《第74話》秋といえば……
空の色は夏の名残か色濃く見えるが、雲の流れ方は旬のサンマのように細長く、何本も空に浮かんでいるそんな空をぼんやりと眺めながら、コーヒーをずずりと莉子は啜る。
読書の秋というが、連藤が点字本を読みふけってかまってくれないのである。
だがつまらないのは莉子だけではない。
三井も同じである。
そんな2人でのババ抜きも限界がきていた。
「これ、なんか賭けでもしねぇか?」
「なに賭けるの?」
「現金」
「ブルジョアは黙れ」
2人で大きくため息つきながらカードを床へ投げるが、連藤はすずしげな顔でクラシックを聴きながら点字の本を読みすすめている。しかも英語の本だというから驚きだ。
日本語の点字より英語のほうがイメージが入りやすいとかなんとか。
連藤を見やり、莉子はほんの少しとなったコーヒーカップに、新しいコーヒーを注ぎ足した。
「莉子さん、ありがとう」
「いいえ」
「莉子、俺には?」
「あんたは水でいいでしょ」
そう言いながらも熱いコーヒーをカップへ足してやる。
「お、サンキュ」
何故こんなことになっているかというと、巧と瑞樹が今日はご馳走してくれるというのだ。
集まりやすいという理由で三井の部屋に召集がかかり、巧と瑞樹はカウンターキッチンに立てこもり、何やら作成を始めた。だが何を作るかは秘密にしたいらしく、キッチンのほうに来るなと言われてしまい、広い客間に3人そろって押し込まれたわけである。
3人は動ける範囲でなんとかコーヒーメーカーを持ち込み、美味しくもないコーヒーを啜りながら、時にベランダの景色を眺め、時にトランプを撒き散らし、若干1名は優雅に一脚だけある革ソファで本を読み続けているわけである。
───が、かれこれ3時間ほど経とうとしている。
それほど長い時間になるとは思っていなかったのだが、連藤はお見通しなのか分厚い本を携えてやってきた。
彼が一番この時間を充実している気がする。
「三井さん、他に遊ぶものないの?」
「居間にいきゃぁ、ゲームとかないわけじゃないが、客間だからなぁ。
寝室みたいなもんだし、なんもねぇからな、ここ」
「大人が部屋にこもって遊ぶなんてありえないもんね、普通」
「……まぁな」
妙な間はなんだ。
そう思うが、不意に浮かんだことがある。
口には出さないが、邪まな想像をしたのは間違いない。
お互い、大人の遊びを吹き消すようにコーヒーを飲み込み、莉子は話題の転換にと連藤の手を取った。
「……莉子さん、どうかしたか?」
「本はいいところですか?」
「そうでもないが」
「したらおしゃべりしましょ。三井さんとのトランプも飽きました」
「トランプなんてしてたのか」連藤から失笑に近い声が聞こえるが、
「トランプなんて、って、お前、トランプをどれだけバカにしてるんだ?」三井から非難の声があがる。
「大勢でするならまだしも、2人でするのは限界があるだろ」
「それでも3時間を乗り切ったことを褒めてくださいよっ」
「もう、3時間も経ってたのか……
それならよく粘ったな……」
2人で大きく頷いて見せ、やはり暇な時間ができたことに小さな溜息が落ちる。
「会話するっていっても、どんな話するんだよ、莉子」
「そこなんだよね。
なんかある?」
「お前が振ったんだろが」
「連藤さんもなんかお話ないですか?」
「そうだなぁ……
こういうのは難しく思う。車のドライブの助手席の気分になるな」
「あーなんかわかるー」
莉子は背伸びをしながら答えると、三井も寝転がりながら「助手席の責任感って結構重いよな」
「意外と2人ともに前を見ているから、会話が弾まないこともあるしな」
「お前は別に見えてねぇから関係ねぇだろ」
「そんなこともない。見えないより、相づちがあるかないかが重要だ」
「連藤さんは確かに相づち、多いですよね。目が見えない分、声に出されているとは思ってましたけど」
「さすが莉子さん、気付いてくれてて嬉しいよ」
満面の笑顔を浮かべる連藤に三井はうへぇという顔をする。だがそれが見えているのは莉子だけであり、莉子にとっては連藤の笑顔の方が大事なので、三井のそれは無視する方向になる。
「だけど、あいつら、何作ってんだろうな」
「三井さんはなんだと思います?」
「俺か? こんなけ時間がかかってるから、じっくり焼くか、煮るかだろ?」
「おお、いい線いってますね」
「莉子、お前わかるのかよ」
「伊達に料理作ってないですから。
だいたい材料と時間でメニューはわかります」
「したら、賭けるか?」
「現金?」今度は莉子がうへぇという顔をする。
「それでは2人の答えのどちらかに俺はベットするとしよう」
莉子と三井で顔をあわせると、小さくうなずき合い、莉子がそちらからどうぞと言わんばかりに手を差し出した。
「じゃ、俺は牛肉のロースト。賭け金は1万」
確かに香草類もあったし、じっくり焼いているかもしれない。
莉子は鼻で笑うかの如く唇を釣り上げると、
「きたな、ブルジョア……
私はビーフシチューだと思う。
……ね、1万円相当のワインじゃだめ?」
「仕方ねぇな」
賭け成立とばかりに2人で握手を交わしたところで、連藤が空気を見るように顔を動かした。ほのかな香りを得ようとしているようだ。
「……俺は、三井にベットしよう」
なるほど。三人でにやりと笑ったところで、ドアが勢いよく開かれた。
「おまたせ! 来て!」
瑞樹の大きな声が響き、さらに奥から巧が「できたぞー」声を上げている。
「さぁ、結果はどうでしょうね」
莉子が不敵に微笑むが、三井と連藤も何を言うか小娘と言わんばかりに視線で見下ろしてくる。
「連藤、今からワインに合う料理考えておけよ」
「そうだな、三井。
莉子さん、ワイン、楽しみにしている」
「ちょ、何、その勝利宣言。連藤さんの鼻は犬かなんか?
まだ臭いもなんもしないじゃん」
次回、「材料が同じ料理って結構あるよね」
さぁ、2人の男の料理と3人の賭けの行方は!?
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