見えない世界で

zero

第1話一人の友人と視力障碍の少女

いつからだろうか?私は生きているのが嫌になったのは?

いつからだろうか?わたしに夢がなくなったのは?

いつからだろうか?私の目がほとんど見えなくなったのは?


「ありさ、そろそろ起きなさい」母親の声で私は目が覚めた。ありさ、それが私の名前である。可もなく不可もないごく普通の家庭で育ち小学校、中学校、そして高校と順調にきた。だけど一つだけ私にはほかの人と違いがある。私は目がほとんど見えないこと。


私は洗面所まで行き歯を磨き顔を洗った。昔ならここで自分の顔を見ているのだが、今の私にはそれができない。何も見えない。私は今どんな顔をしているのだろうか?


・・・・こんな人生なんで送らないといけないの。


『すごいじゃないありさ!この調子なら全国に十分行けるよ』

『ありさ、今度の大会は私たちも一緒にありさの応援行くからね』

『絶対絶対ありさなら陸上選手になれるわよ』

『頑張れありさ』

『頑張れありさ』


うるさい黙れ!私は見えない鏡の前で唇をかみしめていた。


「おはようございます」

「あらおはよう、ありさ、隼人君が迎えに来てくれたわよ」母親の声で我に返り私は洗面台から離れて軽くご飯を食べて玄関に行った。


「おはようありさ」隼人はたぶん昔と変わらないように少し複雑な笑顔をしているのだろう。

「忘れ物はない?」

「ないわ」

「じゃあ行こうか」そう言って隼人は私の手を握って一緒に駅のほうに連れて行ってくれた。


「もう少ししたら夏休みだね。ありさは何か夏休みの予定とかあるの?」

「あるわけないでしょ!」

「・・・・・ごめん」そのあと隼人は何も言わずに私を学校まで連れて行ってくれた。


「それじゃあ俺はここで。また放課後迎えに行くよ」そう言って隼人は自分の教室に行ってしまった。


「おはようありささん」学級委員の楓さんが私のところにきた。視力が弱くなってから彼女は私のためにいろいろと手助けしてくれていた。

「おはよう楓さん」

「今日は調子はどう?」

「まあまあかな?」他愛のない、ただの言葉一つ一つが私はきつい。


『娘さんの目は残念ですが』

『なんで、嘘よね。だって私今も普通に見えてるよ』

昼食になり教室から外の声を聞くと外から声が聞こえた。陸上部が昼休みに練習をしている。またこの季節がきたんだな、懐かしく、気持ちが悪く、落ち着かない。先輩後輩、そして同級生たちが必死にインターハイを目指して練習している。嫌な人間になった、ダメな人間になった。パンを食べながら私は見えないグラウンドを見ていた。



授業が終わると私は隼人が迎えにくるのを待っていた。

「おまたせ、帰ろうか」隼人は私の目が不自由になってからいつものように送り迎えをしてくれた。それが苦痛だった。


「今日はどうだった?」

「普通」

「そっか、良かったらさ、夏休み一緒にどっか行かない?」

「どこに?」

「まだ考え中だけど」

「いいわよ!そんなの私は何もしたくない!」

「御免」それから二人とも無言で家まで歩いた。

「それじゃあ」

「うん」


「ただいま」私が家に着くと家には誰もいなかった。私はリビングまで着いた。


することがなかった。障碍の前は毎日夜遅くまで陸上の練習に明け暮れていたのに今は何もすることがない。テレビも見ることができず、スマートフォンも見れない。ジャージに着替えて少し眠ることにした。


『人生ってわからないわね』母が私の病院の帰りに私に言った言葉だった。母は泣いていた。

『なんでありさなのかしら。なんで、なんで』車の中で母は泣きながら運転していた。

『・・・・・・・そうか』父は冷静を装っていた。だが、夜中私が目を覚ましてリビングに行くと二人とも泣いていた。私にはそれが辛く、そして神様を呪った。なんで私なの?なんで。


