第17話 by Arisa.S
我が大庭隊には、四畳ほどの窓もない防音室が用意されている。元々は不祥事を起こした隊員を処分する部屋だったようだけど、この部屋は現在「幹部会議室」と名前を変えている。幹部とは、入隊が早かった三人――中尉の大庭友里隊長、少尉で副隊長のあたしこと佐々倉有砂、准尉の白藤ひなた。この三人の入室しか許されない特別な部屋だ(早々ないけど、あたしと友里だけが使うときもある)。
早苗を大庭隊に連れて帰ってきて、全員に自己紹介をさせたあと、「看護科の部屋が一室空いておりますわ」という菜美のありがたい申し出に、早苗を看護科に預けてきた。元帥はひなたを保護者にするとおっしゃっていたけど、何もひなた一人に全てを背負わすつもりはない。あくまでも早苗に対する最高責任者はひなただというだけ。
会議室の決まった席に座ると、ひなたが早速口を開いた。
「友里様、まずわたくしから先ほどの会議のご報告をいたします」
「うん、お願い」
「少女――早苗様は十二歳の少女です。元々栄養失調気味で本部前に倒れていたようですが、本部の看病により体調は回復したようです。わたくしと有砂様にお会いしたときは、怯えや拒否反応は見られませんでした。殿方ばかりの本部で、同性のわたくしたちに会ったからというのも理由のひとつだと考えられますが、一番の理由は、早苗様のお姉様とわたくしが似ているからだと思われます」
「さなちゃんのお姉ちゃん?」
話を聞いていた友里がぴくりと眉を動かした。
「はい、お姉様が二人いるそうです。わたくしと似たお姉様は次女でサユキという名前だと。そして長女はサギリという名前だそうです」
「ということは、さなちゃんは三女?」
「はい。ここからが本題です」
ひなたが深く息を吸い込んだ。友里と目を合わせて、言う。
「特別軍のみならず、一般人にすら未確認生物が見境なく襲うようなこんなご時世に、十二歳の少女がここまでやってきた。その理由は、二人のお姉様をお探しになっているからだそうです。有砂様とわたくしに、お姉様を探してほしいと
「……友里、あたしも気になっていたの。姉二人を探すから家を出たのは納得できるわ。でも、姉が早苗に行き先を告げなかったのは? 早苗が本部前に倒れていたことを考えたら……そういうことなのかもしれないわ」
友里はうーん、と腕組みをして唸った。早苗から話をちゃんと聞いてない以上、あたしもひなたも憶測で物を話しているに過ぎない。
でも、少しばかりの確信を持って話していることも事実。一般市民は未確認生物に襲われたとき、生きていれば報告する義務と保護される義務がある。報告先は陸軍、海軍、空軍三種類の本部だ。本部は全国各地に設置されていて、我が大庭隊がいるのは陸軍本部と海軍本部が設置されている大本営本部の建物の一部。一般市民は、自分の住んでいる都道府県に何軍の本部が設置されていて、それがどこにあるのかまでは当たり前のように知っている。過去、あたしもそれで助けられている。
早苗が、ここに陸軍本部があると知っていてもおかしくない。助けを求めるだけではなく、何か他に重要なことがあってここに来たという可能性は捨てきれない。
「早苗に訛りは見られなかったわ。少なくともこのあたり出身ね。ここに本部があるのも知っていたと考えるのが妥当だと思うわ」
「お姉ちゃんを探している、本部前に倒れていた……。きな臭いね。お姉ちゃん何歳なんだろう」
「まだ聞いてないわ、あと早苗の苗字もわからない。もしわかれば……」
「まいちゃんたちに頼んで情報を奪ってもらおう、ってことだね?」
「ええ」
話が早い。友里は大きくひとつ頷いた。
「方針は決まったね! さなちゃんの苗字とお姉さんの年齢を聞いて、まいちゃんたちにお任せっと。じゃあ他には?」
「じゃあ、あたしから」
あたしは手を挙げた。昨日の妹尾隊との演習で鈴を起用した結果を報告せねばならない。
でもその前に、言ってしまいたいことがあった。ひなたは話を簡潔にまとめていたから省いていた、あたしが早苗を「
早計はもう、成長することは二度とない。――あたしが、殺した。
生きていたら早計と同じ年齢だったこと、名前が一文字同じであること。早苗と早計を重ねて見てしまって仕方ない。自分で殺しておいて、あたしは一体何をしているんだろうと思う。
「ありちゃん?」「有砂様?」
友里とひなたが同時にあたしのほうを見た。……あたしは、この大庭隊では一番年上だ。個人的なことで悩んでいる場合ではない。
「……妹尾隊との演習の話よ。鈴をどうするかなんだけど、ひなたが元帥から早苗の保護者になるように命令されたわ。できるだけ出撃を控えるように、とも」
「チッ……ひなちゃんになんて命令を。ゲンスイなんてもてはやされて軍人としての
こんなことをあたしたち以外の誰かに聞かれれば、友里は処分どころではないだろう。あたしとひなたはもう慣れているけど、部下たちが聞いたら間違いなく
元帥のことになると、友里は人が変わったようにイライラを隠さなくなる。友里は元帥のことを親とは思っていない。同じ苗字の上司――上司と思っているかどうかすら怪しい。
友里が父親の傘下に入らず大庭隊を新しく設立させたのは、父親である大庭秀勲元帥のことを疎ましく思っているからこそだ。あたし? 元帥に対しての不満はないわね。もし不満があるなら、あたしは今ごろ早計を殺したことをどうにかして忘れて、一般人としての生活を送っているだろう。普通はこんな小隊の人間が元帥とお会いすることはないんだけれど、大庭隊という特殊なところに身を置いているからあたしやひなたは元帥にお会いできる(もちろんひなたより下の、他の部下は会ったことはない)。それこそ妹尾隊の面々は元帥に会ったことはないでしょうね。
ただし、ひなたの戦力を削るのは、戦場に立つ者としてはかなり痛いのも事実だ。今までは必要に応じてひなたの戦力を温存していたが、もうひなたの戦力を使えないものとして考えないといけない。
「だから、その代わり……と言うと失礼かもしれないけど、鈴を狙撃手として鍛えようかと思うわ」
「うん、そうするのが妥当だね。ただ、狙撃は一朝一夕でできるものじゃないよね?」
狙撃のみならず、ナイフや刀も一朝一夕で使いこなせるものではない。友里は拳銃を使うのが苦手だと昔言っていた。それゆえ拳銃の難しさは想像できるのだろう。
「ええ、特に鈴は戦闘員じゃないから、かなり難しい。ただ彼女が狙撃手として生きたら、後衛はかなり充実するわ」
「狙撃手がいるといないのでは大違いだと思います。わたくしの代わりに鈴様に戦場に行ってもらうのは本当に忍びないですが……わたくしもガンナーの端くれ、もし狙撃練習に役立つなら、わたくしも使ってください」
「ありがとう、ひなた。そう言ってもらえるとありがたいわ」
と、言いつつあたしはひなたがそう言ってくれるのは意外に思っていた。ひなたの入隊理由を知っていたら、意外に思うのは当たり前だと思う。大人しい、優等生タイプのひなたは、未確認生物を倒すことに並々ならぬ快感を覚えている、見方によっては好戦的に見える子だ。一番好戦的なのは、満場一致で実空と言われるでしょうけど。
「ありちゃんは、鈴ちゃんをどういう風に鍛えるかの計画書の提出をお願い。ひなちゃん、さなちゃんから聞くことを聞いておいて」
「ええ」「はい」
「以上、解散!」
あたしたちは一斉に立ち上がった。
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