第4話 by Shiho.M
大庭中尉の指示で、佐々倉少尉とわたしは今、演習室に向かっている。のだが。
「……」
「……」
き、気まずい……!
佐々倉少尉は、町中を歩くだけで道行く人みんな振り返るんではないかというくらい美人で、二十七歳という年齢がさらに大人の魅力を含ませているのだけど、いかんせん表情が変わらない人だ。何を考えているのか全くわからない。佐々倉少尉のコンビで隣にいる大庭中尉は、佐々倉少尉が何を考えているのかすぐわかるらしいが。
ちらり、と佐々倉少尉の顔を見た。相変わらずの無表情だ。
「……真壁志保、といったかしら」
「は、はい!」
大庭中尉に呼ばれたときのように、わたしは肩を震わせた。思えば佐々倉少尉に初めて名前を呼ばれたかもしれない。
「あなたは、戦闘中の友里を見たことはあるかしら」
「え、ないですけど……」
「そう。今から見る友里は、あたしより怖いかもしれないわよ」
「そ、それはどういう……」
「見たらわかるわ」
佐々倉少尉がある扉の前で立ち止まった。ポケットから鍵を取り出し、鍵を開けた。重苦しい音とともに扉が開き、だだっ広い部屋がお目見えした。
「……ということは実弾演習を見るのも初めて?」
「はい」
「決して暴発させないし、あなたに危害を加えないようにするわ。だから、一階で見学しなさい。実際に戦場で何が起きてるか、知っておくいい機会よ」
佐々倉少尉はそう言うと、部屋の端にあった椅子を指差した。そこに座れということなのだろう。「一階で見学しなさい」という上司の命令だ。ここは失礼して、椅子に座らせてもらうことにする。
「……あたし、よく怖いって言われるの。怖がらせてたらごめんなさいね」
「え、そんな! こちらこそごめんなさい」
勝手に怖がっていたのはわたしだ。もしかすると佐々倉少尉は、感情があまり表に出ないだけで、色々と考えている人なのかもしれない。
「いいのよ、志保が謝ることないわ」
そう言うと佐々倉少尉は制服のネクタイを結びなおし、腕をまくった。
佐々倉少尉、今わたしのこと下の名前で呼んだ……?
大庭中尉は宣言通り、そこから五分も経たないうちに来た。後ろには万意葉さんもいる。
「志保ちゃん、隣失礼するね」
「はい。万意葉さん、どうしてここに?」
「記録係で呼ばれたの」
「そうだったんですね」
狙撃の提案をしたのは万意葉さんだし、記録係で呼ばれたのも納得がいく。手に持つバインダーには、記録を書きこむ紙が挟んである。
「ありちゃん、狙撃の前に、いつも使ってる拳銃で的を撃ってほしいんだけどいい?」
「どっちで撃つの?」
「どっちも!」
「わかったわ」
二人の会話を聞いた万意葉さんが、紙にさらさらと書き込む。のぞき込むと、「近的 M92」「近的 DE」と書かれていた。
「気になるのね?」
「はい。でも、何が書いてあるかわかりません」
「最初はわからないよね」
万意葉さんはふふ、と小さく笑うと、紙を指差した。
「近的、というのは距離のことね。こっちのM92は有砂さんがメインで使ってるほう、DEはサブで使ってるほう」
「二つ使ってるんですか?」
「うん、場合によっては両方使ってる。DEの方は装填できる弾丸の数が少ないし、威力が強いから確実に決めたいときに使ってるみたいね」
「なるほど……」
「ちなみにDEのほうは、何回か撃ったら岩砕けるよ」
「え!?」
岩をも砕く拳銃を扱うとは、果たしてどのような訓練をしたらそんなことができるのだろう。拳銃をなめていた。
佐々倉少尉が所定位置に立った。的までの距離は、横の札を見るに二十五メートル以上、三十メートル以内。かなりの距離である。
佐々倉少尉が拳銃を構えた。途端に緊張感が演習室を支配する。呼吸をすることすら遠慮してしまう緊迫感の中、佐々倉少尉が引き金を引いた。
