生きるに強いは
カリッ――。
音がして。
あったかいものに転がされて、気持ちよくて。
生まれた時のこと、俺は覚えてた。
きょうだい達は忘れてたから、ばかなんだと思う。
ばかって言うと怒るし、ちょっとのことで取っ組み合いの喧嘩になる。餌の取り合いもいっぱいした。
そういうのが、ぬくぬくして、あったかい。
ずーっと、それが続くと思ってた。
気がついたら、母ちゃんに巣から追い出されていた。
飛べるようになったから仕方ない。
でもちょっと寂しくて、巣の周りを飛んでみた。
そしたら知らない大きな雄が来て、追い掛けられた。
慌てて逃げた。
逃げ切ってやった。
お腹が空いたから、大好きな黒い牙の奴を食べようとした。
逃げられた。
母ちゃんの爪より自分のはずっと小さくて、持ち上げられなかった。
柔らかくして食べさせてくれた母ちゃんはもういない。
困ったな、と思った。
河原にある石を掴んで、上から落としてみた。
何度かやってると命中して、黒い牙のが倒れた。
急降下すると枝がバシバシ当たって痛かったけど、なんとか降りた。
俺、偉い。
黒い牙のは美味しかった。
毛をむしるのが面倒で一緒に食べたら、後でお腹を壊した。
お尻から毛がいっぱい出てきて、こいつが悪いんだとドシドシ踏んでいたら、通りがかったきょうだいが「ばーか」と笑って飛んでいった。
むかついたので追いかけた。
でも、途中でお腹が痛くなって、ぶりぶりしながら飛ぶことになった。
すごい発見。
飛びながらできるの、鳥以外で俺だけじゃないか。
俺、すごい。
森にはいっぱい餌がある。
耳の長いのとかはおやつ。
あんまり食べた気しないから、本当は黒い牙のが好きだ。
たまに葉っぱも食べた。
母ちゃんが食べた方がいいって、言ってた気がするから。
きょうだいも食べてた。
虫が出るんだって。お尻から!
虫って、小さいのに、悪いヤツらしい。
たまに毛のない、変な皮を着た生き物がやってくる。足がよっつあるのに、ふたつしか使ってない。
母ちゃんはあれは食い物じゃないと言っていた。
小さいけど強いから近付いちゃダメだと教えてくれた。
虫なのかもしれない。
ある日、一緒に遊んでいたきょうだいが見えなくなった。
縄張りを変えたのかもしれない。
そのうち、残りのきょうだいも見えなくなった。
じゃあ、俺がこの縄張り全部、使えるのかな。
やったぜ、って思ったけど、ちょっと寂しかった。
内緒だ。
あいつらに言うと、また「ばーか」って笑われる。
俺は縄張りを広げるためにあっちこっちへ行ってみた。
たまに同じ姿の雄と喧嘩することもあった。
勝った。
俺、強い。
似たような形だけど、匂いが違う雄も見かけた。
そいつは「ふん」とむかつく笑い方で俺を見下ろし、逃げていった。
俺が怖かったんだな。
ばーかばーか。
でも、途中でそいつが同族らしい雄と喧嘩しているのを見て、ちょっと、ちょっとだけだぞ、驚いた。
そいつ、火を吹いてたんだ。
火は怖い。
俺の餌がいる森をあっという間に消してしまうからな。
あと、あれに触ると痛い。足がずくずくして、長い間痛かった。
餌なんて、みんな真っ黒になってた。
食べようと思って口にしたら、まずいし、お腹壊すし、最悪だった。
だから、火は怖いって、母ちゃんは言ってたのか。
たしか、小さい変な生き物も火を使うらしい。
気をつけよう。
でも、森のなかではよく火がボワッとなってた。
おやつにもならない小さいのが、コケーッと鳴きながら火を吹いてる。あいつらのせいで降りれなくなるから、俺はコケーッは嫌いだ。
あと、小さい変な生き物。
あいつら、俺の餌に向かって火を吹くから、腹が立つ。
俺の餌だぞって思うけど、母ちゃんの言葉を守るのだ。あいつらに近付いちゃダメ。
決して、怖いからではない。
ある時、ものすごく良い匂いがして、俺は森から飛び上がった。
どこからだろう。
気になって、フラフラ飛んで探すことにした。
最近お気に入りの飛び方で、ぴゃーっと飛んでいたら、変な集団を発見した。
俺と同じ形の奴らが並んで飛んでる。
結構早い。
何やってるのかと思って近付いたら、背中に小さい変な生き物を乗っけてた!!
