《第83話》Happy Halloween #パーティ編

 陽も沈み、街灯が白い光を道路に落とすなか、1人、また1人とカフェへと踏み込んでいく。

 呼吸を整え扉を開ける姿はさながらダンジョンに踏み込む勇者のようでもあるが、これから仮装しなければならないという重圧があるようだ。今まで体験したことのないことをするときは、一歩を踏み出すのに勇気がいるというもの。

 それは歳を取ると尚更顕著にあらわれるようだ。


 が、若者は特に問題はないようで、さも当たり前に着替え、さらに待ちどうしそうな表情を浮かべているではないか!


 そんな様子を羨ましくも疎ましくも見つめながら、もそもそと着替えているのは三井と連藤だ。ジャケットを脱ぐのも一苦労のようである。

 だが彼らはいつものスーツにオプションをつければいいだけなので、連藤は頭を切り替えると、莉子から引き継いだ料理の仕上げにとりかかった。


 彼の声かけのもと、ピザとラザニアに指を生やすとオーブンへ入れ、さらにスープを温め、カナッペなどを盛り付け、次々にカウンターへと運んでいく。


「マジ、ゾンビの手みたい」

 瑞樹がはしゃぎながら出来上がったピザを運ぶが、脳みそのカップケーキを見た巧は、微妙に食欲をなくしてしまう。


「この脳みそのディティールもすげーけど、ラズベリーソースが余計にグロい……」


「食べたらおんなじだろ?」


 グラスを運ぶ三井がいうが、


「そういう三井はこういうの平気なのかよ」


 巧が反論してみるものの、涼しい表情だ。


「取り皿はここにある。ドリンクはプラスチックカップで対応だ。グラスは使わない。フォークなども使い捨てで用意されている。それらを取りやすいポイントで適宜においてくれ」


 連藤の声かけに野太い声が返って来る。


「手際がいいですねぇ、代理は」


 そう言って降りて来たのは莉子のはずなのだが、莉子ではない。

 金髪ロングで青い目で、立ち襟のブラウスは黒。さらに大振りのリボンタイにはフリルもつけられ可愛らしい。だが濃いめのブラウンレザーのコルセットが甘さを引き締めている。ベルトがラインを象り、甘さは一切ない。さらに黒のスカートは前が短く後ろが長い燕尾服のような形をし、フリルがふんだんにあしらわれているが、網タイツに編み上げのブーツからかなりクールな印象だ。腰にはどこで買ったのか杭と銀の十字架が腰にかけられている。さながらヴァンパイアハンター、といったところだろうか。


 次に降りて来たのは真っ白のミニ丈ドレスに黒レザーのコルセットを巻いた銀髪の女の子だ。これもレースがいたるところにあしらわれ、ふんわりと柔らかな印象のドレスだ。革のロングブーツが履きこなされ、髪型はツインテール、さらに目は赤く変えられ、どことなくファンタジーな雰囲気だ。腰にはスチームパンクらしい革ベルトの装飾もされているが、ラッパのようなピストルと。鞭も下げられている。華麗な女海賊である。


 最後の女性は緑色のショートカットヘアにゴールドの瞳、胸元は大きく開かれ、胸の湾曲合わせたラインが綺麗にハート形に描かれている。さらにブラウンのコルセットがウエストを綺麗に象り、太ベルトの下には革のショートパンツがはかれ、そからは長い脚がスラリと伸びている。ブラウンのニーハイブーツがまた似合っていて、少し大人びた印象だ。さらに頭には海賊のキャプテンらしい帽子が乗せられた。


「グリーンの髪の毛も似合うね、優ちゃん」


 瑞樹がいうと、優は少し照れたように笑い、となりへと並んで立ってみる。

 さらに白いドレスの女の子もにっこり微笑み、巧の横へと移動した。


「……奈々美、変わりすぎじゃね…?」


「ハロウィンだからね」


 くるりと回って見せ、それに感動する巧の横で、


「ってことは、金髪ロングのねーちゃんは莉子なのか!?」


 三井が声を張り上げた。

 その声に冷静に莉子は頷くと、


「そういうこと。

 今回3人で整形メイクを勉強し、かなり顔つきも変えたのでいつもと違うと思います」


 そう言われると本当に顔が違う。

 目の大きさがいつもの倍に感じるし、顔も一回り小さく見える。


「俺の目が見えないのが本当に残念だ」


 連藤が肩をすくめていうが、


「見なくてもいいな。本当に整形だ。いつもの莉子じゃねぇわ。人形じみてる」


「だがそれは気になるな」


 言いながら連藤は莉子の頬や髪の毛に触れ、ディティールを探っていく。

 数多に盛られたつけまつげに指が触れたようで、眉をひそめた。


「……本当に整形したようだ」


 莉子は連藤の手を取り、


「準備はだいたい整いました?

