第五十四話 状況 ‐セイキ‐

 横田との電話を終え、供助と猫又は学校の敷地内に居た。

 肌にまとわりつく、ねっとりした空気。その反面、寒気がする程の悍おぞましい怨念。

 ここ石燕高校一帯から、普段ならば絶対にしない雰囲気が漂い、瘴気しょうきが蔓延していた。


「これは……非常にかんばしくないの」


 学校全体を覆い尽くす怨念、妖気。

 あまりの禍々しさに、猫又はそう漏らさずにはいられなかった。


「ちょ、供助、置いて行くでない」

「のんびりしてらんねぇ。急ぐぞ」


 供助も異様な空気を感じ取っているのは間違い無い。だが、供助は足を止めずに昇降口へと足を動かす。事態は火急だと、一刻を争うと。

 しかし、決して走りはしない。周りに注意し、警戒しながら早歩きで向かう。

 いつ、どこから、どのタイミングで不巫怨口女ふふおんこうじょが現れ襲ってくるか解らない。

 妖気を探って居場所を特定しようにも瘴気が邪魔して、上手く妖気の探索が行えない。それに妖気が強過ぎて学校全体から感じ、探すに探せない状態である。


「猫又、匂いでおんこうじょが何処に居るか解るか?」

「すまぬが探せそうにないの。辺りに蔓延している瘴気が邪魔して、何が何の匂いか解らなくなっておる」

「……ちっ」


 供助は舌打ちし、顔を険しくさせる。決して匂いを辿れなかった猫又に怒りを現した訳では無い。

 妖気も探れず、匂いも駄目。さらに多くの生徒が危険に晒されている。最悪なこの現状に、無意識にしてしまっただけだった。

 しかし、匂いでの索敵も無理となると、目視で見付けるしか方法が無い。


「どこに居るか解らない妖怪を探すより、先に生徒の確認だ」

「横田の話では、不巫怨口女をこの学校に閉じ込めたのは三十分程前と言っていた。奴が生気や体力を吸うのにどれだけの時間を費やすか解らんが、状態の確認を急いだ方がいいの」