え、なんで。
あいつら怖いんじゃないの?
それとももしかして、すごく美味しくて、良い餌?
気になってもっと近付いたら、先頭にいたのがクルッと回転してこっちに向かってきた。
お、喧嘩か?
俺はやるぞ!
と、思ったら、すごく良い匂い。
なんだろう。こいつ、美味しいものでも持ってるのかな。
『よう。お前野良か。飼われてる気配ないな。よしよし』
上に乗ってるヤツが鳴いてる。
いつも思うけど、こいつらの鳴き声って変だよな。
俺、おやつの鳴き声が好きだ。キュィーっていうの。
『スヴァルフ、調教スキル持ち、こっちへよこせ』
『はいはい。気に入ったんですね』
『おうよ。腹を上にして飛ぶアホウは初めてだからな。滅多に見かけないお宝だ』
別のも近付いていて、小さい奴等同士でギャーギャー鳴いてる。
乗せてる奴は俺と同じ同族みたいなのに、睨んだら目を逸らすし喧嘩してこない。同族じゃないのかな。匂いもあんまりしないし、変なの。
「ねえ、あなた。仕えている主はいないの?」
良い匂いの奴が喋った。
あ、こいつ、雌だ!
「聞こえてる? 同じ種族ならスキルで会話ができるはずなんだけど」
『ルーナ、こいつ大丈夫か? よだれ垂らしてるけど病気持ちじゃねえだろうな』
「病気じゃなくて、お腹が空いてるのかも」
『俺のお姫様に変な病気が移ったら困るな……』
「主様、ちょっと聞いてる? 相変わらずこっちの言葉は聞こえないんだから。……ところであなた、わたしの言葉が分かる?」
わかるわかる。
なんか良い匂い。
雌だからかな。でも、きょうだいにも雌はいたけど、こんな匂いじゃなかった。
俺は気になって顔を寄せた。
近くにいた雄が怒るかと思ったのに、そいつらは引いた。
群れてるし、雄だから喧嘩するかと思ってたのに、ちょっと拍子抜け。
まあいいや。
俺は匂いを嗅ぐのだ。
スンスンしてたら、雌が目をぐるりと回して睨んできた。
「いきなり匂いを嗅ぐなんて、躾のなってない。やっぱり野良ね。それに、臭い。あなた水浴び一切していないでしょう」
「みずあび……?」
なんだそれ。
「信じられない! 水浴びも知らないの? だからそんな、魔獣の糞が腐ったみたいな臭いなのね。ちょっと、近付かないでくれるかしら。あ、もう! 翼を触らせないで。ホバリングも下手なの!?」
なんか、怒ってる。
雌ってよく怒るけど、でもなんか気分いい。
こいつ、良い匂いするし、いっぱい喋って面白い。
俺と狩りしようぜって誘おうとしたら、また別のが飛んできた。
そしたら同族の方じゃなくて、なんと上に乗ってる小さいのが喋ったんだ。
「オーイ、キミキミ、ヨカッタラオレタチトイッショニコナイカ? オイシイエサモイッパイアルヨ」
って、俺達の言葉で!
びっくりしていたら、雌がまた睨んできた。
「グラシオ、わたしは嫌よ。この子、臭いんだもの。あと、その喋り方バカっぽいわよ」
「エー。ティグリスハコレデツウジテルノニ」
「彼は優しくて賢いから、合わせてくれてるのよ。マオルに習えばいいわ」
「アノヒト、チョウキョウシレベル4。オレニハムリダネ」
雌も喋ってる。
すごい!
俺はもうびっくりして。ぴかーんと体が固まってた。
だから雌の上にいた小さいのが動いたのも、全然気にしてなかった。
そいつは、雌の背中を走って、俺の上に飛んできた。
それで蔓みたいなのを首とかにグルッと巻いた。前に森へ突っ込んで遊んでいた時に絡まったから、よく分かるぞ。
これ、取れないんだ。
思い出したらイライラしてきた!!
体を揺すって、翼をばたつかせてそれでも取れない。
あとは地面に擦り付けるしかないと思って、急降下。
そしたら雌が体当たりしてきた。
「やめて! そこに主が乗ってるの!」
「あるじってなんだ?」
「だから、止まってって言ってるでしょう!」
『ていうか、ルーナ、お前がぶつかってきたら俺マジでやばいだろうが』
小さいのが俺の首にすがりついたまま何か鳴いてたけど、わかんなくて、でも雌が止まれって言うし、止まってみた。
そしたら俺の上にいた小さいのが飛んでいった。
雌が慌てて追いかけて、翼で受け止めてる。
すごい!
