第78話 結界とか、守り神とかいう設定って、そもそもいるの?

 ここは俺のおごりだ、と張り切るおれの親父だけど、もう神様に勘定まかせてますから、とおれが答えると、だったら俺、この店のみんなにおごっちゃう、と無駄なライバル意識を持たれた。

 税金の関係で、日本国外で使わないといけない金がありすぎて困っちゃってるんだよな、と親父が言うので(そんな税法は聞いたことがない、という人は、まあそういうのがある世界だと思ってもらえばいい)、どのくらいの額なの、とおれが聞いたら、思ってたのよりひとケタ多かったのには驚いた。おれと姉貴で遺産相続をめぐって殺人事件が起こってもおかしくないぐらいだ。容疑者はハチバンで、真犯人は姉貴で、一人二役のトリックだな。

「今日は奥さん一緒じゃないんですね」と、ハチバンは親父に聞いた。

「あれ、もういろいろバレてるの? あいつは仕事があるってことで、来られなかったんだけど」

「神社のご神木で、その地を守らないといけないんでしたっけ」

「あーそうそう、そんな感じ」

「で、そこから出ると結界が壊れて、魔界からの侵略者が入り込んで世界が滅びる、みたいな」

「そうなんだよ、けっこう大事な神様なんだ」

「でも、神社はお父さんの家の近所なのに、一緒になったのは高校からですよね」

「そ、それはやはりご神木とか、全国の神社の神様が通う学校があって…」

「あたしたちの高校まで奥さんが守る範囲だったの? だいたい奥さん、電車で通ってたよね、駅は違ってたけど」

「えーと、結界から出るときはカタシロみたいなのを代わりに置いたり、代わりに通ってもらったりするとか」

「結界とか、守り神とかいう設定って、そもそもいるの?」

 もはや親父に敬語など使わず、容赦なく攻めるハチバンである。

「だから、ヒトでないものが通える小中学校が、山の中にあるわけよ。神山田中学、みたいな名前の。でもって、えーと、おれたちの高校はそういう、ヒトでないものが通える高校になってるの」

「どうして?」

「文部大臣、じゃなくて文科省の事務次官が昔に決めて…」

「事務次官!」

「そこまでえらくなくてもさ、ほら、文科省の課長ぐらいだと思いねえ。ほら、うちの高校って教育関係に関わってるOB多いやん。そういうのにいるわけよ、タヌキとかキツネとか」

「で、奥さんとお父さんは大学も同じだったんですね。奥さんは何学部?」

「し…神学部?」

「そんなのあるの日本にひとつしかない」

「じゃあ総合神学部とか、神学情報学部とかそういうのは…」

 容赦ないハチバンの設定攻めが続く。これが物語でなく、ハチバンも編集者じゃなくて本当によかった。そう言えば、とか、言い忘れていたが、とか、最後のほうで辻褄合わせしようとしている物語って、そう言えばけっこうあったなあ、と、おれは思った。

 納得できない親父の説明に、ハチバンがあまり怒りすぎていないのは、おれがアイコンタクトで教えてやったからだ。

 おれとハチバンとブラノワちゃんは海が見える席に座っていて、親父には見えない浜辺では、水着姿のおふくろが仲間たちと遊んでいた。ヒトぐらいの大きさになった龍の親分と、フィリピンの秘密基地で会った邪神(あれはどうもキツネの神様だったようだ)と、イチバンさん。

 おふくろが同席しないのは、単にこのレストランのおれたちの席が6つしかなかったから、だけのことである。

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