 猫又の言葉に、供助が奥歯を噛み締める。

 普段は周囲に興味が無く、ボランティアが嫌いだと言う供助が、報酬の話を聞く前に現場へと向かう。

 そして、慌てはしないが、供助に焦りがあるのに猫又は気付いていた。


「猫又、後ろは頼む」

「うむ。人よりも闇夜に目が通る。任せろ」


 文化祭の準備でか、開けっ放しにされた昇降口。そこから供助と猫又は校内に入る。

 普段ならば鍵を閉められて開放いないが、今夜は多くの生徒が文化祭準備で残っている為、夜でも開けられていた。

 昇降口は暗く、非常口の誘導灯が淡く緑色に光っている。


「こっちだ」

「前に猫の姿で来た時は賑やかな所だったが……次に来る機会が仕事になるとは思ってなかったの」


 廊下を歩き、教室がある方へと歩き出す。昇降口付近は明かりが点いてなく暗かったが、少し歩いただけで電気が点いた廊下に出た。

 教室棟の一階。一年生の教室が並び、高校生になって初めての文化祭に、やる気を出してはしゃぐ生徒達。

 ――――が、そんな生徒の姿は見える筈も無く。


「ちっ」

「なんと……!」


 供助は二度目の舌打ちをし、猫又は眉を顰しかめる。

 そこにあった光景は、異常だと一目で理解出来るものだった。

 廊下には生徒という生徒、何人、何十人が倒れ、意識を失っていた。


「不巫怨口女の仕業かの」

「それ以外ねぇだろ」


 供助は一番近くに倒れていた男子生徒に近付き、顔色を伺う。


「少し顔色が悪ぃな……」

「横田が言っておった通り、不巫怨口女が生気と体力を吸っておるようだの」

「全員が気ィ失ってやがる。ある程度は想像していたが、ヤバイな……」

「しかし、この学校に閉じ込めてから三十分程……それにしてはまだ被害が少ないの」

「……他の生徒も大体同じ感じか。まだ吸い取り始められたばかり、ってところか?」

「解らん。とりあえず、他の場所も回るべきだの。不巫怨口女も見付けねばならん」


 一体、何人の生徒が残っていたのかは解らない。だが、一年生の廊下だけでこの惨状である。

 倒れている生徒達の横を歩き、教室内も軽く覗いてみるも、やはり意識を保っている生徒は見当たらなかった。

 当然だ。ある程度の耐性を持っている供助と猫又でも気分が悪い状態だ。霊感も霊力も持たない一般人ならば、抵抗も出来ず意識は無くなる。


「……行くぞ」


 猫又の返事を待たず。供助は足早に校内の奥へと足を進めていく。表情は一層険しく、焦りも見える。滅多に見せない供助の様子、姿。

 その理由は知らず聞いてもいない猫又だったが、察して気付いてはいた。だから、猫又は黙して付いていく。何が起きてもフォロー出来るよう、供助の死角に注意しながら。

 階段を上って、二階。供助のクラスがあり、二年生の教室が並ぶ廊下。

 やはりそこにも、一階の一年生と同様……悲惨な光景が広がっていた。 


「ここも変わらず、だの」

「ちっ」


 何度目の舌打ちか。薄らと眉間に皺を作り、供助はさらに足を早める。

 供助のクラスは三組。自身の教室へと真っ直ぐ向かう……と、思いきや。

 一つ手前の、四組の教室の中に入っていく。


「祥太郎……!」


 教室に入ってすぐ。供助は見付けた友人の名を呼んだ。

 されど返事は無く。そして、例外で無く。友人である祥太郎も周りの生徒と同じく、意識を失い床に倒れ込んでいた。


「……クソッ」


 供助は祥太郎の所へと駆け寄り、身体を揺らすも反応は無い。倒れた際に落としたのか、祥太郎の特徴である眼鏡は無く、グッタリとしていた。

 猫又も祥太郎の事は知っていて、前に供助の家に遊びに来ていた時に顔を見ている。


「やはり、供助の友人も残っておったか……だが、他の生徒と同様、顔には生気が見える。症状はまだ軽いようだの」

「無事……って訳じゃねぇが、生きてんなら十分だ。あとは俺達が踏ん張りゃいいだけの話だからな」


 命に別状が無い事を確認し、供助の顔からは少しだけ不安の色は消えた。しかし、あくまで少しだけ。供助の友達は祥太郎一人だけではない。

 もう一人……小学校からの幼馴染で、クラスメートがいる。祥太郎と同じく、掛け替えのない友人が。


「供助の友人はもう一人いた記憶があるが、確か太一……と言ったか、もしやあの金髪の友人も……」

「あぁ……残念な事にな」


 再び眉間に皺を作り、供助は祥太郎の教室から廊下に出る。そして、自分のクラスである隣の教室に入っていく。

 もう一人の友人、太一の無事を確かめる為に。

 だが、しかし。


「む? どうした、供助?」


 祥太郎の教室に危険な点が無い事を確認してから、供助の後ろを付いて行った猫又は声を掛ける。

 教室の入り口で、立ち止まっていた供助に。


「……いねぇ」

「いない?」

「教室に太一の姿が見当たらねぇ」


 言われ、猫又は教室内をぐるりと見渡すと。供助が言った通り、太一の姿が何処にもなかった。

 供助のクラスもやはり、十数人と多くの生徒が気絶して倒れている。椅子、机、鞄、様々な物が散らばった床に。生徒が気絶した際に倒したり落としたりしたのだろう。

 しかし、その中に太一は居なかった。金髪という目立つ髪色をしているのに、何処にも該当する生徒は居なかったのだ。


「もしや、帰宅して運良く難を回避出来たかの?」

「……いや、さっき昇降口を通った時に下駄箱で太一の靴があったのを見た。校内に居るのは間違い無ぇ」

「では、何処か別の場所に居るという事か……」

「探すぞ」


 供助は足早に教室を出て行く。

 人の命が関わっていれば、誰でも焦り急ぐ。それが友人の事となれば、尚更。


「友人が命に関わる危険な状態に陥っているかも知れんと焦るのは解る。だが、少し落ち着け」

「あぁん?」

「横田から聞いたろう? 不巫怨口女は生気と体力を吸い切ってから身を喰らうと。生徒の様態を見た感じでは、まだ吸われ始めで症状は軽い」

「……なら、まだ喰い殺される心配は無いってか」

「そうなるの。だが、危険な状況と状態であるのは変わらん。だからこそ落ち着き、すべき事を誤るな」

「だけどよ、ダチの命が関わってんだ。それに……!」

「うん?」

「……いや」


 供助は出かけた言葉を飲み込み、一度口を閉じる。

 そして、大きく息を吐いた。自身を落ち着かせる為に。


「お前の言う通りだ。確かに自分テメェの事ばかり優先してんのは認める……けどよ、やる事ぁやってる。そんで、今からもやるつもりだ」


 振り向き、後ろの猫又へと向き合う供助。


「横田さんに言われた通り、不巫怨口女を見付けて時間を稼ぐ。俺等が奴に手を出して気を引き付ければ、生徒の生気を吸い取る力が弱くなるかもしれねぇ」

「確証は無いが、試す価値はあるの」

「って事は、不巫怨口女を見付ける為に校内を探さなきゃならねぇ。だったら、ついでに友達ダチを探す位ぇいいだろ」

「公私混同しているの」

「悪いか?」

「いいや、公私混同で結構。仕事もをこなして私的事情もないがしろにしない。出来る男と言うのはそういうものだの」

「見えるか? 俺が出来る男によ」

「見えん……が、出来る女がここにおる」

「はっ」

「ふっ」


 口端を僅かに吊り上げるだけの短い微笑。


「当てにしてるぜ、出来る女さんよ」

「うむ、期待しておれ。女は度胸と器用さが重要だからの」


 教室や廊下。明かりは点いているものの、一切の物音や声はしない。

 異様な空間の異常事態。何十何百の生徒は気絶し倒れ、濁りくすんだ空気が充満する。

 瘴気が漂う校舎内を、足尾をと響かせて二人が駆ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る