ルコのおやつ-前編-

第二部の110話あたりまで読んでいればネタバレにならないと思います。たぶん。

ルフスケルウスのルコのお話で、前後編の、前編です。





**********



 ルコがオスカリウス領に来てから数ヶ月。

 すっかり元気になったルコは、騎獣たちのいる厩舎で可愛がられていた。お散歩も自由にして構わず、厩へ行っては馬たちに舐めてもらい、楽しく過ごしている。


 ルフスケルウスのルコは、騎獣としては「ハズレ」だ。

 オスカリウス家の人々は誰もそんなことを言ったりしないが、ルコは知っている。

 知っているけれど、決して謝ったりしない。死にかけていたルコを助けに来てくれたグラシオが、ずっと「お前は偉いぞ」と言ってくれたからだ。

 ルコは幼獣のうちから栄養が足りておらず、成獣の今でも体は大きくない。ただでさえルフスケルウスは小型騎獣と呼ばれていて「ハズレ」なのに、誰も乗せることの出来ない今のルコは「大ハズレ」だ。

 でも、大丈夫。

 ルコはルコにできることをしようと、頑張っているところなのだ。

 ご飯もたくさん食べている。いつか大きくなって、せめて一人だけでも乗せてみたい。


 先輩騎獣たちは、

(これ、美味しいぞ。食うか?)

(こっちが食べやすいだろ。ほら、柔らかいところだけ食っちまえ)

(あたしの大事なご飯、ルコにならあげる)

 と、ルコを幼獣みたいに甘やかしてくれる。

 ルコより後からやってきた、成獣になったばかりの後輩だっているのに。

 でもそんな彼等よりもルコは小さくて、グラシオいわく、

「騎獣は総じて小さいのが好きだからなー」

 と言うので、ルコは可愛がられることに甘んじていた。



 その日、ルコはおやつの時間に遅れてしまった。

 馬に教えてもらった、良い草の生えている場所とやらを探検していたのだ。夢中になって探していたら、時間が過ぎていた。

 戻ってみると、ルコ専用の小部屋にいつもとは違うおやつが乗っている。

「きゅ?」

 どうしたのかなと思ったけれど、良い匂いがするし、探検してお腹も空いていた。だから、ぱくりと食べた。

「きゅ!」

 とっても美味しくて、甘かった。

 ルコはこのことを誰かに話したくて、部屋を出て大部屋へ向かった。

 大部屋にはドラコエクウスやフェンリルがいる。彼等は大きな体なので、ルコを間違って踏んづけたらいけないと、寝室を分けているのだ。でも起きている間は出入り自由だった。ルコは、皆に駆け寄った。

(今日のおやつ、とっても美味しかったの!)

(あら、そう。うふふ)

 意味深なティグリスのお姉さんの笑いに、ルコは首を傾げた。

 でも、お姉さんは答えてくれず、他の皆に首を振っている。

(……皆も美味しいの、食べた?)

 もしかして、自分だけ先に食べちゃったのだろうか。ルコは不安になって聞いてみた。すると、皆、口々に美味しかったよーと返してくれる。

(俺は肉がいいけどな!)

(わしは肉より柔らかい山菜が良い)

(年寄りだなー)

(ふん。じゃが、あまーい餅団子も良いぞ)

 皆、食べ物の話は大好きだ。途端に、今まで食べた中で何が美味しかったのかという話題になってしまった。

 でも皆もおやつを食べたのなら良かった。ルコは安心して、彼等の話を聞いた。



 ルコは今、オスカリウス家で一番大きな騎獣の厩舎にいる。領都にある、本家の敷地内の厩舎だ。

 他に各街ごとに屋敷があるので、その敷地内にもあるらしい。

 ルコは騎獣としての勉強をしながらそれらを学んだ。

 ルコと同じ鹿系の騎獣も領内にはいるらしいのだが、グラシオの部下の騎獣だということで、あちこち飛び回っている。ルコが彼と出会ったのも数ヶ月してからだ。

 ちょうど、おやつ事件があった頃だった。


 ブーバルスのハリスは、初対面の時からルコに親切で優しかった。

 だから、何か問題はないかと聞かれて、ルコは素直に答えた。

(あのね。最近、ルコのところにだけおやつが置かれてるの)

(うん?)

(みんな、菜の花茹でだったり、スジ肉煮込みなの)

(お、領都の厩舎はおやつが豪華だな!)

 ルコは耳がへにょりとなった。それを見て取ったハリスは、慌てて真剣な声になる。

(それで? あ、まさかルコにだけ、その豪華なおやつがないのか?)

 勢い良く想像し始めたハリスを、ルコは急いで止めた。

(違うの。ちゃんと、置いてあるんだよ。でもね、それと別に、ルコの部屋の前におやつがあるの)

(……ふむ)

 考え込む風なので、ルコはまた急いで続ける。

(美味しいんだよ。お芋さん。お砂糖使ってるらしいの。お団子もあったよ)

(それはまた、豪華だな)

(うん……)

(つまり、どういうことだ?)

