第39話 ふたつ聞きたいことがあるんだが、いいかな
「ふたつ聞きたいことがあるんだが、いいかな」と、おれはハチバンに聞いた。なぜひとつではないのかはすぐにわかる。
「いいよ。ひとつめ終わり。で、ふたつめの質問は何かな」と、ハチバンは答えた。
ほら、ふたつ質問しないとうまく回答が得られない。
「ハチバンって、この世界は非リアル的なリアルって言ったよね。この世界をリアルたらしめているという、ハチバンの考えの根拠は何なのよ?」
「言ったよ。これでふたつめも終わり」
そのくらいノーカンにしてくれよ。
ハチバンは怒ってしぶしぶ答えた。
「未成年は日本で酒が飲めないってことだよ! ここが非リアルなら、酒もタバコも問題ないじゃん!」
「いや、でも日本のアニメとか漫画とか、映画でも未成年は酒飲んでないよ。昭和の時代の映画だったらともかく」
「えー? じゃ、あたしは非リアルだったとしてもビール駄目なの?」
「だから、おれたちを海外のあちこちで会話させてるんだよ。もしこの世界が誰かの作ったもので、作者がいるのだとしたら」
日本人ではないジュンコさんは、くわえタバコで突撃銃の分解と手入れをしゅばびばっ、とやっている。
銃をかまえる。しゅばっ。
ハチバンがパーカーをはおる。ばさっ。
おれがアルくん(酒虫のアルチュール)の入ったシャンパンの瓶をテーブルの上に置く。ずかどっ。
効果音はいいんだけど、そのたびにシークエンスを細かくカットして、劇伴を足すのはやめてくれないかな、編集監督とサウンド・デザイナーの人は。
*
イチバンさんは今はクルーザーを操縦していて、代わりにおれたちの酒の席にすわったジュンコさんは、黒い髪と灰色の目をした寡黙な人で、イチバンさんとの関係を聞くと、大切な友だち、と答えた。
「イチバンの友なら、あなたたちも私の友だちよ」と、ジュンコさんは言った。
別に友でも敵でもないんだけど、というよりむしろイチバンさんになんでおれたちは与する者になっているんだろう。
おれはジュンコさんの長い、イチバンさんと友だちになるまでの話を聞いて、ハチバンはすこし涙を流した。
「い、いい人だったんだなあ、イチバンさんって」と、ハチバンは言った。
おれがハチバンに希望したいのは、その件については意見を申し上げる立場ではありませんので、コメントを控えさせていただきます、と政府関係者みたいな感じか、真偽不明の案件なので、とりあえず偽として扱うべき伝聞情報である、と陪審員みたいな感じで言ってもらいたかったが、第三者的には、まあ確かにいい話だった。
「しかし、ネストの旧神復活なんて野望、本当に実現可能なんかね」と、おれは言った。
「ヤオヨロズ系の神ってのは、世界各地に伝承として伝わっていて、それを非科学的かつ非リアルに語るなら、ヒトに関する別の知性体の何らかの干渉・接触と言えるね。つまり神は非リアルの中では存在するものなんだ」と、ハチバンは言った。
「つまり、リアルか非リアルかわからない世界では、その存在はあいまいだ、ってことでもある。そして神話や伝説は古いものだけじゃない。架空のヒーローやヒロイン、そして悪役も、非リアルな世界から物語とというフィルターを通してその存在はあいまいさを増す。ジュンコさん、あなたにはイギリス人のいとこもいますよね。名前を教えてください」
ジュンコさんは黙ってうなずくと(この場合「こくりと」という表現を、おれもしくは作者は蛇蝎のように嫌っているのでご理解ください)、ジェニファー、と答えた。
「ロシア人は?」
「ジェーニャ」
「ジャマイカ人は?」
「ジェフィー」
「フランス人は?」
「ジャンヌ」
「みんなJではじまる名前ということは…あなたはジュンコ・ボンドさんで、ジェームズ・ボンドの孫娘ですよね」
ジュンコさんはしぶしぶうなずいた。
「ということは…ボンド・ガールズ?」と、ハチバンは言った。
それはすこし意味が違うけどね。
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