やる気の行方

第二部の256話まで読んでいればセーフだと思います。

ジークヴァルドとカロスの話で、ルコたんと美少女枠を争うry


まあ、そんなような感じです。





**********






 カロスはジークヴァルドに名前を付けられる前から、彼のことが好きだった。

 幼い頃からずっと。

 何故かは分からない。ただただ気になった。

 強いて言うなら「明るく元気な王子様」と言われていたジークヴァルドが、時折どこか遠くを見ていたことが、最初に気になった理由かもしれない。

 その姿を見て「飛びたいのかな?」と、カロスは思った。

 何故ならカロスがそうだったからだ。他の聖獣や騎獣よりも飛びたいと思っていた。カロスが鳥型だからかもしれない。たぶん。


 とにかく、カロスはジークヴァルドが好きだった。


 けれど気持ちは一方通行で。

 もっとたくさん一緒にいたいのにジークヴァルドは帰っていく。

 カロスの行けない場所に。

 小さい頃は哀しいのと悔しいのと、とにかくよく分からない気持ちでいっぱいだった。

 カロスが一生懸命毛繕いをするのにジークヴァルドは知らんぷりだ。

 周りの成獣おとなたちは「仕方ないよ」「諦めることだ」とカロスを慰めた。



 ――聖獣と崇められても所詮は人に使われる身。せめてもと、契約相手を選ぶ権利が与えられていた。けれど、幾つかの候補を提示された上での選択だ。その中に契約したい相手がいなければ諦めるしかない――



 そんな風に諭されて普通なら諦めるところだっただろう。でもカロスは諦めなかった。幼い頃から聖獣たちを、そして人間の研究者を観察した。

 どうすればいいのか、どうしたらジークヴァルドと一緒にいられるのか。カロスなりに考えた。





 まずは、気を引くために、ジークヴァルドがいる時に羽根を畳んで歩いた。よろよろすると彼は真っ青になって抱き上げてくれた。でもすぐに専門の医者に渡されて失敗。


 見学の王族や貴族が来た時は、目一杯威嚇した。でも幼獣だったので「ぷぃーぷぃー」としか鳴けない。全く威力はなく、反対に「可愛いものだな」「あれが欲しい!」と言われて失敗。


 ジークヴァルドが帰る時にこっそり一緒に行こうと、鞄に収まってみた。……入りきれなくて失敗。


 飛んでいこうと思ったけれど、聖獣の楽園を含む騎獣管理塔全体に結界が張られていた。跳ね返されて失敗。


 外から帰ってきた騎獣がすんなり通るのを見て、一箇所だけ出入り口になっていると知ったカロスは素知らぬフリで通り抜けようとした。でも、見つかって失敗。


 ジークヴァルドが帰るならご飯は食べない! と断食したけれど、お腹が空きすぎて夜中に鳴いてしまった。成獣おとなが呆れ、隠し持っていたおやつをくれた。それを食べてしまって失敗。


 寂しいから夜中にずっとジークヴァルドを呼んでみたけれど、声が嗄れただけだった。その上「変な鳴き声だね」と調教師と研究者に苦いお薬を飲まされて、失敗。





 カロスの頑張りは一向に通じなかった。



 ある日、シウという人間がやって来た。

 シウは希少獣を三頭も飼っているということで調教師たちが騒いでいた。

 卵石から育てて孵したと聞くや、今度は成獣おとなたちも興味津々だった。聖獣の楽園にも連れて行くほどだ。

 その時に、可哀想な聖獣の話を聞いた。カロスは子供ながらにゾッとした。成獣おとなが「決して誰にも言ってはいけないよ」と言うので、きっと怖いことなんだと思った。聖獣が「狙われて殺されるかもしれない」など、考えたこともなかった。

 カロスは益々、ジークヴァルド以外をあるじにするのは嫌だと思った。


 次にシウに会った時は希少獣も一緒だった。その子たちはカロスや成獣おとなたちよりずっと階位が低いのに、全く気にしていない。

 聖獣の楽園には騎獣たちも出入りするけれど、皆どこかで気持ちが一歩下がっていた。カロスは幼獣だったけれど、それを本能で分かっていたし、そうなるものだと理解していた。

 なのに、シウの希少獣、フェレスとブランカは全然平気だった。クロというグラークルスだけはちょっぴり気にしていたけれど、成獣おとなが言うには「あれはマナーとして礼儀正しくしているだけで我らを恐れてはいないよ」と笑っていた。

