《第73話》続く雨
晴れたと思っても夕方から雨という日や、午前中は雨でも午後から晴れる、など、とにかく雨が降らない日がない日が続いている。
いい加減秋空に近づいていることもあり、風も冷たく感じるこのごろに雨が多いと芯から冷える気がしてくる。
さらに言えば店内の床が水滴で滑りやすくなるのだ。お陰で転倒事故があとを絶たない(自分含む)
マメに拭いて、タオルやマットを引いて難をしのいではいるが、これが続くのは勘弁して欲しい。
朝の掃除の最中に打ち付けたお尻を擦りながら、莉子はマットを引き直した。
今日は連藤の来店は夜だと言う。午後から晴れる日というので、足元は問題なさそうだ。
莉子は2日ぶりとなる連藤の姿を楽しみにしながら、夜の仕込みに取り掛かった。
2日ぶりといえど、何故か久々な気持ちになるもの。
今日は少し質の良い白ワインでゆっくりお話がしたい気分だ。
何品かのおつまみと白ワインでもいいかもしれない。
夜の仕込みをしながらも、連藤とのおつまみ用の料理も整えていく。
今日は3品の予定だ。
ドイツのリースリングに決めたため、ボイル白ソーセージとベーコン入りのジャーマンポテト、海老のスパイス焼きだ。どれも茹でるだけ、焼くだけの料理のため下処理だけをして来店を待つのみだ。
午後8時をまわったぐらいで現れたのは、連藤と、瑞樹だった。
珍しい組み合わせに莉子は思わず驚いた顔になる。
「莉子さん、ただいま!
びっくりでしょ、おれと代理が一緒って」
「珍しすぎて見入ってしまった」
「退社がかぶってな。
たまにはいいかと連れてきた」
そう微笑む連藤の手を取り、カウンターへと案内すると早速と冷やしていた白ワインを取り出した。
「今日は白ワインが飲みたい日なので、お2人に付き合ってもらいます」
「選択肢はないの?」瑞樹が訊くが、
「違うの飲んでもいいけど、それには合わないおつまみですよ」
「したら白ワインください」
瑞樹は素直に頭を下げた。連藤には伝え済みなのでその口になっているはずだ。
莉子はグラスに注ぎ、乾杯と一口飲むと、すぐに3品の完成に取り掛かった。
一番最初にボイルソーセージ、次に海老のスパイス焼き、最後にジャーマンポテトが登場した。
莉子は残ったお客の相手をしつつ、オーダーをこなして合流できたのはそれから30分は過ぎていただろうか。
海老のスパイス焼きを殻ごと口に放り込み、白ワインをあおった。
「はぁ……おいしい…
2人はどうですか、ワインと料理」
「ドイツワインにドイツ風の料理という組み合わせは面白いな。
味付けが白ワインに合ってて、すすんでしまう」
「量が少ないかなぁとか思ってたけど、この白ソーセージおっきいから、これだけでもお腹ふくれちゃうんだねー。莉子さんも食べてよ」
ふたりなりの料理の捉え方に関心しながら、皿にのせられた白ソーセージをフォークでちぎって口に含んだ。
柔らかな肉の弾力と脂の甘みが口いっぱいに広がる。さらに粒マスタードがアクセントになってやはりワインがすすんでしまう。
お勘定という声が聞こえ、味を楽しむ間もなく接客に立ち上がるが、今日は連藤と瑞樹がゆっくりお話をする日になりそうだ。
先ほどから仕事について瑞樹がここぞとばかりに聞いている。赤い顔をしながらもメモを取っているほどだ。
カウンターの2人以外が帰って行っても会話がまだまだ続いている。
大方片付けを終え、コンソメスープを作り、2人へ差し出した。
「少し温かい飲み物もいいかと思って」
「あ、莉子さん、ありがとー。ワインもおいしいけどスープもいいね!」
「身体が中から温まる感じがする。ありがとう、莉子さん」
「いいえいいえー」
「そういえば莉子さん、俺と何か話がしたいっていっていたが、瑞樹とだいぶ話し込んでしまった」
「え、マジ?」焦る瑞樹をなだめ、莉子は笑う。
「2人の話の方が必要な話だから。
私はただドイツワインを飲んで、ドイツっぽい話ができたら面白いかなって思ってたぐらいだから」
「莉子さん、それ意味わかんない。
ね、莉子さんも聞いてよ。
おれさ今、クライアントと」
瑞樹の悩みグセは治らないようだが、悩みが聞けるのはそれだけで成長できる気もする。
自分が悩むことがないことを人から聞き、解決なり、解消なり進んでいく過程は疑似体験にもなる気がするからだ。
雨が多い最近、悩みも落ちやすい時期なのかもしれない。
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