第三十九話 嫌役 ‐ゴメンナサイ‐

「とにかく、はい。猫又お姉ちゃん」

「いや、だから違うんだの、友恵! 私は金が欲しかった訳ではなくて……」

「違うって何がだー? 半分貰うって言ってたじゃねぇかー」

「供助、お前は黙ってるんだのっ!」


 まだ煽ってくる供助に、声を荒げる猫又。

 明らかに面白がっている供助に小腹を立たせながら、お金を差し出してくる友恵に弁解をする。


「せめて半分は友恵に返そうと思っての。元々私も受け取るつもりは無かった」

「けど、猫又お姉ちゃんにも助けられたし……私は払ってもいいんだよ?」

「私も友恵からクッキーを頂いた。それで十分だの」


 猫又は友恵が差し出してくるポチ袋に手を被せ、ゆっくりと下ろさせる。


「ただ、そうだの……もしまたクッキーを焼く事があったなら、その時は分けてくれたなら私は嬉しいの」

「うんっ! じゃあ、作ったらまた猫又お姉ちゃんにあげる!」

「うむ。楽しみだの」


 笑顔の友恵に、猫又も笑顔で返す。

 これで報酬の話は終わり、今度こそ本当に今回の依頼は終了した。綺麗に纏まって大団円かどうかは別として、悪くはない結末と言えよう。


「ってと、報酬の話も終わって、これで依頼主と払い屋って関係は終わった訳だ」


 供助は髪の毛を掻き上げ、猫又に乱された簡単に整える。

 そして、数歩。足を動かして友恵の目の前に立って。


「友恵、こっからは俺個人として言わせてもらう」

「なに? 供助お兄ちゃん」


 ――――パンッ。

 振り向いた瞬間。供助は友恵の頬を引っ叩いた。


「……え?」


 一瞬、何をされたか思考が追いつかず、友恵は左頬に手を当てて固まった。

 少し遅れてくる痛み。ジンジンと熱を帯び、自分が打たれた事を間を空けてから知る。


「供助、いきなり何を……!」

「今回の件は偶然に偶然が重なって、言っちまえば運が悪くて起きたようなもんだ」


 何の説明も無く、いきなり友恵の頬を叩いた供助。

 猫又は驚愕して理由を問おうとするが、供助は無視して言葉を続ける。


「けどな……直接的な原因じゃあ無かったが、お前がやったこっくりさんにも一因があった」


 いつもの怠惰的な態度ではなく、真面目で真剣な口調。

 普段とのギャップがあってか、今の供助は別人のような雰囲気を漂せていて。いつもとは違う心にくる重みが、供助の言葉にはあった。


「お前が大好きな両親を、お前のせいで失くしちまうところだったんだ。また同じような目に会いたくなかったら、遊びで霊を呼ぶような事は二度とやるな」

「……ごめん、なさい」

「俺に謝る必要は無ぇ、迷惑なんて掛けられてねぇからな」

「ごめんなざいぃぃ」

「だから謝る必要な無ぇよ。ただ、反省はしろ」


 友恵は自分が遊びでやった行いを危ない事と知り、気付かされ。涙をボロボロと流して声を震わせる。

 自身の軽はずみな行動をとがめられ、下手をすれば取り返しのつかない事になるところだったと。友恵は反省の意を心から、短い言葉で表した。

 それを猫又は優しく抱きしめ、友恵は猫又の胸で泣きじゃくる。


「……供助」

「文句なら家に帰ってから聞く」

「いや、すまんの」

「友恵にも言ったろ、謝る必要は無ぇ。誰も迷惑だなんて思っちゃいねぇんだ」


 子供がこっくりさんをやっても殆どがただの遊びで終わる。だが、今回は違った。偶然ではあるが、友恵がやったこっくりさんが間接的な理由で今回の件は起きた。

 なら、友恵がやったこっくりさんにも原因があった以上、誰かがそれを咎めなければならない。

 また同じ事を起こさないよう、反省させ、学ばさせ、成長させなければ。幽霊や妖怪の危険さを知っているからこそ、知っている者から教えてやらなければ。

 だから、供助が買って出た。誰かがやらなければならない事をやれる人が、今回は居なかったから。

 それに嫌われるのは慣れている。今も昔も、周りに八方美人な生き方は好きじゃない。その結果、友達と呼べる者は二人しか居ない訳だが。

 そして、猫又が供助に謝ったのも……供助が自ら嫌われ役を買って出た事へ対してだった。


「いいから気にすんな」


 まだ少し気にしている猫又を横目で見やり、髪を掻き上げて言う供助。

 供助の両親は、もういない。いくら願い望んでも、二度と会う事も話す事も叶わない。もうどこにも……居ない。

 故に供助は理解している。両親の有り難みも、温かさも、優しさも。そして、失う事の悲しみ、寂しさをも。

 だからこそ、今回のような事は二度と起きてはならない。起こしてはならないと。

 自分と同じ悲しみ辛さを、友恵には知って欲しくないから。供助は叱った。怒ったのではなく、叱ったのだ。


「……もういいのかの?」

「うん。ありがとう、猫又お姉ちゃん」


 友恵は猫又から離れて、ぐすりと鼻を鳴らす。