 飛行しても、成獣おとなたちよりずっと速い。フェレスとブランカは二頭で喧嘩しているのかと思うほど激しい遊び方をする。

 これじゃあ、主に対してもあんまり良くないんじゃと思っていたら――。

「シウは強いんだよ。ふぇれ、シウのこと大好き!」

「ぶーたん、シウを守るんだー! 悪いやつ、ぐさぐさ噛んで倒すの!」

 言葉は変だったけれど、すごくすごく大好きって気持ちが伝わってきた。

 それは、とても綺麗な気持ちだった。

 そして、シウも同じように三頭を大事に思っているのが分かった。その目が語っていた。

 カロスは衝撃を受けた。

 そうしたら、クロがやって来てこっそり教えてくれたのだ。

「好きなひとは守らないとダメなんだよ。クロ、小さいけど、シウを守るよ。乗せることはできないけど、違う仕事はできるもの」

「……だって。だって、わたしは選んでもらえないんだもん!」

「好きだって言わなきゃダメ。クロ、いっぱい言うよ? 諦めたらダメ。ずーっと好きって言うの」

「ずーっと、好き……」

 そうしたら、あんな風に見てもらえるのかな。カロスはクロから、手の中に包まれる幸せを教えてもらった。いろんな幸せがあるんだって教えてくれた。

 カロスは大きいけれど、抱きしめてもらえたらきっと幸せになると思う。


 その日から、カロスは形振り構わずジークヴァルドに引っ付いた。

 ずーっとずーっと好きと言い続けた。

 言葉の分かる調教師は笑っていたけれど、そのうち、カロスのことが可哀想だからと味方してくれた。成獣おとなたちも。

 カロスを狙っているらしい王族が来た時も、成獣おとなたちが追い払ってくれた。そのうち怪我をさせるんじゃないかと調教師は慌てていたけれど、後で「よくやった」と成獣おとなを褒めていた。人間にとっても嫌な奴だったらしい。




 ある日、ジークヴァルドが今まで見たことのない顔をしてカロスを呼んだ。

「……君の生まれを気にするということは、俺が王族だからといって遠巻きにされたのと同じようなことだな」

 カロスはじっとジークヴァルドを見た。一言も聞き漏らしてはならない。そう思った。

「アスプロアークイラという希少な聖獣と、臣籍に下る俺では釣り合わないと考えていた。けれど、お前はお前だ。俺が俺であるのと同じように」

「くぃ?」

「君を満足に羽ばたかせてやることができるか、分からない。でも、俺は君を大事にすると誓おう。ずっと俺のことを慕ってくれていたな。待たせて悪かった。……カロス。カロスと名付けるが、良いか?」

「くぃ!!」

 カロスはジークヴァルドに飛び付いた。大きくなった体はジークヴァルドを覆う。倒れるジークヴァルドを踏み潰さないように踏ん張る。カロスは加減することも覚えていた。いつか来る、この日のために。


 カロスはその場で転変した。聖獣の楽園では転変しないのが規則だったけれど、別に構わない。そうしたくなったのだ。できると思った。

 もちろん、できた。

 カロスは年相応の姿になった。


 けれど、その後ジークヴァルドからこっぴどく叱られた。

「お、女の子が外で裸になるなんて! 何を考えているんだ!」

 その日カロスは、嬉しいのと哀しいのが一緒になって嵐のようだった。




 些細な行き違いで怒られたけれど、それからはあっという間に過ぎた。

 急くように契約を済ませ、調教師からは教育を受けた。ジークヴァルドもだ。

 ジークヴァルドには聖獣が転変することの意味を教えられたようだった。カロスもまた人間社会のマナーを叩き込まれた。

 人間は裸になってはいけない。それは恥ずかしいこと。希少獣のように裸でいることはいけないことらしい。

 獣姿の時だけ裸は許されるそうだ。


 ジークヴァルドは後になって、怒ったことを謝ってくれた。

「聖獣には人間のような羞恥心も、同種族以外に発情することもないんだってな。知らなかったよ。怒ってごめん。人型に転変するのも、主と同じ姿を取りたいからなんだな。主への信頼の証なんだって知って、驚いた」

 あの時、カロスはジークヴァルドと同じ姿になりたいと思った。何度か転変の練習をしていたけれど、聖獣の楽園では必要なかったからほとんど転変しなかった。

 けれど、ジークヴァルドと一緒にいられると知って今がそうなのだと思った。必要だった。同じサイズで、同じ姿で抱き締めたかった。

 でも、怒られてからは転変していない。いいんだよと言われたけれど、カロスはジークヴァルドと一緒にいられて、乗せてあげることができるならそれでいいのだ。

 なのに、それは上手くいかなかった。

 鳥型の聖獣は他になく、どうやって乗せればいいのか、ジークヴァルドもどう乗ればいいのか分からないようだった。




 皆で悩んでいた時、シウがブランカを連れてやって来た。

 ジークヴァルドが相談して来てもらったのだ。

 何故ならシウは、聖獣の王ポエニクスと友人だったからだ。

 カロスも成獣おとなになっていたから分かるけれど、聖獣の王と友達になるシウっておかしいんじゃないのかな。ブランカにそう言ったら「シュビーはなまけものなんだよ。いっつも寝てるの。だから、おかしいのはシュビーなの」とシウを擁護していた。やっぱり主が一番なんだなとカロスは思った。


