第15話 by Aria.I
冷静に、冷静に。まずは状況整理。
今ここにいるのはボクとヴェッテ、相手の後衛は二人。二人とも拳銃を持っている。片方は黒、片方は銀色の拳銃。さっきボクらを狙ったのは銀色の方。
ミソラなら銃弾を弾くだろう。ユリさんなら発砲前に黙らせそうだね。アリサさんなら……相手の拳銃に弾丸を当てて、使えなくしそうかな。
ボクはどれもできない。だからといって腐る必要は全くない!
後衛二人の立っている間に、一発矢を撃ちこむ。後衛二人の視線が一瞬だけ矢に向いた。続けてボクは銀色拳銃側に向かって矢を放つ。致命傷三か所のうち、真ん中にあたる首を狙った。……つもり、で終わってしまった。ボクが矢を撃つことは予測済みだったのか、簡単に避けられてしまった。
「……そのまま逃げるかと思ったら、まさか反撃してくるとは、な!」
さっきまでボクが狙っていた銀色の拳銃から弾丸が飛び出してきた。咄嗟にヴェッテを前に数歩走らせて避ける。人間の足ではないから、走り出すスピードは大庭隊の中でもボクが一番早い。弾丸の軌道さえ読み切ってしまえば……! と、ボクの左腕に何かが弾けた感覚。
「次は本気で狙うぞ」
ボクが動くことを見越して、黒拳銃側がボクを狙っていたらしかった。気が付かなかった。しかも、わざと左腕を狙ったんだろう。これが本当の戦闘なら、ボクは落馬していてもおかしくない負傷だ。久々の戦闘で危機感が薄れていたのだろうか。
「……面白いじゃないか」
と、ミソラなら絶対言うね。
ボクの発言にわかりやすく黒拳銃が反応してくれた。眉間にしわをよせて、ボクを睨み付ける。悪いけど、初めて会った男の人よりも隊長と副隊長のほうが怖いんだ。
「その発言、忘れるなよ?」
「そっちもね」
銀色拳銃が慌てたように黒拳銃を見た。おっと、想定外の動きだったかい?
対前衛だろうと後衛だろうと、ボクみたいな決定的な攻撃力を持たない人間ができる戦闘方法はあまり多くない。でも、今回は上手く作用しそうだ。
「じゃあ……追いかけっこといこうか?」
と、ヴェッテが走り出した。
後ろを振り返ると、想像通り黒拳銃がボクたちを追いかけてきた。遅れて銀色拳銃が追ってくる。黒拳銃は思った以上に足が速い、さすが男性と言ったところだね。
ボクがこういうときによくとる方法は、一人だけをおびき寄せて倒すという、かの宮本武蔵も使ったと言われる戦法だ。銀色拳銃との距離がいい感じに離れたところで、ヴェッテを止めた。
「やあ、ようこそ。お仲間さんの援護射撃は受けられないけど、構わないかい?」
これはユリさんが言いそう。
「そちらもこんな奥まで誘いこんで大丈夫なのか?」
「ボクはこの戦術には慣れてるからね」
言いつつお互いがお互いの武器を構える。今からは集中だ。
一瞬、木々がざわめいた。引き金が引かれた!