 あと30分でパーティオープンです。

 というわけで、何人来るかわかんないから、先に始めましょ!」


 それぞれ飲みたいドリンクを手に取ると、店の中央に集まり、それを掲げた。


『ハッピーハロウィーン』


 大の大人がくだらないかもしれなが、定番のセリフで乾杯をするとお互いに写真を撮り、ハロウィンらしく楽しみ始めた。

 三井の3番も早めに来るように連絡をいれさせたところで、さぁ9時のオープン。



 ……意外と集まるものだな。

 莉子は驚きながらもドリンクの補充をしながら店内を見回してみる。


 常連のOLグループさんは婦人警官の格好で駆けつけてくれ、九重カップルはウォーリーの格好で登場、木下と木下の友人たちはかなり本格的なゾンビで来店、さらに帰宅途中のサラリーマンの皆さんや、大学生のグループに女子大生まで……

 想像よりはずっとずっと多い。

 椅子はそれほど多くはないので、今回は立食での対応であるが、店内が狭く感じるほどだ。

 三井も3番と楽しそうに過ごしているし、九重も巧や瑞樹たちとの再会に会話が弾んでいるようだ。彼女同士も写真を取り合ったりして楽しんでくれている。他のお客様も様々な仮装をしてきてくれているため、華やかで目にも面白い。


 そんな中、不機嫌なのが、連藤である。


「莉子さん、もう無理だ……」


「女の子にチヤホヤされてたのに?」


「あれはチヤホヤじゃない。見世物パンダだ」


 なるほど。小さくうなづき、ホットワインを手渡した。


「少しゆっくりしましょうか」


 莉子が言うと、連藤はむくれた顔をつくった。


「早く休めるなら早めに来てくれてもよかったんじゃないのか?」


「ごめんなさい。木下さんが連藤さんの周りをうまくさばいてくれていたので、ちょっと放っておいてしまいました」


 木下と目があうと、親指を立てて見せてくる。

 そちらで楽しんでくれという意味だろうか。


「だって写真撮られたりしなかったでしょ?」


「……たしかに」


「木下さんとご友人がうまく誘導されたので大助かりです。私には出来ない芸当です」


「木下も役に立つな」


「もちろん」

 店の奥のほうでホットワインを飲みながら、小さくため息をつくと連藤が見下ろしてきた。


「莉子さん、今回のハロウィンはどうだ? やってよかったか?」


「そだね。こんなにたくさん人がいるイベントは初めてだし、何よりみんな楽しそうですごくいい」


「それはよかった」


「見つけた、莉子さん!」


 そう言って駆けてきたのは奈々美である。


「みんなで写真撮りましょうよ!」


 腕を引っ張られ、巻き添えにと連藤もつれていく。

 優の見立てで様々なポーズをとらされ写真を撮られとなるが、連藤は莉子と一緒だからだろうか。終始笑顔を振りまいている。なかなか見られない光景だ。大口を開けて笑う連藤など、滅多にお目にかかれない。


「連藤さん、様になってきたんじゃないんですか?」


「今日はヴァンパイアらしいからな。

 招いて貰ったからには、最・後・ま・で・付き合ってもらう」


「連藤、お前も言うじゃねぇか」


 赤ら顔の2人の目元は緩みっぱなしの顔である。

 美形の男のこれほどだらしない顔も見ていて飽きない気がする。


 そんな2人の手元を見ると、液体が茶色い。


 かなり酔ってるな……


 莉子は気づくが、三井と連藤が大声で笑いながらじゃれる姿も悪くない。

 さらに襟元を緩ませている姿も、決して悪くない!

 鎖骨が見えて、胸板がチラリと見えるのも、全然悪くない!!


「意外とこれも様になってる」


 邪な視点で見つめていると、木下が親指を立てた。


 木下もそう見えてるようだ。


 皆、視点が違えど幸せなら、何よりなのです。

 *★︎Happy Halloween★︎*

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る