 それから鳥型希少獣の飛行について、シウは「おかしい」ぐらい真剣に語り始めた。調教師たちが変な顔でシウを見ているのに、気付いていない。

 聖獣の王のことも「シュヴィが前に子供を乗せた時は――」と名前で呼んでいる。しかも言い方がひどかった。

「シュヴィは引きこもりだからね。本当は強くないかも」

 ふふっ、と笑うけれど、カロスたちはびっくりで声も出なかった。ジークヴァルドも。

 だって聖獣の王だよ? と、カロスがジークヴァルドを見たら笑ってた。

 そんなシウだけど、カロスのために柔らかい生地で騎乗帯を作ってくれた。

「仮のものだから痛いところがあると思う。ごめんね」

 なんて言っていたけれど、どこも痛くなかった。緩いところを締め直しても。

「うーん、ここにもう一枚入れようか。だけどカロスが動きづらくなるかな」

 シウは真剣に考えてくれている。それがなんだか嬉しくて、カロスは絶対にシウを満足させるぐらい綺麗に飛んでみせるんだと意気込んだ。


 でも最初はダメだった。地面に激突するかもしれないって必死で制御してなんとか浮上できたけれど、シウが足を上げていなかったら怪我をさせていた。

 落ち込むカロスをジークヴァルドが真っ先に駆け寄って慰めてくれた。

 その時に決めた。

 この人を心配させちゃいけない。カロスがジークヴァルドを守るのだ。幼い頃の気持ちを思い出した。

 カロスはシウにどんな訓練でも構わないから鍛えてほしいと頼んだ。

 シウは変な顔で笑うと、ブランカを指差した。

「あんな風になったら君の主に怒られるかもしれないから、ほどほどにするね。調教師さんたちにも怒られたし」

 それでも、構わない。

 だって、調教師たちは呆れた声なのに、顔が笑っていた。カロスが見たことのない輝くような笑顔だった。ブランカの生き生きした姿は、カロスたち聖獣の楽園に住むものにも眩しく見えた。

 あんな風になりたい!! そう思ったのだ。


 カロスはジークヴァルドを乗せて飛んだ。今までの不安定だった飛行とは全く違う。シウを乗せることで、どうやればいいのかがカロスにも分かったからだ。それはジークヴァルドも同じだった。

「そうか、もっと強く太腿で締めてもいいんだな」

「くぃー!」

「よし、安定してる。今度は右旋回だ」

 風に乗る。魔法を使わずに綺麗な旋回ができた!

 カロスは嬉しくて、鳴いた。

「くぃーっ!!」





 シウとブランカが帰った後、カロスは考えることがいっぱいあった。

 主であるジークヴァルドが人間に絡まれていた。あの時どうしたら良かったのか分からなかった。聖獣の楽園での規則を思い出したものの、にやにや笑う人間たちが嫌だった。

 同じようにシウも絡まれていた。なのにブランカは平気な顔で見ていた。もっと怒ると思っていたのに。

 どうして? と聞いたら、ブランカはこう答えた。

「シウが倒せって言わないもん。シウが行けって言ったら、がぶっとするよ。人間はぐさぐさしたら死ぬから、がぶっとするだけー。今はいいの。あとね、こうやって座ってたら、シウがお顔をぐりぐりしてくれるんだよ。ふふー。いいでしょー」

 ブランカの言葉の半分はよく分からなかったけれど、カロスは落ち着いた。

 そうだ、主を信じて待つことも大事なのだ。

 主を守る。けれど、それは主の意思があってこそ。

 その夜は眠れずにそんなことをずっと考えていた。


 翌朝、カロスは与えられた部屋で転変した。

 ジークヴァルドが「いつ転変してもいいように」と用意してくれていた服を取り出す。

 サイズがいっぱいあるうちの、ちょうど良さそうなのを選んだ。

 鏡の中のカロスは人間の女の子になっていた。

 真っ白く長い髪がふわふわと揺れている。まるで羽根のよう。カロスの羽根だ。

 今日からカロスは必要な時以外は人型で過ごす。一晩考えて決めた。

「ジークの助けになるんだ」

 そのためにはジークヴァルドの従者ウルホのように、常に傍にいるべきだと思った。聖獣姿ではついていけない場所にも、これからは一緒についていく。




 カロスは起き出してきたジークヴァルドの気配を感じ、部屋へ入った。


「……カロス?」

 今まで見たことのないような、どこか間の抜けた顔でジークヴァルドはぽかんとしていた。

「カロスは、ジークを守る! 今日からカロスは従者なの!!」

 その宣言は、ジークヴァルドからしばらく言葉を奪ったようだった。





 若い騎士に美少女がへばりついているという噂が立ち、ブロスフェルト師団ではしばらくの間、見学者が絶えなかった。

 その姿を見れば皆が納得した。

 聖獣は人型になっても姿は真っ白だ。とても目立つ。

 そして羽根のような髪を持つ美少女の契約相手が誰かなんて、知らない者はいない。

 希少な聖獣アスプロアークイラが、自ら望んで得た契約相手の話はお伽噺のように広がった。最初は師団の中で、やがて王都へと徐々に広がり――。



 真っ白い大型の鷲型聖獣アスプロアークイラが飛ぶ姿は神々しく、国を挙げての催し物では必ず駆り出されることになった。

 若い騎士と美しい聖獣が契約するまでの物語は、吟遊詩人の手によってロマンチックに組み替えられた。

 それはやがて国中へ広められ、新たな物語として歴史に残ることになったが――それはまた別の話である。







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