


「にしても、南さんが使う道具って沢山ありますよね。そのリュックの中は全部そうなんですか?」

「ん? ああ、こん中のは全部商売道具だ。持ち過ぎると動きが鈍くなっから、依頼に応じていくつか選んで持ってくんだ」

「でも、さっきここで除霊をした時、南さんは手ブラでしたよね?」

「あれは服の中に隠し持ってんだ。スカジャンの裏側やパーカーにポケットとか、あとは服の袖に仕込んだりとかな」

「釘にナイフ、ヨーヨー……わ、スタンガンまである」

「他に催涙スプレーなんかもあるぜ。ここに居た霊には実体があるか怪しかったから使わなかったが、目鼻がある妖怪相手にゃ結構効果あるぜ。例えば、猫又サンみてぇな奴とかな」


 リュックから次々と商売道具が出されて、ベッドのシーツの上が狭くなっていく。

 結構な種類の物が出てきたが、それでもまだリュックの半分は膨らみが残っている。

 空になった缶を床に置いて、次のビールをテーブルから取る南。


「石に霊力を込めてあるからそのままでも使えるけど、使用する際に霊力を流し込めば呼応して効果が上がる。こうして少しでもあたしの欠点を補わねぇとやってけねぇのが辛ぇとこだ」

「凄いですね、色々な道具をこんなに使えるなんて。それも自分用に手を加えて」

「凄かねぇよ、この道で生きてく為に仕方なくだ。それに本当はあたしも古々乃木先輩のような戦い方に憧れてたんだ。元々空手を習ってたし、なにより……霊や妖に身ィ一つで戦う姿が、心からカッケェと思ったんだ」


 思い出すは少し前の過去。供助と出会い、知り合いとなった切っ掛け。

 あの時の衝撃は今でも忘れられず、鮮明に覚えている。人間とは異なる存在を、その身一つで圧倒する姿を。


「けど、あたしにゃそれは無理だった」


 開けた缶ビールのペルタブの音が、妙に悲しみを帯びて。

 南はそれを消し去るようにビールを大きく煽った。


「ずっと気になっておったのだが……南と供助はどういった経緯で知り合ったのかの?」

「ん? あたしと古々乃木先輩?」


 猫又の言葉に反応し、南は唇から缶ビールを離す。


「うむ。年上である南が年下の供助を先輩と呼び、敬い慕っておる。正直言って興味がある。のう、和歌?」

「うえっ!? 私に振るんですか!? いえ、まぁ、その……私も気にはなってましたけど」


 いきなり賛同を求められ、油断していて慌てる和歌。

 しかし、自分も興味があった事は否定できず。和歌は肩を丸めて目を逸らしながらも、猫又の振りに乗っかった。


「話してもいいけどよ、そんな面白ぇモンじゃねぇと思うぞ?」

「いやいや、私からすればこれ以上無い酒のさかなだと思うがの。あの唐変木な供助がこんなにも慕われとるのだ、何か一悶着あったのだろう?」

「まー別にそっちがいいならいいンだけどよ。つっても、話すったってどっから話せばいいんだか……」


 南は後頭部を軽く掻きながら、困り顔で天井を仰ぐ。

 昔話をする分には構わないのだが、いかんせん自分が話し上手ではない事は自負している。いざ話すとなると、どこからどう話せばいいのか舌が止まってしまう。

 と、南が考えている所に。トントン。そんな音が部屋の引き戸から聞こえてきた。


「すんませーん。女子会のところ悪いんすけど、ちょっといいっすかー?」

「む? この声は太一か。ちょっと待っとれ。今開ける」


 向こうから聞こえてきたのは太一の声。

 戸から一番近くにいた猫又がベッドから降りて、戸を開けると太一と祥太郎の二人が居た。


「どうした? そっちはそっちで男子会をしとったのだろう?」

「いやそれがですね……風呂から上がったら、供助の奴がさっさと寝ちまいやがって」

「むぅ、供助は昨日からほとんど起きっぱなしだったからのぅ。流石に限界だったか」

「せっかくの旅行だってのに、祥太郎と二人で何かするってのもいつもと変わらないし……」

「なるほど。ならば私達の所に混ぜて貰おうと思った訳か」

「思った訳です」

「しかしのう、ここは女子会という秘密の花園。獣の化身である男が入っていい領域では……」

「俺達が夜食で食おうと思って買っといた菓子やカップ麺持ってきたんすけど」

「入れ! 今をもってお前達も女子だの!」

 

 食べ物であっさりと懐柔される猫又。というか獣の化身はお前だ。


「女子だけで楽しんでいたのにごめんね。南さん、鈴木さん」

「気にすんなよ、祥太郎。飲み会ってのは人数多いほど楽しいしな」

「うん、南さんの言う通り気にしないで。供助君が寝ちゃったのは残念だけど」


 お菓子が入った袋を両手に持って、申し訳なさそうに入室する祥太郎。女性だけしかいなかった部屋に入るのに少し緊張している、というのもあるが。

 対して太一はどっかりと床に座り込み、持ってきた自身の飲み物のキャップを開けて飲み始めた。元々友達が多い太一は、こうした女子が多い集まりも珍しくなく慣れた雰囲気。

 翔太郎と違って既にリラックスしてお菓子まで開け始めた。


「んで、なんの話をしてたんすか?」

「や、実はの、太一。南と供助がどうやって知り合ったのかを聞いていた所での」

「あ、それ俺も聞きたい」

「僕も気になってた。供助君と南さんが知り合った切っ掛け」


 祥太郎も太一の隣に腰を下ろし、さっきまで猫又達が話していた話題に興味を示す。

 祥太郎にとっては供助と南、両方と知り合だった。その二人がどうやって知り合ったのかは特に気になっていただろう。


「んー、そうだな。んじゃまず、あたしが霊感に目覚めた切っ掛けから話すか――――」


 旅行初日。秋を迎えて肌寒い夜。

 若い払い屋の出会い話を肴に、旅の夜は深まっていく。


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