第18話 by Shiho.M

 さすがに幹部会議室で会議をしているところに割り込んで入る勇気はない。大庭中尉に名札のことを言うのはあとにしよう、と戻ることにした。

「あれ、看護師さん」

「みそ、真壁さんよ。いい加減に覚えて」

 わたしが幹部会議室の付近にいたことが珍しかったのか、野口上等兵と鈴さんが話しかけてきた。看護師さん……は、わたしのことだろう。

「看護師さんで大丈夫ですよ、野口上等兵」

「真壁さんも大概な呼び方をしますね」

「名前なんて呼ばなくても、その人個人のことを指してるってわかったらいいんじゃないの?」

「そうだけど、みそはもっと人の名前を覚えるべき」

 野口上等兵と鈴さん、そして今ここにいない板垣上等兵は、士官学校時代の同級生だったと聞く。いつも丁寧に話す鈴さんが、こうして敬語を使わないのは野口上等兵と板垣上等兵相手だけだ。

「で、看護師さんはなんでこんなところにいんの?」

「早苗ちゃんが名前を覚えるのが大変だと思って、名札を用意しようかという話が看護科で出ているんです。それを大庭中尉たちにも相談しようと思いまして」

「本当か!? しゃー、これでアタシも人の名前が覚えられるってもんよ!」

 早苗ちゃんのために用意しようと思ったけど、思わぬところにも利点があったらしい。

「みそが名前を覚えられて、こちらとしてもありがたいです。士官学校の同期なのに、未だにみそはわたしのことを『すずりん』って呼ぶんです」

「すずりん? 可愛い呼び方ですね」

「いえ、違うんです真壁さん。わたしの名前は風鈴の『鈴』一文字で『すず』というのですが」

「アタシが『すず』か『りん』か覚えられなくて、もう面倒だから『すずりん』でいいかーって呼んでんだよ」

 確かに、鈴という字は先ほど鈴さんが言ったように風鈴の「鈴」、りんとも読める。わたしも最初、「すず」なのか「りん」なのか、果ては「れい」なのか、鈴さんのお名前がわからなかった口だ。もしかしてすずりんれい、という呼び方になっていた可能性もあるのだろうか。

「仕返しにわたしも『みそ』と呼んでいるのでおあいこですけどね」

 鈴さんがわたしだけに聞こえる小さな声で言う。どういうことですか、と聞く前にガチャリと幹部会議室の扉が開いた。会議が終わったらしい。

「看護師さん、友里姉たちに用事があるんだろう? 行ってきな」

「みそ、だから彼女は真壁さんだって……!」

「いいんですよ鈴さん、ではわたしはこれで」

 野口上等兵が笑顔で手を振るのを、鈴さんが呆れたように見ている。さすが同期、仲がいいんだなあ。わたしには同期がいないから、このあたりの感覚はよくわからない。

 そういや、早苗ちゃんも。ここに来る前は友達や家族がいたはずだろうけど、寂しくないのだろうか。あ、でもお姉さんを探しにきたんだっけ。

 ……じゃあ、娘が全員いなくなった早苗ちゃんのご両親はどんな気持ちなの?

「あら、志保。こんなところに立ってどうしたの?」

 ボーと立っているわたしに気が付いた佐々倉少尉が声をかけてきた。後ろには白藤准尉と大庭中尉がいる。

「あ、いえ……三人に言いたいことがあって来ました」

「何―? 何かあった?」

「実は、早苗ちゃんがみんなの名前を覚えるまで名札を用意しよう、という話を看護科でしておりまして」

「そういえば先ほどされていましたね。友里様、今の会議でお伝えすればよかったのですが」

「ううん、いいよ。名札ね、じゃあ作ろうか。ただあんまり大きいのはダメだよー?」

「はい、ありがとうございます! それとついでなんですが」

 わたしはさっき頭を過った早苗ちゃんの親の話をした。早苗ちゃんはお姉さんのことしか話さないけど、親が絶対どこかにいるはずなんだ。

「……早苗が保護されて一週間は経っているはずよ。普通、親が捜索をしていてもおかしくないはずだわ」

「早苗様はお姉様のお話しかされませんね。もしかして、ご両親がいらっしゃらない……?」

「施設、なのかな。おねーちゃん、というのももしかして血が繋がっていないかもしれないね。となると苗字で判別するのは軽率かも?」

 佐々倉少尉を皮切りに、白藤准尉と大庭中尉が続けて意見を言った。わたしの想像がここまで話を広げると思っていなかった。

 それにしてもよくこんなにポンポンとテンポよく意見が出るものである。さすが大庭隊幹部、わたしとは培ってきたスキルが違う。

「今の手がかりは姉の名前くらいしかないわ。姉二人も早苗も『サ』から始まる名前だから、あたしは勝手に血の繋がった姉妹と見ていたのだけれど」

「もしかすると血が繋がっていて、三人とも施設に預けられたという可能性もあるし、とにかくまいちゃんたちに調べてもらおう。ひなちゃん、ハナちゃんはいつ帰ってくるか知ってる?」

「ハナ……? あ、花澄様は本日お戻りになるとお聞きしました。そろそろではないでしょうか」

「ハナちゃん帰ってくるならすぐ特定できそうだね! 安心安心!」

 大庭中尉は満足そうに先を歩いていく。大庭中尉は人の名前二文字だけを略して呼ぶ癖があるけど、さすがに「かすちゃん」とは言えないらしい。ハナちゃん、と言われると誰のことかわからなくなる白藤准尉の気持ちもわかる。

 実はわたしは、足立あだち花澄上等兵――もとい、花澄さんとちゃんとお会いしたことがない。わたしが配属されてすぐ、花澄さんは日本特別軍病院に行ったからだ。

 栄転、ではない。そもそも花澄さんは看護師ではない。ならばどうして病院に行ったかというと、すべては検査のためだ。

「友里姉―!」

 と、さっき会議室前で分かれたはずの野口上等兵がやってきた。急いでいるようだけど、どこか楽しそうな雰囲気だ。

「花澄姉が帰ってきた!」

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