目を覚ますと寝汗で体中べとべとだった。私は服を着替えて一人またすることもなく椅子に座っていた。母からもらったラジオを聞いてみた。ラジオの音ははっきりと聞こえた。もう夕方の18時を回っていた。


それからも淡々とラジオの音と外の人の声が聞こえていた。いやに人の声が多いなと思った。うるさい、叫びたくなる。

「ただいま」母だ。

「おかえり」

「今日は遅くなってごめんね。今から夕飯作るから」

「今日何かあるの?外がやけにうるさいんだけど」

「あーー、今日は商店街の祭りの日よ。ほらあなたも昔よく言ってたじゃない」

「そう、今日だったのね」そうか、今日だったか。


『行こうよありさちゃん』

『でも練習しないと』

『せっかくの夏祭りなんだから一緒にいこ。少しは息抜きしないと体持たないよ』

『わかったわよ。ほんとに真琴は祭りが好きなのね』

『そうかな?だってにぎやかなほうが面白くない?』


『インターハイおめでとう真琴ちゃん』

『真琴ちゃんおめでとう』

『おめでとう』

『おめでとう』

『おめでとう』


『おめでとう真琴』

『・・・・・ありがとうありさちゃん』

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・何か言ったら?』

『ごめん』

『何が?』

『ごめん』

『だから何がごめんなの?私の代わりにインターハイに出たんでしょ!すごいじゃない一躍有名人よ!私はもう陸上部でもないし、いまは目もほとんど見えなくて!!なんで・・・・なんで、なんで、なんであんたがインターハイなのよ!』


私の中の雑音はずっと終わらない。


「こんばんは」夜の19時頃に隼人がきた。

「ありさちゃん、良かったら今日の夏祭り今から一緒に行かない?」

「・・・・行かない」なんで隼人と。

「でもせっかく年に1回の祭りだし」

「行きたくない。そもそも目がほとんど見えない私が祭りなんて言って楽しいと思う?」

「・・・・・・それは」

「もういいでしょ!行くならほかの人と行って」

その言葉でいつもなら隼人は引くと思ったのに。今日はいつもと違っていた。

「ありさちゃん、今日だけ付き合って。今日だけでいいから」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」その無言が10分後に続いたあと、私は根負けした。

「わかった」そう言って私は祭りに行くための用意をした。浴衣は去年はした。だが、今年は浴衣なんて着たくなかった。


「おまたせ」私が玄関から出てきたら、隼人は私の手を何も言わずにつないだ。隼人の手は冷たく、汗をかいていた。


祭りの会場に到着したら、隼人は私のためにリンゴあめとかき氷を買ってくれた。私は買ってくれたりんごあめとかき氷を祭りの離れにある神社で隼人と一緒に食べていた。前来たときは真琴がそこにいたが、今回は隼人がいた。


私にはもう隼人の顔がほとんど見えない。だけど隼人は・・・・・きっと。

「昔からありさちゃんはリンゴあめとかき氷が好きだったよね」

「そうかな?」

「そうだよ。小学校の時は二人でよくこの祭りに行ったのおぼえていない?」

「そうだっけ?」

「ははは、覚えてないか。中学になってからありさちゃんは陸上部に入ってどんどん記録を伸ばして学校の人気者になって、僕はといえば文芸部で地味な分類に入ってたからね。なんか、ね、どんどんありさちゃんと僕との距離が遠くなった感じがしたな」その表情は私にはわからなかったが、声は静かで、そしてどこか悲しげな声だった。

「今は?」

「今も変わらないよ、ありさちゃんは」

「目がほとんど見えなくても?」

「ありさちゃんは僕にとって憧れの人だったよ」


それから私たちは二人でまた黙って座っていた。

なんで隼人はそこまで私のことを心配してくれるのか?私はきっといやな女だ。真琴もそうだ。真琴がインターハイに行けたのは私よりもずっとずっと練習してきたから。知っていた、真琴は私よりもずっとずっと人一倍みんなのことを気遣ってくれて、そして私のこともいつも気にかけてくれてたことを。


