第4話 小屋

――悪い物を取れば、あとは良いものが残る。


 踏みしめる落ち葉、かき分けるは獣道。鬱蒼とした湿った土の臭い。曇天の薄暗い森を、勇者は歩く。


――そうすれば、あの剣士の人がいうように、僕は「真の勇者」になれるだろうか?


 自らが惨殺した男を思い出す。不条理を砕けと、弱者を守れと、世界を救えと、最後に言い残した。

 架せられたものの重さなど勇者は知らない。ただそれにいかに成すか、それだけが課題だ。いかにせよ、最初の願いは果たした。真逆という結果だが。


――魔法って便利なんだなぁ。


 魔法の使い方は知らなかったが、必要な素養はあったらしい。国を滅ぼす作業の最中、魔術が使える兵士達と戦った。

 最初は手こずったが、相手の魔術を見て覚えられることに気づいてからは、一方的に勝てた。

 ものの覚えがいいのが役に立ったのか、それともこれも勇者の強化された力の一部なのか、とにかく今では治療や攻撃魔術は一通り使える。


――魔法が使えないと、全員殺すのはもっと時間がかかったろうなぁ。


 国の規模はそこそこあったが、国民に対し奴隷の人数は約二割。あらかじめ調べたところ、奴隷は国民では無いそうなので、殺害からは除外。途中から魔法を使い始めて、目的完了までは飲まず食わずで人を殺し続け、二週間かかった。


――城の殺した人員に、奴隷は居たろうか……


 知らなかったとはいえ、悪いことをした。国民でなく物扱いなら、殺す必要は無かっただろう。

 だが、それもすべて一週間前に完了した。今はあの剣士の男との約束を果たさねばならない。


 善も、悪も男には理解できない。

 魂は叫ばず、心は動かず、ただその脳が、常人には歩めぬ道と出来ぬ方法を模索する。


 やがて、森の中で足が止まった。


――小屋、か。


 板壁を這う蔦、割れた屋根。やや朽ち果てた山小屋が目の前に現れた。

 食料は、先ほど山賊から奪った物がある。今日の寝床はここにするか。

 男は静かに、小屋の中へ足を踏み入れた。



 予想通り、小屋の中は荒れ果てていた。だが、


――人が、いた?


 わずかに外気温より室温が高い。

 魔術により照明を灯す。真っ暗な部屋が照らされる。

 暖炉には燃えかす、水をかけられた後。触るとわずかに熱を感じる。

 テーブル、ベッド、毛羽立った毛布、狭い部屋に簡素かつ粗末な家具。

 ふと、ベッドの下を見る。ボロボロの服らしき裾がはみ出ていた。わずかに動く。


――……いる、のか?


 しばし、沈黙。

 しゃがむと男は、やはり無表情にベッドの下へ腕を突っ込んだ。


「わっ! ちょ、ひぃ!」


 声が聞こえる。細い足に顔を蹴られながらも、なんとか首根っこを掴んで引きずりだす。


「いや、いやぁ!」


 思いの他体重が軽い。魔術照明の下、隠れていた者を掲げ、しげしげと見つめた。


 彼のいた現代日本、その同年代よりも細い骨格。長いというより手入れされていない赤髪、裾がボロボロの粗末な服。顔にはあざ、暴行の痕。

 華奢な腕で、必死に顔を守る。


「やめて! 下ろして、何もないよ! お金も食べ物も何も無いよ、殴らないで!」


 まだあどけない、しかしひどく怯えた十才ほどの少女だ。

 そして、男は少女の首筋のある物に気づく。

 正三角型の焼き印の傷痕、それは少女が人ではない存在、物であることを示す。


「――――奴隷、か?」


 無表情に、男は呟いた。

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