飛んだのを、翼で止めるんだ!!
あんな遊びができるなんて、もしかしてこの雌、すごくねえ?
俺もやってみたい。
ぽん、て受け止めたい!
急いで雌のところに飛んでった。
そしたら、すごく怒られた。
あと、あれは遊びじゃないんだって。
なんだ、そうなのか。
つまんないの。
でも、雌が嫌そうな目をして、俺に小さいのの話してる言葉を教えてくれた。
「もっと楽しい遊びを知ってるけど、教えてやろうか、ですって」
「あそび!」
「さっきの急降下、いつもちゃんと止まれてる?」
「ううん。げきとつ」
「あ、そう」
なんだかものすごく冷たい声で、雌が言う。
これ、母ちゃんが怒っていた時の声だ。
きょうだい喧嘩をしていて、餌を投げたら怒られた。
粗末にするんじゃないって。
粗末ってどういう意味だったかな。
「激突しない方法、あるわよ? わたしもできる」
「えっ」
「あそこにいる皆、ほとんどできるわよ。でもわたしが一番上手いわ」
「そ、そうなのか! お前すごい!」
「お前じゃないわ。ルーナよ」
「るーなって何?」
「……名前よ。あなた、名前もないの?」
「なまえって何だ?」
ああ、ダメだ、って言って、雌は小さいのと話を始めた。
俺はお腹が空いたので、雌が良い匂いなのに餌も持ってないし、遊んでもくれないようなので帰ることにした。
そのまま方向転換して飛ぼうとしたら、雌がちょっとだけ付いてきながら話しかけてくる。
「帰るなら、じゃあね、ぐらい言いなさいよ。それより、このへんが縄張りなの?」
「うん」
「じゃあ、また来るわ」
「そうなのか。遊ぶ?」
「ええ。それと、美味しい餌も持ってきてあげる」
「そうか!!」
それはとっても嬉しいぞ。
それに地面に激突しない遊びも教えてくれるのか。
俺、ますます強くなる。
うん。
「雌、来るの待ってる。ええと、じゃあね?」
「……雌じゃなくて、ルーナよ。ええ、そうね、じゃあね」
俺達きょうだいを追い出した時のような母ちゃんの顔になって、その時の母ちゃんと同じ言葉「やれやれ」を言って、雌は帰っていった。
あの雌は母ちゃんと同じなのかな。
まあ、いっか。
俺はすぐ忘れて、餌を狩りに行った。
それから、そいつらは何回かやってきて俺が名前を覚えた頃、一緒にそいつらの縄張りへ行くことになった。
だって毎回美味しい餌くれるし。
遊びも面白かった!
人間も、強いし。
そうそう、小さいのは「人間」って言うんだって。ルーナが、人間は弱いけど賢いから強いんだって教えてくれた。俺もマホーで何回もびったんびったんされた。
超楽しかった。
だから、ついていった。
でも人間の「調教師」ってやつにいっぱい勉強させられた時は、何度も元の場所に帰ろうかなって思った。
だけど、ルーナが良い匂いだし。
ルーナの主の人間が、こんな可愛いお姫様とは二度と出会えないぞって言うから、そうかなと思って我慢することにした。
なんだか、離れたくない気持ちなのだ。
良い匂いだから食べたいのかな?