・・・・・・私はきっと取り返しのつかないことをした。私はもう真琴と友達になれない。そして私は・・・・・・・。


「ありさちゃん、今日はほんとにありがとう」隼人はそういって私のほうを向いていたのだろう。私は言葉が出なかった。いつの間にか涙がたくさん流れていた。


なんで、なんで、なんで、なんで。

私の手はだれかの手を握っていた。その手は私がよくおぼている。ほんとによく覚えている人の手だった。温かった。


「ありさちゃん」

「・・・・・・・・・・・っ真琴!」私は真琴の手をほんとに強く強く握っていた。

「ごめんねありさちゃん」真琴は謝った。

「っ何がよ。謝るのは私のほうよ。ごめん!ほんとにごめん!私真琴に嫉妬してた。なんで私じゃなくて真琴がっていつもいつも。でも真琴がどれだけ頑張ってきたのか見てきたのに。ほんとにごめん!」

次の瞬間真琴は私の体を思い切り抱きしめてくれた。

「いいわよ。だって私たち友達でしょ。喧嘩もするし、助け合ったりもする仲でしょ。だから、ありさちゃん泣かないで」


「ごめん、ほんとにごめん真琴」私は真琴の胸の中でずっとずっと泣いていた。

耳の中で大きな音がしていた。花火がいつの間にか打ち上げられていた。もう見えない花火。だけど耳の中でも私にとってその花火は今まで最高の花火だった。



それから私は真琴と仲が戻り、部活に顔を出すようになった。最初は戸惑いもあった。だけど隼人と真琴が手助けしてくれて私はまたあの陸上部のグラウンドに行けるようになった。


その次の年私たちは進路を決める3年生になった。私は自分の進路がいまだに見えなかった。真琴はスポーツ推薦で順天堂学院に行くことになった。隼人は輪総大学の文学部を狙っているらしい。そして将来小説家になるのが隼人の夢だった。


「隼人も真琴も大学無事に受かりそうで良かったね」私は帰り道隼人と帰っているときに聞いてみた。

「まだわからないよ。そもそも模試なんてあくまで判定だし。本番は何があるかわからないし」隼人は謙虚そうに言ったが、隼人の学力なら絶対に合格できると思っていた。

「・・・・・・隼人はさ、なんで小説家になりたいの?」隼人は少し黙っていた。

「少し寄り道してもいいかな?」

「・・・いいよ」私と隼人はいつもと違う道を行った。そして私は隼人に連れてもらったところは昔隼人と一緒に通っていた小学校のグラウンドだった。


「懐かしいね」

「そうね」

時刻は18時を回っていた。少しづつ日が落ちてきたのかもしれない。隼人が真っ赤な夕日が見えると言っていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」私も隼人もずっと黙っていた。1時間は立ったのかもしれない。少し肌が冷えてきた。


「小説家になりたいのは・・・・・好きな人に読んでもらいたいからかな」

「・・・・・そう」

「うん」そう言って隼人は私の手を強く握り、そして体を抱きしめた。

「ずっと前から好きだった!」隼人は声に出ないような、ほんとに、ほんとに、だけど響いてくる声だった。

「ありがとう」私は返答しないといけない。隼人のためにも。

「ありさちゃん?」

「ごめん」

「そっか」隼人は私から離れようとした。私は離そうとせずにそのまま隼人の顔に手を当てた。

「どうしたのありさちゃん?」

「少し待って」私は隼人の口を確認し、そしてゆっくりと隼人とキスをした。


隼人は何も言わず、私とキスをしてくれた。



「・・・・・・3年後、今度は私から言わせて」

「・・・・・わかった」


私たちは小学校を後にした。その光景が私は少し自分の目から見えた気がした。


















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見えない世界で zero @kaedezero

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