幸せな希少獣の作り方-前編-

第一部126話、150話、355話あたりを読んでいれば、たぶん大丈夫かと。


カラス型希少獣コルニクスのコルが主人公です。





****************









 人の手で拾われなかった希少獣の行く末は、哀れだ。

 卵石から生まれたばかりの希少獣は、ただの獣と同じ。

 それが道端や山中にあるのだから、どうなるかは火を見るより明らかだった。


 魔獣ではなくとも、ただの獣にでさえ為す術なく食われてしまう。


 よしんば捕食者がいなかったとしよう。


 では、生き残れるか。

 答えは否定だ。


 生まれたばかりの希少獣は、ただの獣の子と同じ。

 庇護するものがなければ、生きてはいけないのだ。




 後にコルと名付けられた希少獣コルニクスが生き残れたのは、ひとえに偶然の重なった結果であり、奇跡でもあった。







 大型の鳥の卵と間違えられた卵石はキツネに咥えられて巣穴に運ばれた。

 キツネは途中で三目熊に出会ってしまった。母キツネは一撃で殺された。

 転がった卵石は草むらに入り込んだ。

 キツネの子らは親が戻ってこずに死んだだろう。

 卵石はそのままそこで朽ちるはずだった。

 しかし、そこに卵を奪われて探し回っていた鷲が、これが自分の卵だと思って見付けてしまった。

 卵石は運ばれた。彼等の巣に。


 そして、生まれてきたのが我が子ではないと彼等は気付かずに、育てた。

 同時に、生まれた希少獣の子に罪悪感を植え付けて。







 独り立ちした彼は、両親の縄張りからは遠く離れることにした。

 彼等が嫌いだったわけではない。

 むしろ育ててくれたことへの感謝しかなかった。


 長じるにつれ理解していくことに、彼は自身の存在を後悔し、かつ悩んだ。


 両親とは違う姿、通じない思考に、彼はほぼ真実を悟っていた。

 なんらかの事情で彼等の子はなくなり、代わりに自身がその場所へ潜り込んでしまったのだと。

 托卵という言葉は知らなかったものの、希少獣としての本能から理解していた。


 だからこそ、罪悪感を抱いたのだ。

 彼の存在が本物の子を失わせたのではないだろうか。

 そうではなくとも、我が子と信じて育ててきた両親だ。騙しているような気が、ずっとしていた。


 そしてそれ以上に彼が感じたのは、両親と通じ合えない不安と不満を、自身が持ってしまったことだった。


 それは決して抱いてはいけないものだった。


 彼は二度と故郷には戻るまいと決めて、飛び立った。


 鷲の習性として、独り立ちした子が親と関わることはなくなるとは知らなかったのである。







 その後は紆余曲折の獣生だった。


 孤独に生き、時折、人に飼われている希少獣と出会っては話を聞いた。

 彼等のあるじである人間は、彼のことをただのカラスだと勘違いすることも多かったので、追い払われることもあった。

 それでも近付いて話を聞いたのは、知識を得たかったからだ。


 稀に面白がって会話を試みようとしてきた人間もいる。だが大抵は、ろくなことを考えていなかった。

 はぐれ希少獣と主従契約をするのではない。利用しようとするのだ。まともなはずはなかった。


 人嫌いのドワーフが住む庵で、話を聞いたこともある。

 調教魔法を持たない男と会話が成り立ったわけではない。

 ただ一方的に、独り言を聞いていただけだ。人嫌いの理由をただ延々と垂れ流す、言葉の塵芥を。



 年老いて捨てられた騎獣とも出会ったことがある。

 役目を終えて、その後の面倒を見ることができなくなったからと山中に置いていかれたのだ。

 その老騎獣の最期を、彼は看取った。

 若かった彼は憤ったが、老騎獣は微笑んで宥めたものだ。

 怒ることはないのだ。わしは十分に満足だった。あるじのために働いて、魔獣を倒してきた。これほどの喜びがあるだろうか。

 働けなくなったあなたを捨てたのにか! と問うた彼に、老騎獣はそうだとも、と頷いた。

 それこそが希少獣たる所以なのだと、言い切った。




 人に拾われず、あるいは育てられないと捨てられた卵石の、不幸な結果にも立ち会った。

 最初の不幸を乗り越えても、魔獣に殺される。

 あるいは餓死したと思しき跡を見つけたこともある。


 その度に、彼の胸に苛立ちが募った。


 何故、希少獣はこのような生まれに付いたのだろうか。

 何故、希少獣は人の力を借りねば育たないのだろうか。

 何故、希少獣は人のために尽くし働き、捨てられねばならないのだろうか。


 このようなことのために生まれてきたのかと、何度も何度も考えた。


 ただ、その度に、あの老騎獣の言葉を思い出すのだ。


 ――わしは十分に満足だった。あるじのために働いて、魔獣を倒してきた。これほどの喜びがあるだろうか――


 彼には理解の出来ないことだった。想像さえ出来ない。

 彼は人と、共に歩んだことがないからだ。







 長く、長く、孤独に生きた。

 だからだろうか。

 放浪の末に、ふとした拍子に助けた幻獣と共に旅をすることにした。

 幻獣と言えども元は芋虫だった。ただの獣よりも思いが通じることはなかったが、ほんのりと好意を感じられたので助けたことへの感謝はしているのだろう。

 彼はペット感覚で、旅の同行者としてエールーカを連れ、森の浅いところを進んだ。


 希少獣とはいえ、彼はコルニクスだ。

 魔獣を倒せてもせいぜい小型種まで。奥深い山に住む大型魔獣を相手にするなど、とんでもないことだった。


 過去、何度も魔獣に襲われそうになり逃げ惑ったことがある。

 警戒心が強かったために常に逃げることを想定していたからか、彼は助かってきた。


 しかし、どうにもならないことはある。


 ある日、彼は火竜の繁殖活動に巻き込まれてしまった。

 後で分かったことだが、雌の火竜達が巣を作るために火山口へ降り立ってきたのだ。

 災害とも言える彼等の出現に、彼はどうすることもできなかった。


 跳ね飛ばされるようにくるくると舞い上がり、木々の中へ突入した。


 羽が折れ、足も傷付き、いよいよこれで終わりかと思った時に、彼はある人間と出会った。


 それが、彼の今後の生き方を変えるきっかけとなった、シウとの邂逅だった。




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