第6話 脅威

「それでは、今回の『虐殺(ジェノサイド)』、我が隣国のノル王国民全員殺害及び王国崩壊事件の三ヶ国協同による第一時調査班結果報告のまとめを説明しよう」


 紙巻きタバコの匂いがこもる薄暗い部屋、作戦室にて、白髭の軍人が口を開く。

 年齢は五十代、堂々とした体躯、年季の入った軍服に飾られた勲章。そして、左顔面のこめかみからアゴヒゲまでを縦に横断する戦傷。それはまるで、鍛え込まれ、使い込まれた折れぬ鉄塊を想起させる男だった。


「まず事件の開始は、恐らく三週間前。ノル王城にて最初の虐殺が発生したと推測される。これは場内の死体の状態から算出した。各員、事前に配った資料を見てくれ」


 広大な会議用テーブルにならぶ様々な人影が、いっせいに手にもった紙の束をめくる、静寂の部屋に、紙ずれの音が響く。白髭の軍人、《鉄砂》のロベック・グドロ第三騎士団団長はそこへ懐から取り出した代物を投げた。

 転々と軽やかに転がるそれは、例えるならダイス、全ての面に記号化された『眼』のモールドが刻みこまれた真鍮製の正六面体だ。


「一つ、聞き忘れたが、」


 テーブルの中央で停止、天を向いた面から、光が伸びる。

 空間に、映像記録魔術具による再生映像が映し出された。


「皆、昼食は済ませた後だろうか?

まあ、訓練された身なら多少の事は大丈夫とは思うが。

いまさらだが総員、覚悟したまえ。――これは視覚化された地獄だ」


 テーブルを囲む総勢十六名――――第三騎士団、分隊長十五名と団長に粘つくような緊張が漂う。展開される映像から、僅かな情報の残滓さえ残さぬよう目を見張る。

 最初に映し出された映像は、黒だった。やがて映像が動く、それは記録映像の不備ではなく、乾き変色した壁の血だと隊長達は気づいた。

 さらに視点が動く。砕けた壁。裂けた床。転がる肉塊。場所は王城内、本来ならば威厳を伝える装飾と内装に満ちたはずの室内は、ただ混沌と死に満ちていた。

 視界の端などで動く白装束の人間が見える。白装束の正体は、対魔術毒物装備をした調査団の人員だ。


 映像が切り替わる。薄暗い一室、光る塗料で床に描かれた魔法陣が見えた。


「虐殺の発生点である王宮、その地下室にて恐らくは『召喚』に使用したと見られる召喚陣などの道具が発見された」


 団長の言葉に、ざわめきが広がる。本来ならば鍛え上げられた兵士達の筆頭者である各隊長に、隠せぬ動揺が見えた。


「精々、神話か伝承の類いとされてきた他世界からの召喚術式、だがノル国では歴史上それにより外敵を排除したと記録されている。今回も対魔王用に召喚を試みた、というのが調査団の現在の推測だ」


 映像が切り替わる。再び、残虐な光景へ。

 四肢が切断された腐乱死体。元に突き立てられたナイフ。


「王宮の虐殺の特徴は大きくわけて三つ、

一つはこの場所でのみ唯一、拷問が行われている。対象は王と娘である姫」


 次に映されるのは、潰れた男の生首。そばに散らばるは女の指。


「本来、拷問とは情報の取得や憎悪を晴らすために行われる行為だ。

つまり犯行者は王族になんらかの情報を聞きたい、もしくは恨みがあったと考えるのが順当だが……

国民を皆殺しにするという狂気の前では、犯人内面の正確な推理はあまり意味をなさんだろうな」


 呻き声が部屋のどこからか聞こえる。既に、この場にいる何人かが映像から見える虚無に呑まれかけていた。


「二つ目は、他の場所と比べて殺害方法は単純な腕力によるものばかりだということだ。

残留魔素の少なさから、大規模魔術の使用は確認されていない。城から離れた他の場所では大規模魔術の使用は確認されていた。

それにより、王宮での虐殺は他の場所に比べ非常に滞在時間が長かったと考えられる。

王宮以外ではスピーディに虐殺をしているにも関わらず、だ。

そして三つ目、王宮でのみ、国民ではなく奴隷で殺害された存在がいる」


 奇妙なことに、虐殺者の行動に一貫性が無い。

 奴隷を殺さないかと思えば、初期の段階で殺している。

 強力な戦力を持ちながら、序盤でやたらもたついている。

 まるで予備知識や準備無く、いきなり計画を開始したかのようなつまづき。


「まず虐殺者の人数が不明だ。

拷問の痕から、拷問に携わったのは恐らく一人。だが犯人が多人数なら一人だけ拷問に参加するのは不自然過ぎる。

そして、死体の状態から虐殺は王城を外から攻めて、ではなく城の中庭、つまり内部から開始されている。

ということは規模から考えれば、重装備の戦術級魔術師クラスを最低でも三十人は王宮内部に引き入れなけねばならない。王宮警備の観点から、そんな戦力を城内に入れる事自体有り得ない。

王宮での被害者以外の残留物、足跡は一人しか発見されていない。

つまり」


 喉の乾きに、傍らの杯に入った水を飲み干す。冷徹な推理の結果、表れるのは有り得ない怪物の足跡。


「つまり、――――犯人数が一人なら全て不自然さが解決出来る。だがおよそ一人の人間が成し得る所行では無い、ということだ」


 室内の空気が乾き、凍る。この場の全ての人間が、今この世界に『理解を拒む何か』が存在する事を直感した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る