召還士と弟子
NEO
第1話 始まり
「タータ、今日はずいぶん気が散っていたわね。死ぬわよ!!」
私は弟子である男の子を叱りつけた。
「ごめんなさい……」
目に涙を浮かべて謝るタータ。確か、今年で5才のはずだ。まあ、可愛い。泣かせると特に。
「まあ、いいわ。今日はもう帰りなさい。予習復習は忘れないように……」
私は机に向かい、サラサラッと紙に書く。
「はい、今月の授業料の領収書。テリアさんによろしくね」
私は小さな封筒を紙に入れ、タータに渡した。しかし、彼は帰ろうとせず、なにかモジモジしている。
「ん? トイレ?」
不思議に思いながら彼に近寄って行くと、タータはうすピンク色の封筒を差し出した。
「これ、読んで下さい!!」
封筒を押しつけるように私に渡すと、逃げるように去っていった……
ここはイージス王国王都シウスシティ。その郊外にある広大な敷地が、私の自宅兼魔法の私塾である。ちゃんとした魔法学校もあるのだが、あそこは倍率が高い上に授業料も高い。よって、学校に行けなかった子の受け皿として、こういった私塾が無数にある。その1つが私の塾だ。
他の私塾が攻撃魔法や防御魔法といった一般的な魔法を教えるのに対し、私が教えるのは「召還魔法」1本だった。差別化という意味もあるが、この私の特技は召還魔法なのである。多少の攻撃魔法や防御魔法、回復魔法は使えるが、基本的に召喚魔法しか使わない。全て代用出来るからだ。
そんなわけで、正直、商売としてはあまり儲かっていない。やはり、ちょっと特化しすぎているのだ。今のところ、私はタータとマンツーマンで召喚魔法を教えている。
あっ、自己紹介が遅れたわね。私はアムラーム・チヌーク。よろしくね。
「さてと、何が待ってるかな……」
私は自宅のリビングで、タータから渡されたうすピンク色の封筒を丁寧に開封した。几帳面な彼らしく丁寧に畳まれた便せんを開けると……はぃ?
『好きです。好きというのは、その、何というか……(以下略)』
「ラブレターかい!!」
私は32才です、はい。相手は5才です、はい……。
「無理だぁぁぁぁ!!」
私は思わず便せんを破りそうになったが、思いとどまり丁寧に折って封筒に戻し、そっとチェストの引き出しにしまった。
この年齢まで彼氏らしい彼氏を作った事もなく、当然恋愛の仕方すら分からず、そのまま三十路に投入してしまった私が、5才の彼氏??
……い、いやいや、あり得ないでしょ!! 無理でしょ!! 犯罪でしょ!!
「はぁ、いかん。落ち着け……あのバカ」
何を5才の弟子に心乱されているのだ。私らしくもない。当然却下である!!
「全く、明日来たらボコボコにしてやる!!」
私はそう心に誓ったのだった。
「……で、あの手紙はどういうことかしら?」
翌日、いつも通りやってきたタータに聞いた。
「僕は本気です!! 決してからかっているわけではありません!!」
……半泣きは反則でしょ。可愛すぎるんだよ!!
「分かった。じゃあ、1つ課題。『ダーク・ドラゴン』を召喚してみて。上手くいったら付き合ってもいいわよ」
私は今のタータでは無理な課題を出した。ほぼ確実に失敗するが……。
「……分かりました。僕が本気な事を証明します!!」
……おいおい!?
「ちょ、ちょっと待ちなさい。ダーク・ドラゴンよ。失敗したら……」
吐息(ブレス)1発で街の半分が消える。数あるドラゴンの中でも最強の種である。
踵を返して庭に向かったタータの後を、私は慌てて追いかける。自分で言ったことだが冗談じゃない。あれは遠回しに断ったつもりなのだ。まさか、本気で呼び出すとは……。
私が庭に出た時には、タータはすでに予備動作を終えていた。地面に輝く巨大な魔方陣。こうなったらもう手出し出来ない。術の完成を待つしかない。大丈夫か!?
タータは呪文を唱え終え、巨大なドラゴンが魔方陣からせり出してくる。ここからだ。ここからが力量が試される。召喚獣を制御出来るかどうか……。
私の心配は杞憂に終わった。タータは完璧に制御して見せた。文句の付け所がない。
「先生、出来たよ!!」
「バカ、集中!!」
ズドーン!!
タータが気を緩めた瞬間に術の制御が外れ、いきなり強烈なブレスが街を襲った。
「あわわ、どうしよう!?」
「カウンター!!」
私は慌てて魔法を打ち消す魔法を放った。召喚魔法が解除され、ドラゴンはいずこかへと消えていった。
「全く、せっかくいい感じだったのに……」
「呼んで」「戻す」までが召還魔法だ。先ほどのタータは50点かな……。
「ご、ごめんなさい!!」
……ええい、だから泣くな!! その顔が可愛すぎるんだって!!
「まあ、過ぎたことは仕方ないわ。それより、回答だけど……」
私の言葉にタータがゴクリと唾を飲み込む。
「……約束だもんね。まさか、本当に呼び出せるとは思っていなかった。最後のミスは見なかった事にしてあげるわ。付き合うって、何するつもりだったの?」
私はため息交じりにタータに聞いた。まあ、5才の考えることだ。ママゴトみたいなものだろう。
「えっと、手を繋いだり、一緒にどこかに行ったり、そのキスとか……」
タータの顔が真っ赤になっている。ついでになぜか半泣きである。可愛いやつめ。
「あっそう。じゃあ、お近づきの印にキスしちゃおうか?」
「ええええ!?」
私の言葉にタータが悲鳴のような声を上げる。冗談なのに。
「アホ、本気にするな。私だっていきなり……えっ?」
目を閉じたタータの顔面が、私に向かって急速接近していた。ちょ、ちょっと待て!?
私は思わず顔を逸らし、タータの唇は頬に着弾した。これだけでも、十分なダメージが ……。
「こ、こら、こういうのは段階が……」
……言えない。キスの仕方1つ知らない三十路だなんて。魔法の研究で忙しかったんだよう。
「えっ、だって先生が……」
冗談という言葉をしらんのか!!
「せ、積極性は認めるわ。これが、魔法に向けばねぇ」
なるべく動揺は見せないように、私はタータに言った。
「うっ……」
言葉に詰まるタータ。まったく、心臓に悪い子だ。
こうして、泣き顔が可愛い5才の男の子と、男のおの字も知らない私のあり得ないカップルが誕生したのだった。どう考えても、上手くいくとは思えないが……。
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