第56話 おれが吸血鬼でなかったら死んでるところだ

 おれは砲弾が目的地とした川の川底からはい上がった。長さ数メートルのそれは、熱で前の部分の半分ほどを失ったが、おれと今のところの相棒である虹色のテントウムシは、とりあえず乗ったところと同じ砲弾の後部から無事脱出することができた。

 圧死か焼死か溺死か凍死か、どれがいちばんつらい死に方なのかは、おれはまだ死んだことはないのではっきりわからないが、死なないことがこんなに苦しいとは思わなかった。

「まったくもう、おれが吸血鬼でなかったら死んでるところだ」と、おれは、おれがよく知っていた川の、幅のそれなりにある川岸を、すっかりつぶれてしまったシルクハットをなんとか元の形に戻そうと努力しながら歩いた。いや、正確にはこう言うべきなんだろうな。


「おれが主人公でなかったら死んでた」


 川の水は沸騰し、逆流して、砲弾が作った深い穴を洪水のあとのような感じで流れた。雷鳴のようなものすごい音も聞こえたはずなのだが、周りの住民は誰も出てこない。おれは全長2メートルほどのソウギョを、川岸で見つけた。おれの腕の中でソウギョは死にかけの魚っぽく暴れたが、川に戻してやると気を失ったように、川の流れに従って浮かび流れていった。

 これからどうすればいいのか、どこに行けばいいのか、というのはだいたいわかる。虹色のテントウムシも、おれを導きたがっている。この深夜の、関東平野の一地方都市を模した町は、おれがかつて住んでいた、もしくはそれを模したところである。

     *

 土手に置かれた木のベンチに腰掛けて昔のことを考えている間に、謎の超技術でできたその服は数分で乾き、おれの荒い呼吸もおさまった。

 3年ぶりに戻ってきたこの町の風景は、3年前とほとんど変わっておらず、携帯端末で現在地その他の情報を入手したり確認したりできなくても問題はない。5分ほど歩くと、おれや親父やおふくろが住んでいた家の跡地についた。家は取り壊されて空き地になり、冬の枯れ草が初老の老人の頭のように寂しくゆれていた。虹色のテントウムシは、おふくろがいなくなってからは、あえて行くことを避けていた場所に行くよう、特定の方向へ飛んだり戻ったりしている。

 そこは伝承によると千年以上昔から続いている神社で、同じぐらいの歴史を持つご神木もあり、もしおれのおふくろがご神木だったとしたら、多分おふくろはそこにいる。

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