「……次」
「はい」
わたしが発砲音に驚いている間に、他の三人は次の演習に移っていた。大庭中尉の指示で佐々倉少尉が拳銃を持ち替え、万意葉さんは何かを書き込んでいる。
「……いきます」
少尉がまた拳銃を構える。先ほどと同じ緊張感が部屋を包んだ。
その発砲音はドバン、ともドオン、とも聞こえた。さっきの拳銃よりも重く、大きな音だった。砂埃の中から出てきた的は、真ん中から割れていた。
「割れてる……!?」
「岩砕けるからね。あのくらいなら普通に割れると思うよ」
万意葉さんが何かを書きながら、わたしの独り言に付き合ってくれた。目の前で行われているこの演習が、現実のものとは思えなくなってきた。どうして大庭中尉や万意葉さんは平然としてられるのだろうか。
「佐々倉有砂。次だ。ライフル実弾、遠的で」
「はい」
今、佐々倉少尉を呼んだのは間違いなく大庭中尉のはず。大庭中尉は佐々倉少尉を呼ぶとき、「ありちゃん」と呼んでいたはずだ。演習の最中はさすがにそうは呼ばないのだろうか。
佐々倉少尉が先ほどよりもずんずん後ろに下がる。丁度六十メートルの札の位置で立ち止まった。
「いきます」
そういうと、佐々倉少尉はその場でうつぶせになった。首から上を上げ、手はライフルを握った。
DEよりも大人しい音で弾丸が飛び出した。次は左右に動く的、上下に動く的、スピードが変わる的、と変わり種の的が連続して次々と出てくる。
それら全ての的の真ん中を的中させ、さも当然かのように有砂は立ち上がった。
一体今何が起こったのか、わたしにはわからなかった。わたしの動体視力では追うことが精いっぱいの的を、あんなに簡単に打ち抜くなんて。しかも佐々倉少尉は、ライフルを普段使っていないのにも関わらず、である。
わたしは戦闘を見たことがないし、他の隊に派遣されたことも未だにないのだが、風の噂で「大庭隊は強い」と聞いたことがあった。そうでなければ、女性ばかりの軍隊が普通に運営できるわけがなかった。現に軍の中で「大庭隊は強い」という意見に紛れて、「女ばかりの軍隊のくせに強いなんておかしい」「枕をしている」なんて根も葉もない噂も流れている。味方の中にも大庭隊をよく思わない人がいるのだ。
「……ふむ」
「いかがですか?」
佐々倉少尉が大庭中尉の顔色を窺った。あれ、そういや佐々倉少尉が大庭中尉に敬語を使ってる。
「いいだろう。腕は衰えていなかったようだな」
「ありがとうございます」
佐々倉少尉が頭を下げた。今まで緊迫感に包まれていた演習室の空気がふと緩んだ。
「まいちゃん、記録取った?」
「はい」
そこにいたのはいつもの大庭中尉だった。わたしは思わず息をついた。この緊迫感に、知らずのうちに息をつめていたらしい。
佐々倉少尉の言うように、大庭中尉は怖かった。一人称が自分の名前で、他の隊員にも気さくに話しかける大庭中尉の口調や雰囲気が一気に変わるのだ。普段怒らない人が怒ると怖い、というのと同じ原理で、怖くないはずがなかった。
「ありがとうまいちゃん。これ、もらってもいい?」
「もちろんです」
「でね、ありちゃん。実はありちゃんにお願いがあるんだ」
万意葉さんから記録用紙を受け取りながら、大庭中尉がウィンクしながら言った。佐々倉少尉より大庭中尉の方が身長が低いから、大庭中尉が上目遣いで見上げることになる。普通の男性ならそれだけでイチコロだろうが、相手は女性の軍人である。眉をひそめながら、佐々倉少尉は次の言葉を待った。
「後方支援部研究科の子でね、訓練に参加したいって言う子がいてさー。
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