でも同族食いはダメだ。
それは、本能とかいうやつで分かってる。
『見てみろよ、こいつのがたいと面構え。好奇心旺盛なところも良い。絶対に強くなるって言っただろ』
「でも、番の相手には嫌だわ。バカだもの」
『コイツ、バカだけどなー。でもほら、飛竜は強い相手が良いんだろ? 俺もお前をそんじょそこらのバカに託すのは嫌だが。マオルも発情期までに躾けると言ってるし、もう少し気を引いてくれ』
「主が言うなら、仕方ないけど。わたし、本当に嫌なのよ。分かってる?」
『お、嫌だって言ってるのか? まあなあ。俺も、飛びながら糞してるこいつを見て、頭おかしいと思ったからなー。しかも俺すごいだろって言ってたって……』
人間はよく鳴くけど、ルーナの主はそれに付け加えて「ワハハ」って「笑う」。
変な生き物だ。
でもルーナといっぱい喋っているのはちょっといいなと思う。
俺と喋ると、ルーナは時々黙るからな。
「笑い事じゃないんだから。水浴びもしないし、本当に臭いのよ。ソール、あなたのことよ、聞いてる?」
「うん。ルーナ、いいにおい」
「聞いてないのね。本当に、もう!」
ルーナはどすどす地面を踏みならして、怒りを表した。
こういう時は黙ってるのがいい。
母ちゃんもよく怒った。そういう時はおとなしくしているのがいいのだ。
「ソール? とにかく、もう少し綺麗にして。でないと今度の競争の相手、してあげないから」
「えっ、それは嫌だ!」
「あなた、急降下も上手くないでしょう? 水浴びしないからよ!」
『え、そんな嘘は――』
マオルって人間が話しかけるのを、ルーナの主がギャーギャー喋って止めてた。
『お姫様の望み通りにしてさしあげろ、マオル』
『キリク様~バレてもしりませんよ?』
ルーナの主がなんて言ったのかは分かんないけど、マオルは主の名前を変な声で呼んでる。そういえば名前っていうのがあるんだって。俺にも名前ができた。
「水浴びしなさい、ソール。いいわね?」
「……わかった。でも、その後、舐めてくれる?」
「ソール。毛づくろいはね、飛竜はやらないの。分かった?」
目が、母ちゃんだった。怖い。
俺はウンウン頷いて、ルーナの言うことを聞くことにした。
そういえば、俺達を追い出した時、母ちゃんが言ってたなあ。
「気になる相手がいたら、それが番だ。大事にしなよ。相手の言うことをよく聞いて、好きになってもらいな。あんたらの父親はあたしの注意を聞かずに死んじゃったからね。分かったら、とっとと出ていくんだ。繁殖期の雄が来たら、殺されるよ」
だから、ルーナの話は聞いた方がいいのだ。
大分後になって、良い匂いは番(つがい)だからだって教えてもらった。
でも、番になった後も、ルーナはずっと俺のことを「臭い」って言ってた。
もしかしたら他に気になる雄がいるのかもって思ったけど、番になった飛竜は相手が死なない限り、浮気はしないんだって。
よく分からないけど。
とりあえず、ルーナがいて、美味しい餌があって、面白い遊びがあるならそれでいいかと思う。
ここにいるといろんな面白いことがあるから。
たぶん、ずっといると思う。
俺よりずっと小さいのに、水竜の尾を振り回して脅かしてきた人間の小さいのとかも面白かった。こいつは美味しい餌をくれるようになったので、お気に入り。
あと、いっぱい溢れてくる獣を倒したり、急降下しながら大きな奴を倒すのも、面白かった。
ルーナの主はいろんな遊びを教えてくれるから、結構好きだ。魔獣がいっぱいのところにも連れてってくれた。倒すの楽しすぎて、ルーナに怒られたぐらい。
でも、ルーナの主のキリクって奴は、楽しかっただろうって俺をいっぱい褒めてくれた。
これからもきっと楽しいと思う。
俺、やっぱりすごい雄なのだ。
判断力あるし。
番も見付けちゃうし。
それに、卵も生ませた!
きょうだい達も同じように暮らしてるのかなって、卵が生まれてから、思った。
ルーナも母ちゃんみたいに怒るのかな。餌はちゃんと食えって。
俺も教えてやろう。
黒い牙の毛は食べちゃダメだって。
あれ? でもあれは、糞の詰まった腸を食べたからだったっけ?
マオルが教えてくれたけど忘れちゃった。
まあいっか。
とにかく、早く卵が割れるといい。
それでみんなで飛ぶんだ。きょうだい達と遊んだみたいに。
「はやく、出てこい」
母ちゃんがやったみたいに、俺は怒らないからな。
だから、早く出てこい。
俺の卵達。
カリッ――。
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繁殖期の雄からすれば、番相手のいない雌はすべからく対象となるので、前夫の子供なんぞ邪魔以外のなにものでもない。雌も番として認識したら周りに気を配れなくなるので、ソールの母親は子供達の巣立ちを早めに行ったという話。
普段でも雄の争いは大変なのに、ここへ大繁殖期が重なると怪獣大戦争に。
本文の、火竜や地竜の大繁殖期シーンでは全く分からないでしょう。
どこかに情景描写を上手に書く才能が落ちていたら、拾い食いしたいところです。
体に合わないとぶりぶりしちゃうかもしれないがw
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