鈴音や君の名は

ころく

プロローグ

第一話 鈴音 ‐スズノネ‐

 よくある。そう、よくある、珍しくも無い、ありふれた話。


 自分には親が居ない。理由は解らない。気付いたら居なかった。

 その事はすんなり受け入れた。見た事も聞いた事も無い親を、居ないからと言われても特に何も感じなかった。

 だから、自分は似たような環境の子供が沢山居る所に預けられた。誰に預けられたかすら、覚えていない。興味も無い。

 ただ、覚えているとするなら。自分の周りの人は皆、薄気味悪がっていた。

 ひそひそ話、疎外、後ろから人差し指を差される事は珍しくない日常。愛想が悪い。態度が悪い。別段、そういう訳ではなかった。

 周りから気味悪がられた理由――――それは、気持ちが悪い。


 自分は昔から色んなモノが見える。物心付く前から。

 人とは違うモノが。他人には見えないモノが。

 それが理由で、自分は気味悪がられて、気持ち悪がられた。

 皆に言っても、誰かに聞いても。口を揃えて言う。


『なにもいないよ』

『なにもみえないよ』 


 初めは笑顔で。次第に困り顔になり。気付けば怪訝な目を向けられ。慣れれば呆れられる。

 もうそれが、当たり前になってしまった。 

 不審な目で見られるのも、馬鹿にされるのも、嘘吐き呼ばわりされるのも。

 独りぼっちに、なるのも。

 もちろん、見えるだけじゃない。見える事があるなら、聞こえる事だって当然ある。

 不気味な何かの鳴き声。何かが弾ける音。耳鳴り。

 過去も、今も、多分これからも。ずっと見えて、変わらず聞こえ続けるんだろう。

 そして、この音も。



 ―――チリン、チリン。



 鈴のような、音。

 音は聞こえても、それが何なのかは分からない。だから、鈴の“ような”音。

 いつも突然、どこからともなく聞こえてくる。


 チリン、チリン―――と。


 どれ程昔からだったか……気が付けば聞こえていて、聞こえるのが当たり前で普通になっていた。

 小さい頃、先生や同い年の子に言っても、いつも同じ答え。


『そんなのきこえないよ』


 聞こえるのはいつも自分だけ。

 遊んでる時、寝てる時、勉強してる時、暇な時、食事の時、一人の時。

 いつも聞こえる鈴のような音。何かが鳴るような音。

 なんで皆は聞こえないんだろう。


 こんなにも悲しくて、淋しくて、弱々しくて、小さくて、泣きそうで、そしてどこか心地良くて―――。


 音は遠いと聞こえないと言う。

 ああ、そうか。

 じゃあ皆に聞こえない理由は簡単じゃないか。


 皆が鈴のような音が聞こえないのは、遠くにいるから。

 その音から、聞こえないくらいに遠くに。すごくすごく遠く。

 それはきっと互いが一生かすり会いもしないぐらい遠く。


 そして、自分は。近くにいるから聞こえる。

 そう、とてもとても近くに。

 弱々しくて小さい音が聞こえてしまう程、近く。


 幼い頃から聞こえる。それ程に自分は―――――。

 “その音の存在”に“近い存在”なんだ。


 今宵の夜も、自分の中で音が響く。










 ―――――――チリン。






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