見た瞬間、ボクは敢えて前に突っ込んだ。いきなり馬がつっこんできて驚いたのか手元が狂ったらしい。弾丸がブレ、奥の木にぶつかって弾けた。それを後目に、ヴェッテから飛び降りると、至近距離で心臓に矢を撃った。ぼよん、と吸盤のついた矢が心臓にくっつく。なんとも滑稽な光景であるが、ボクらがやっているのは殺し合いの練習である。
「なんだっけ、これ。引き撃ち、だったっけ。ボクら飛び道具を使う人間は、接近戦に持ち込まれると弱い」
だから、後ろや横ではなく前に突っ込んだんだ。もし気付かれた場合、そしてもう一人の銀色拳銃がボクを攻撃してきていたら成功しなかった。相手からの引き撃ち攻撃を受けて、ボクは負けていただろう。使い方が間違っているかもしれないから、あとでアリサさんに聞いておこう。
「ボクはイタリア出身だから、一つ教えてあげるね。……君たちみたいに女性を軽視しているような人はモテないよ?」
これはボクの台詞だ。
全員女だからって軽視してかかってくる男性は大嫌いだ。正々堂々、本気で来てくれないとボクらだって訓練している意味はない。日本特別陸軍として未確認生物と戦うという目的は同じなのに。
ボクは彼に近づいて、くっ付いたままの矢を取る。彼は女のボクにやられたからなのか呆然としていて、ボクに撃ったつもりの弾が木に弾けたのを信じられないように見ていた。
『妹尾隊玉田一等兵、戦線離脱です。戦果、板垣有愛』
マイハさんの声で、銀色拳銃の彼はタマダさんという名前であることがわかった。年齢はわからないけど、階級は同じだからタマダくんと呼ばせてもらおうか。
「くそっ!」
タマダくんが膝をついて悔しがった。演習のいいところは僕のような決定的な攻撃力を持たない人間でも致命傷でキル扱いになるところだ。
『妹尾隊妹尾少尉、戦線離脱! 戦果、野口実空、大庭友里!』
スズが緊張したように戦果報告をした。
「……」
「……お、終わっちゃったね」
演習は隊長がキルされるとその時点で終了。そういやそんなルールがあるのを忘れていた。ボクとタマダくんは思わず顔を見合わせた。拍子抜けとはまさにこのことだろう。いや、早くないかい!?
「そっちの隊長、妹尾さんを直接キルするとかバケモンか?」
いつの間にか追いついていた黒色拳銃の彼がボクに言ってきた。いやボクもミソラがキルするものだと思っていたから、ボクもびっくりしている。
「ボクもびっくりだよ。でもうちのユリさん――うちの隊長は怖くて、かっこよくて、そして気高い方だから」
そう言うとボクはヴェッテに乗って最初の地点に戻ろうと方向転換をした。
「お、おい待て!」
「お前、帰り道はわかるのか?」
タマダくんたちが大声を出す。ボクは思わずヴェッテから降りた。
「……適当に走ってきたから、自信ないね」
はは、と笑うとタマダくんが呆れたようにため息をついた。
「隊長に連絡してそっちの隊長にこの場所探してもらうから待ってろ」
「もしかしてタマダくんたちもこの場所がどこかわかってない?」
「ったりめーだろ! そっちが馬で走るから迷子になったんだろうが! 元はお前のせいだぞ!」
「タマ、それは彼女の挑発に乗ったお前も悪いぞ。こんなところに長時間いる趣味はないから、早く連絡してくれ」
「チッ……あ、隊長ですか。すいません大庭隊の馬の女と交戦中に敷地の奥の方に進んでしまいました。できれば誰か、捜索をしていただきたいのですが……え? は、早いですね……わかりました、では待機しておきます。ありがとうございます」
「どうだったんだい?」
「ああ、お前んところのオペレーターがもう場所特定してるらしいぞ」
オペレーターというとマイハさんとスズだ。大方マイハさんの指示だと思うが、本当に仕事が早いことだ。
「ならしばらく待機しておこうか。……あ、ボク、板垣有愛一等兵。この馬はヴェデッテ。言いにくいと思うからヴェッテでいいよ。君たちはタマダくんと誰?」
「なんで俺の名前知ってんだ!?」
「さっきの戦果報告の放送だろ、考えろよ。ってかさっきも言われたぞ。あ、俺は黒川。階級は同じ一等兵」
「タマダくんとクロカワくんね。同じ陸軍同士よろしくね!」
ボクがそう言って両手を伸ばすと、クロカワくんは少し微笑んで、タマダくんは腑に落ちない表情で手を握り返してきた。そうだよ、同じ陸軍の仲間なんだから協力してもいいじゃないか。
その数分後、ボクたちはマイハさんの索敵機に発見され、ミソラとスズに怒られたあと、隊長と副隊長に雷を落とされたのは別の話だ。
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