 目が赤くなっているが、涙はもう止まったようだ。


「頬はまだ痛むかの?」

「ううん、大丈夫。もう痛くないよ」

「悪かったのぅ、叩いたりして」

「んーん。いけない事をやった私が悪いんだもん」


 供助に代わり猫又が謝ると、友恵は赤くなった目と左頬の顔で笑って見せた。

 ここでいじけたり逆ギレせず、ちゃんと反省して自分が悪い事をしたんだと理解したあたり、本当に良い子なんだと猫又は思う。


「おい、友恵」

「な、なに? 供助お兄ちゃん」


 供助が名前を呼ぶと、少しおどついて返事する友恵。

 反省させる為とは言えさっき叩かれたのもあって、まだ何か叱られるんじゃないかと怯えた様子を見せる。


「ほらよ。玄関の目立たねぇ所にでも貼っとけ」


 供助がズボンのポケットから取り出したのは一枚の紙。

 友恵が受け取って見てみると、紙は長方形で何か黒い模様が描かれた。


「これって……お札?」

「んな大層なのを俺が作れる訳ねぇだろ。半紙に適当な霊印を書いたもんだ」


 半紙と言うのはよく習字に使う紙の事で、供助はそれに筆ペンで霊印を記した。

 紙に書いてある霊印は適当で、文字でも特別な印でも無い。ただ供助の霊力を込めただけの物。

 供助は不器用だからという理由で武器や道具を使わず、頭が悪く覚えるのが面倒だとお経の類も一切使用しない。

 それにお札に書く漢字は難しかったり旧文字だったりと、書くのが難しい字な事が多い。

 そんなのを頭が悪い供助が間違えずに書き、不器用なのに作る事が出来るかとかと聞かれたらならば……即答で『No』だ。


「お札みてぇな強い効力は無ぇが、虫除け程度にはなるだろうよ」

「虫除け?」

「弱っちい雑魚妖怪なら嫌がって家に入って来ねぇって事だ」

「いいのっ!?」

「また騒がれて飯を食い損なっちゃあ堪んねぇからな」


 本物のお札と比べれば、遥かに見栄えも悪ければ効果も薄い。

 しかし、供助は腐っても払い屋。頭が悪くて不器用でも、霊力や霊能に関しては文句無く才能があると言える。

 悪霊や妖怪を一切近付けさせない、入れさせないとまではいかなくとも、蚊取り線香くらいの払いよけ程度は機能する。

 今回の原因であった子泣き爺や真っ暗返しのような低級妖怪ならば、供助が作ったお札もどきを嫌がって家に入るのを避けるだろう。


「そろそろ家に戻れ。カレー食うんだろ」

「あ、そうだった。内緒で出てきたから早く戻らないと!」


 友恵は両親に黙って出て来た事を思い出し、慌てて玄関へと走っていく。

 そして、ドアを開ける直前で一度振り返って。


「供助お兄ちゃん、猫又お姉ちゃんっ! お父さんとお母さんを助けてくれて、本当にありがとうございましたっ!」


 頭を下げて、お礼を言った。これで何度目のありがとうか。でも、友恵は何度でも言う。

 回数を重ねて言葉の有り難みが減っていったとしても、何度言っても言い足りない位に感謝していたから。


「うむ! これからも家族仲良くするんだの!」

「いいからさっさと帰れって」


 猫又は腕を組み、友恵に満足気な笑みをさせて。供助は気怠そうに頭を搔く。

 各々が性格を現した態度と言葉で、友恵が家に入るのを見送った。


「ってと、帰るか」

「うむ。私は私の家にの」

「お前の家じゃなくて俺の家だろうが」


 供助と猫又は回れ右をし、自分達の住まいである家へと続く道を歩き始める。

 家を出た時はまだ空は明るかったが、今はもう陽が落ちて真っ暗。どれだけ時間が経ったのかと気になり、供助はズボンの右ポケットから携帯電話を取り出す。


「うわ、もう九時過ぎてら。ついでにスーパーで飯でも買って帰るか」

「うーむ……さっきまではバタバタしていて何とも思わんかったが、落ち着いたら腹が減ってきたの。今夜は何を食べようか迷うのぅ」

「昼に俺の分の弁当まで食った奴が、何を当たり前のように晩飯を食う気満々でいんだ?」

「あ、あれは報酬の件で苛立っておったし、起きてこんかった供助にも問題があったと思うんだがの……? つまり、お互い悪かったという事でイーブンに……」

「なる訳ねぇだろ。俺の飯を食った事には変わりねぇよな?」

「ぐ、ぐぬぬ……!」


 自分に原因があるとは言え、ご飯抜きだけは避けたい猫又。

 妖怪の臭いを追って街中を駆け回り、友恵を逃す為にも一走りして腹も減っている。このまま本当に晩飯を食べれなかったら、自分の腹の音で今夜は眠れないだろう。

 なので、猫又は強攻策に出る。


「供助、お前に昔から言われている言葉を教えてやろうかの!」

「あ? なんだよ?」

「それはそれ、これはこれ!」


 供助の冷ややかな目が、猫又へと向けられた。

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