 ルコは少し、躊躇した。

 実はここの騎獣たちは、大変心優しいのだが、少しばかり楽観的な性格をしている。

 グラシオもよく言うのだが、単純なのだ。

 ルコにはちょっと羨ましい。ルコは考えすぎるらしいから。

(あのね、誰かがルコにだけ、おやつを多く置いてるの)

 そう言うと、ハリスはものすごく驚いた。

(な、なんと!)

(あの……)

(それは、求愛行動なのではっ。いや、だが、ルコは成獣とはいえ……まだ……)

(あの、あの、ハリス?)

(ハッ、しまった。俺としたことが。しかし、ルコにはまだ早いのではないか?)

 ハリスはルコが思うよりもずっと一足飛びの想像をしたらしい。ルコは困ってしまった。

 ルコにも発情期が来るかもしれないが、雄から求愛行動があるとは思えない。

 騎獣隊の隊長でもあり調教魔法も持つグラシオは、ルコに発情期があるかどうかさえ不安だと言っていたことがある。体が小さすぎるのだ。

 それに、ルコと同じルフスケルウスは、ここにはいない。

 ハズレだと言われるルフスケルウスだから、「騎獣」として取り引きされていないのだ。飼われているとすれば、どこかの貴族のお部屋の中だけらしい。

 そして、騎獣の求愛行動は、種族を超えることはないと習った。

 ハリスはどうやら覚えていないようだけれど。


 仕方なく、ルコが丁寧に説明してハリスには納得してもらった。

 同じ鹿型だからか、ハリスはそれ以来ルコのことを気にかけてくれた。

 しばらくは領都で過ごすということもあり、ルコのおやつ事件を解決すると意気込んでいた。

 ただし、皆には内緒、ということでルコは秘密を持ってしまった。



 でも秘密はあっという間にバレてしまった。

 ブーバルスの巨体で隠れていたら、すぐにバレるらしい。

 何、面白いことやってるのと、あっという間に騎獣たちに知られてしまったのだ。

 だから、彼等に最初から説明した。

 すると、一部の騎獣から、

(あ、それ、知ってる)

 という声が上がった。しかし、数体の騎獣は、

(内緒って言われたのにー)

 と言っていた。

 内緒ってどういうこと?

 ルコは少し悲しくなった。ルコだけ知らないことだったのだろうかと不安になったのだ。

 するとハリスが他の騎獣たちに怒った。

(こんな可愛いやつを泣かすな! 秘密にするなんて、ひどいぞ!)

(いや、お前が言うなよ)

(俺たちには秘密で行動してたくせに)

(そうだそうだー)

(うむ。それもそうだな。悪かった。で、どういうことだ?)

(実はな――)

 ハリスが謝ると、騎獣たちは何もなかったかのように話を続けてしまった。ルコはちょっと驚いて、ポカンとしてしまう。

(それ、カナルってやつが、置いていってるんだ)

(カナル? 人間か)

(そうそう。ほら、サラの部下だってよ)

(あー、サラか。俺、あいつ苦手だ)

(俺も俺もー)

 話が脱線しがちだが、彼等が教えてくれたところによると――。


 カナルという人間の男が、ルコの部屋に毎日おやつを置いていくそうだ。

 何度か覗き見た騎獣たちには「内緒でな」と頼んでいくらしい。

 騎獣からすれば、何故内緒なのか分からないが、悪い人間でないことは分かっている。それに彼等にも差し入れがあるようだ。

 何よりも、ルコにだけ美味しいものを持って来る。その意味を、騎獣たちは分かっているらしい。

 ルコには分からないその気持ちを、彼等は知っているのだ。

 ハリスも、

(そっか。ルコにだけ特別・・に美味しいものを持ってくるのか。ふーん)

 と、納得していた。


 ルコは、自分だけが特別扱いされることに、慣れない。

 グラシオから大事に扱われ、領地まで連れてきてもらった。でもそれは、ルコが死にかけていたからだ。

 騎獣たちがルコに優しいのも、彼等よりずっと体が小さいからだ。

 何か、理由がない「特別」は怖かった。


 ハリスに伝えると、彼は自分のあるじカルガリに頼んでくれた。

 ルコに理由を教えてほしい、と。できれば直接会ってやってほしいとも言ってくれた。

 カルガリは騎獣隊の人間だ。隊長のグラシオにも話し、やがてカナルにも伝わったらしい。

 けれども、カナルはルコへ会いに来ることはなかった。

 ルコは気になって、そわそわした。おやつの時間に部屋で待っていると、その時は来ない。

 しょんぼりして、皆のところへ行き戻ってくると、そっと置かれている。

 急いで厩舎を出るけれど、カナルはいないのだった。



 そんなルコの様子に、ハリスは心配になったようだ。彼は再度カルガリにお願いし、カナルが通るであろう場所を教えてくれた。

 ルコたちはそこでこっそり、カナルを見ることにした。

 カナルは特務隊というところに所属し、偉い立場の人らしかった。隊は違うけれど、グラシオと同じ隊長職だという。ハリスは全く分かっていなかったけれど、ルコはなんとなく理解していた。

 同時に、そんなすごい人が何故、ルコのためにおやつを持ってきてくれるのか考える。

 ……ルコのこと、好きなのかな? そうだったらいいな。でも違ったらどうしよう。

 ルコはドキドキしながら、カナルが通るのを待った。



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