第33話 その男は巨大不明生物が鎌倉に再上陸したという知らせを聞いたときの内閣官房副長官みたいな顔をした

 マニラ湾をおれたちが乗ったクルーザーはゆっくりと進み、太陽はゆっくりと沈んで、大きな船もゆっくりとマニラ港に入ったり出たりしている。イチバンさんはゆっくりとおれたちに話した。

「私たちの先祖は、大陸のほうから漠然と、戦争が起こるたびに海を渡ってここらへんの島々に逃げて渡り、そこからさらに東方の太平洋の島々や、北方の日本などに流れていきました。キリスト教が伝わる以前の諸島のヒトの神は様々で、私たちは蛾とカイコを信奉していました」

 シャンパンのアルコール度数は普通のビールの倍ぐらいあるので、おれはなんか意識がだんだん遠くなっていった。

「なるほど、そして日本にアメノカガミノフネ、要するにカイコの繭みたいなものを使って渡来した神が、オオクニヌシと共に国作りをしたスクナヒコなんですね」と、ハチバンは言った。

 繭というより、ガガイモの実かな。要するにアクスレピオス。

「でもって、スクナヒコはイチバンさんの国の王子で、おれの母と関係ある、と」

 もしおふくろがご神木の霊だとしたらね。でもそんなことがあるだろうか。

 吸血鬼に関する仮説としては、宇宙から飛来してヒトを知性体に育てた、つまり家畜として人を扱った、ヒトとよく似た生き物だというのもある。育てそこなった知性体がたくさんいて、ヒトは数少ない成功した例ですかね。

 おれは直射日光が苦手だから(ひどい日焼けをしやすい体質なんだけど、これは吸血鬼属性とは関係がない)、あまり日に当たらない長袖の上着と、リゾートっぽいパンツだったが、潮風がだんだん寒くなってきた。ハチバンはリゾートっぽすぎる薄いシャツと派手なミニスカートだったので、イチバンさんはおれたちふたりに明るいオレンジ色のパーカーを貸してくれた。おれには大きすぎるが、イチバンにはだいたいちょうどいいぐらいの大きさだった。

「ところで、ネストって何が目的なんですかね。世界征服?」

 わりと悪の秘密結社にはありがちな設定である。

 考えてみたら、無駄にスケール大きくしなくても、イチバンさんが高校の生徒会長で、悪役部の正体と目的を探ってくれ、と、物語部員のおれたちにお願いするような話でもいいんだよね、これ。

 どうも、これは親父が作った物語なんじゃないか、と思ってしまうのは、取材費と飲んだビール代を経費で落とそうとしている気がするからなんだよな。

 ギャグが微妙に古いのはまあ、おれがナイスミドル世代を主人公にした物語を書くときに勉強したからいいとしよう。それから、新しそうなネタほど古くなりやすい、というのもある。たとえば、「驚いた」というのを「みたいな」入りで書く場合。


『その男は巨大不明生物が鎌倉に再上陸したという知らせを聞いたときの内閣官房副長官みたいな顔をした。』


 ね、ちょっと古いと、とても古いような気がしてくるんだよね。じゃあこちらはどうだろう。


『その男は連合軍がノルマンディに上陸したという知らせを聞いたときのロンメルみたいな顔をした。』


 これはもう、古すぎて歴史になっており、これ以上古くなりようがないから、逆に小説の中に入れたらそんなに古くなる速度は遅くない。

 おれは、かあちゃん一杯やっか、と言いながらハチバンにシャンパンを注ぎ、ハチバンは、男は黙ってイチバン絞り! と言いながらイチバンさんにセクハラをした。男がやったら犯罪だぞ。

 イチバンさんは、もうもうもう、何すんですかもう、とホルスタインっぽい抗議をしてハチバンをぽかぽか叩いた。

 平和である。この平和がいつまでも続くといいのだが、そうすると話が全然進まないのはご覧の通りだ。

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