《第65話》夜に咲く花 その後

 2階についた2人だが、莉子はひと息ついて振り返った。


「連藤さん、ビールにする? ワインにする? それともシャワー入る?」


 浴衣の帯をほどきながら莉子が聞くが、連藤はにやりと口をつりあげて、


「その選択に莉子さんは入らないのか……?」


 連藤は帯を掴むと、簡単にほどいてしまった。


「あ、連藤さん、ありがとう。助かったよ。

 したら私、シャワー入ってくるね」


 すぐに連藤に背を向け脱衣所へと向かっていくが、連藤は何かを察した莉子の両脇に手を差し込み腰を抱えると、結ばれている紐をさらにほどいていく。


「いやいや自分でできますよ」


「何も遠慮することないじゃないか」


 襟を抜いた首元に、連藤の息がかかるほどに近い。

 その首元からはほのかな香水の匂いと外の火薬の匂い、さらに莉子自身の夏の匂いが香ってくる。

 莉子のその香りは連藤にとってまだ冷え切っていない部屋の温度と相まって、まるで外にいるような、そんな気分にさせてくる。


「連藤さん、暑いし!」


 ぴたりと背中に張り付いた連藤を引き剥がすように莉子は身をよじるが、向かい合わせになるように莉子の肩を回すと、連藤はひときわ強い力で抱きしめた。


「……なんか外にいる気分なんだ。

 莉子さんの匂いが、いい」


 連藤は背をなぞり、立った襟を越えると、少し湿った肌に当たる。そこからうなじをなぞり、髪の毛へ。しっかりとまとめ上げられた髪とほつれた髪が連藤の指に絡み、それが心なしか莉子の思いな気がして、肌が泡立った。やめてといいながらも莉子の声には息が多めに混じり、息も少し荒い。

 連藤は莉子の首筋に頬を寄せると、


「明かりを消したら俺の気持ちがわかると思う」


 連藤が一度手を叩いた。

 すると部屋の電気が消えたではないか。


「どういうこと!?」


「音感センサー内蔵のLEDだ」


「……いつ変えたの?」


「この前、泊まったとき」


「どうりで最近、なんか付いたり消えたりするなって思ったんだよ……

 なんで教えてくれないの?」


「この日を待ってたから」


 暗い部屋は連藤が有利だ。感覚で部屋を認知することができるが、莉子にとっては遮光カーテンで覆われた窓からは一筋の光も入らず、目が慣れるまでに相当時間がかかる。

 時間をかけても見える範囲は限られているのだがら、相当なハンデになる。

 連藤の胸元でキョロキョロとせわしなく頭を揺らし、手は連藤の浴衣を強く掴むことから、不安の色が肌を通して見えてくる。莉子も手を叩けばいいのだが、手を叩けないようにかしっかりと背中を抱え込まれ、腕が伸ばせないのだ。


「莉子さん、不安か?」


「何も見えないもん。

 なんでこんなことするの?」


 莉子のすねた顔が連藤には見える。


「莉子さんの困った顔が見たいんだ」


「見えてないじゃん」


「まぶたの裏には映ってる」


 そう言うと連藤は莉子の腰紐に手をかけた。リズムよく紐を引っ張ると簡単にゆるんでいく。

 連藤が指を離すと、紐が落ちて浴衣がはだけた。

 涼しさは増すが、恥ずかしさも増したのは言うまでもない。


「ちょっと、」


 嫌がる莉子をおいて連藤が腰回りに手を差し込むと、布が湿っているのがわかる。


「涼しくなっただろ?」


「ちょっとやめてよ」


 連藤は暗くなるほど目が見えるのかもしれない。

 和装ブラまで手際よく外し、連藤は莉子の肩に吸い付いた。


「今の莉子さんの格好、……なかなかいい」


 浴衣が肩からずり落ち、髪はほつれ、頬が赤らんでいる。瞳は潤み、漏れる吐息も甘く聞こえる。

 汗ばんだ肌も、胸も、どれもまるで外のようで、それでいて二人だけの空間のようで、時折聞こえる騒ぐ歓声が妙な緊張感を醸し出し、なんとも言えない興奮が胸の奥から湧いてくるのだ。


「すごく、たまらない」


 連藤は本当に小さな声でそう言うと、莉子を近くの壁へと押し付けて、莉子の唇へと吸い付いた。

 莉子の手が彷徨うようにふらふらともがくが、素早く手首をまとめて右腕で押さえてしまう。

 しっかりと絡んだ唇からは粘っこい水の音が響いている。

 時折苦しいのか莉子の声が途切れ途切れに漏れてくるが、それすらも誘い文句に聞こえてくるほどだ。

 まさぐる左手はあまりの興奮でか少し乱暴な動きになる。汗で滑らない肌が連藤を拒んでいるように感じるからだ。

 莉子の右足を取り上げ、自分の腰へと掛けさせると、さらに大きく浴衣を開き、胸に指を食い込ませた。

 びくりと震える莉子の身体の反応を楽しみながら、肩で息をする莉子の耳を連藤が舐め上げ言った。


「今日は、覚悟してくれ」


 莉子の声を遮るように再び連藤の薄い唇が莉子の舌に吸い付いた。

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