幻想と神域のマカナアイランド
歌古夜
第一章 復讐者殲滅戦編
第1話 『プロローグ ①』
シンと静まり返った薄暗い森の中。
その分隊はあった。
鬱蒼と覆い茂る立派な大樹が林立する。遥か頭上で暑い太陽が燦々と輝き、樹冠から漏れる幾条もの射光が不覚にも心落ち着かせる。何処知れず鳴く鳥の囀りは、この静寂では喧噪へと変貌する。
しかし、それらが却って少年達を緊張の絶頂に立たせていた。
赤髪の青少年の額に大粒の冷や汗が浮かび、それは音もなく頬を伝った。赤髪の青少年は眼前のそれを視認して、思わず固唾を呑んだ。
眼前、そこには安らかに身を丸めて深い眠りにつく一頭のドラゴンがいる。
ドラゴン、と言ってもかなり小柄だ。そして華奢、ないしは貧弱な体躯。
体を覆う鱗は紅。特徴としては尻尾が細長い。翼がない。つまり飛べない。
そして奴は一匹。対してこちらの人員は四名。
いける。数は圧倒的に有利で、その上ドラゴンは眠っている。
現状、どちらに地の利が向いているかは火を見るよりも明らかだ。
鋭い吸気の後、赤髪の青少年は左腰に吊るされている剣の柄に手を掛けた。
そして一歩踏み出し、風切り音を隔てて、颯爽と抜き身を決める。
――ドラゴンがおもむろに倦怠感に満ちた瞳を開いたのはそれと全く同じタイミングだった。
「……クッ」
虚を突かれ、少年は思わず喉を鳴らして後じさる。
「グルガアアアアアッ!」
その間にもドラゴンは猛然と吠えた。
その咆哮を、迫力の有無で言えば正直皆無。甲高いその声は到底威嚇には成り得ないだろう。
――が。少年達は例外だった。
「レレ、レオ……。目を覚ましたよッ!」
黄緑色の髪で、横髪が特徴的に伸びた気弱そうな青少年――エルフ・ニコラスが、早口に赤髪の青少年――レオ・スペンサーに言った。レオは隣で狼狽する少女に下命する。
「リナ、後ろに回って治癒魔術でサポートを!」
金髪のリナと呼ばれた少女の行動は極めて速かった。
ドラゴンの唸り声が聞こえる。と、思った瞬間、ドラゴンが狂乱したかの如く突進してきて背筋に悪寒が走る。レオは歯噛みして迫りくる強敵を負けじと睨み返す。
ドラゴンがレオに襲い掛かる――寸前、レオは決然と吠えて、隣で身構える相棒に合図を送る。
「いくぜ、エルッ‼」
「……う、うんっ‼」
レオとエルフ。
二人が思いっきり地面を蹴って脱兎の如く走り出した。
一瞬、ドラゴンは逡巡したような素振りを見せて眼前の彼此を見比べていたが、敵に爪牙をかけんと見定めた結果、双剣を構えるひ弱な青少年が選ばれた。
ぐるりと半身を返して這い迫るドラゴンに、その恐怖からエルフは膝を折ってしまった。足取りを緩め、双剣で顔を隠すようにエルフは防御態勢に移る。あまつさえ、エルフは目を閉じた。
「バカッ……止まるな、エル。目を開けろッ!」
レオは一喝してエルフの元まで走り出す。
……大丈夫か?
……いけるか?
――間に合えッッ!!
「ぐおおおおっ……!」
呻き声を上げて、レオは思いっきりエルフを突き飛ばした。達成感と安堵感が溢れんばかりに胸の裡から込み上げて来て、刹那、自分が窮地に陥っている事さえ忘れていた。それ故に、次のアクションを起こすのが僅かに遅れた。
「――ッッ!?」
一秒が、途方もなく長かった。
レオはエルフを見た。
一瞬呆気に取られてポカンと口を半開きにしながら倒れていくエルフ。
「――ッ! レオおおおおおおおおおおおおッ!」
しかし、自分が救われたという事実に思い至った時、日頃の穏やかな声音からは想像も出来ない程枯れた大絶叫を上げていた。咄嗟に魔術師であるリナが詠唱を唱える声がした。
ドラゴンは鋭利な爪を立てて、レオの頭部を狙っている。その口元は、嗤っていた。それは勝者の形相だった。
「し――――」
――ぬのか?
死ぬんだろう。
嗚呼、だってもう……。
――寸前。
凛とした一閃が真一文字に走り、邪悪なるドラゴンを掣肘する。
ドラゴンは眦も裂けよとばかりに双眸を見開き、激しく狼狽。
一秒後、ドラゴンの顔面を真一文字に走った傷跡から鮮血が滲み出る。
レオは首を巡らせて、その人物を目で捉え、思わず喝采を博する。
「セリカッ!」
白髪の少女――セリカが仲介してくれて、間一髪レオは命拾いした。
セリナは一瞬、レオに向かって微笑んだが、すぐさま真剣な面持ちを作り、宿敵であるドラゴンを鋭く睨んだ。
「……ごめん、レオ。……僕」
「後悔してる暇があんなら立って剣を握れッ! エルッ!!」
エルフは苦虫を噛み潰したような顔をして俯いた。しかし、一秒後。彼は決然と立ち上がった。それを見届けていたレオは安堵に胸を撫で下ろす。
「エルは左から! セリカは右から頼む! ――俺は正面から迎え撃つッ!」
レオが二人に下命すると、指示通りにエルフは大きく迂回して左へと爆走。セリカはエルフの到着を待って、瞳を冷徹に細める。
レオが背後のリナに声を掛けた。
「頼むぜ、リナ! 俺らの命はお前に預けてっかんな!」
言われ、リナは無言で唇を固く結んだ。
ドラゴンが天に向かってけたたましく吠える。
犇めく樹々が風に戦ぐ。
三者三様の吶喊して一閃を浴びせんと走り出し、ドラゴンは咆哮する。
そんな中、レオだけが暗澹たる気持ちになっていた。
このドラゴン。
実はドラゴン種の中で最弱であり、レオ達の所属するオルティア大傭兵団に遍く傭兵の敵ではない。
だからこそ、不安だった。
――俺達は傭兵としてやっていけるのか? と。
……大丈夫か、俺達……これから傭兵として生きていけんのかよ!?
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