第61話 (番外)ハチバンによるモノローグ(その2)
アカネさんはバスルームのドアノブに引っ掛けたタオルに首をかけて、確かに死にかけていた。
正確には気を失っていただけで、あたしが、とりあえずこういうときのために(時代劇を見て)覚えておいた方法で介抱すると、アカネさんはぼんやりと目をあけた。
「しっかりして、アカネ…イチ、イチ姉ちゃん!」と、あたしは言った。
「その名前で呼ぶなって言っただろ、恥ずかしいじゃないか、ニバンテ」と、アカネさんは言った。
うわー、そうだわー。あたしたちが恥ずかしいということをあまり知らないころはお互いにそう呼び合ってたんだ。
「しかしいったいどうして、死のうなんて思ったのよ」
「えー? 私は机で普通に勉強をしていたんだが、どうも肩のこりがうまく抜けなくて、こういうやり方だと治る、ってどこかに書いてあったのを見たんだ」
「それはまあ、苦しまずに死ねるから、死ねば治るんだろうけどね…」
「あ」と、アカネさんは何かを思いだしたようだった。
「ハチバンって、誰に対してもタメグチなんだね」
「言われてみるとだいたいそうかな。だめだろアカネ、そんなことしちゃ。納得できないよ」
それは多分ナオが、おれに対してざっくり対等に話していい、って言ったからだ。
アカネさんは、私の場合は先輩からも「さん」づけで呼ばれてた、って言った。
*
「だいたい事情はわかった。あたしの部屋の寝室に来ない? マッサージしてあげるよ」
「いいんだけど、私がやってたのが効果あるかも知りたいし」
そこで、酒虫のエルくん(エルキュール)が、時枝(タイム・ブランチ)の提案をしたので、それを受けたアカネさんは白眼帯と黒眼帯のふたりのアカネさんになった。
「これは便利だね」と、アカネさんたちは言った。
「で、でも、それって事故で死んだりするよ絶対」と、あたしは言った。
「その場合はー、ふたりに分かれる前まで戻れば何もかもなかったことにできますですー」と、エルくんは言った。
「面白い。私が死んだらセイはどんな顔をするか、というか、どんな嘘をつくか知りたいしな」と、黒アカネさんは言った。
アカネさんが好きで仕方がないんだな、セイさんって。
「私は死ぬことにもうなってるのか」と、白アカネさんはがっかりした感じで言った。
ひどい話があったもんで(ここらへん、古今亭志ん生じゃなくて志ん朝っぽい口調で)、相談がまとまって、黒アカネさんとあたしは、こっそりとあたしとナオの寝室のほうへ戻ることにした。
隣のリビングルームは相変わらず賑やかで、あたしのマッサージで黒アカネさんがすこしぐらい悶えても気がつかないだろう。
*
そして、白アカネさんの異状にみんなが気がついて、あたしたちのリビングルームからみんなが隣室へ移ったころを見計らって、黒アカネさんは急いで、自分たちの部屋の窓の下に隠れて、出時を待つ、ということになる。
つまり、死んだ白アカネさんは自殺みたいに見える事故で、真犯人はいない。いるとするなら黒アカネさんかな。
結局、エルくんのきょうだいであるアルくんが、夕食前の大浴場のところまで時間を巻き戻してくれたので、本当に何もかもなかったことになった。
アカネさんが本当に死ななくてよかった。もしそうなってたら、あたしが本家筋の跡取りのニバンテになっちゃうもんなー。
*
夜明け前、あたしは隣のベッドにナオが寝ているのを見て、静かに部屋を出て大浴場へ行った。確認したいものがあったのを思いだしたからだ。
すると誰か入ってくる。
「あ、ごめんなさい。えっと…この大浴場、夜と朝とでは男湯・女湯が変わるって…」
男の人の声だ!
ぐわはっ。ここは朝は男湯なのかよ。
でもまあ…この人だったら特に問題はないのか。
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