《第59話》探偵はcaféにいる ⑶

 今夜の作戦は簡単だ。

 三井主催のバーベキューパーティで真相を明かす、という計画である。

 ちょうど連藤が担当している開発事業がひと段落したので、それの労いと打ち上げを兼ねてのパーティをしようと持ちかけるのだ。

 いつもであればケータリングに頼ることが多いのだが、三井主催のバーベキューとなれば間違いなく連藤が食いつく(三井談)

 そうは言うが、本当に大丈夫なのだろうか?

 だがこればかりは三井の話術に頼るしかない。

 人数は連藤のチームが全員で7名。さらに三井と莉子を合わせると9名になる。その人数に合わせ、バーベキュー用の肉を朝一発注をかけ、食材準備が整ったことを確認できたところで、三井に完了メールを入れた。すぐに『OK』というふた文字が入り、続けて『BBQは19時より。雨天決行』の内容が届く。

 現在12時32分。莉子は連藤にメールを出すことにした。いつもの通りにしなくてはいけない。


 今日の調子はいかがですか? 今日はこちらでBBQですね。準備しておきます。


 だがこのメールは連藤には届かず、誰かさんの元へと送信されるのである。

 人に見られていると思うと、こんな簡単なメールですら緊張するものだ。

 莉子はひとつ深呼吸をし、新たに来たお客のオーダーを取りに、カウンターを出て行った。



 定時に三井は上がれたようで、炭の入った段ボールを掲げ、さらに焼き台を車から降ろすと手際よく準備を整えていく。


「莉子、肉は?」


「はい、これ。この前見てたから、こんな感じにしたけど」


 肉は均等になるように切り分けられ、玉ねぎやピーマンも前回行ったバーベキューの時と同じように切られていた。大きめのバッドに並べられ、もう串に刺すばかりとなっている。


「おー、上出来じゃねぇか!」


 さすがだなぁ、感心したように呟き、おもむろに鉄串が渡される。

 これに刺せということだ。


「はいはい」


 莉子は見様見真似で刺していき、オリーブ油を塗り、塩胡椒をまぶしていく。


「やっぱ筋がいいな」満足そうに頷くと、火起しも完了したのか首にかけたタオルで汗を拭い、氷の中に入れておいた瓶ビールを取り上げた。

「もう飲むの!?」莉子が驚き声を上げるが、


「俺はもうアフターファイブってヤツだからな」


 言い終わらないうちに三井の喉が鳴っている。


「っかぁ、やっぱうまいな」


「今日も暑いからねぇ」


 莉子もペットボトルの水を飲み込むと一気に半分が減ってしまった。

 腕時計を見ると、現在18時40分。もうそろそろ一団は会社から出た頃だろうか。


「……三井さん、」


「なんだぁ?」


「なんか、緊張する」


「武者震いにしとけ」三井の笑いは何かを企んでいる、そんな顔だ。


 皿など準備を整え終えたところで、遠くから声が聞こえて来る。

 チームの一団だ。

 やはり高城という女性は連藤の腕に絡みついているようだ。

 連藤の腕はぎこちない形になっているが、彼女の方はお構いなしである。


「あの根性、すごいね」


「莉子もそう思うか」三井の言葉に莉子は小さく頷いた。


 一団が到着するや否や、高城が前へしゃしゃり出てきた。


「あなたがカフェのオーナーさん?

 いっつも部長代理の連藤がお世話になってますぅ」


 写真で顔を見ていたおかげか、それほど取り乱さずに済んだ気がする。

「はぁ」莉子が力なく返事をすると、その声に過敏に反応したのは連藤である。

 高城を押しのけ腕を伸ばす連藤に、莉子が静かに近づくが、なぜか莉子は戸惑ってしまう。

 その莉子の一瞬の隙を狙って高城が動いた。

 だがすぐに高城の腕を木下が掴むと、別の場所へと誘導していく。


「高城チーフは喫煙者ですから、奥へいきましょ。喫煙者はこっちね。風下へ〜」


 喫煙者数人はタバコを取り出しながら言われた席へと腰を下ろすが、一向に足が向かないのは高城である。


「え? 私、タバコなんて吸わないわよっ」


「え? 地下の誰も使わない喫煙所で吸ってたじゃないですか。

 銘柄はピアニッシモ。連藤代理はタバコ大っ嫌いですから、奥で吸ってくださいね?」


 木下はにっこりと微笑み、奥の椅子へと座らせた。莉子に視線で『任せて』という言葉が聞こえてくる。


「莉子さん?」


 連藤が名前を呼んでいるが、莉子はなぜか緊張して手が掴めない。


「あ、あなたが莉子さんなんですねぇ。

 代理や木下から、よく聞いてます。

 僕、九重といいます。よろしくお願いします」


 いきなり握手をされたかと思うと、そのまま連藤の手へと乗せられた。

 連藤は九重から渡された莉子の手を握ると、さらに両手で握り直し、何度もその形を確かめているようだ。


「莉子さんだ」


「そう、です」


「会いたかった」そう言うや否や、連藤はいきなり莉子を抱きしめた。


「ちょっ…」焦る莉子だがチームの反応は冷やかすわけでもなく、至って普通だ。

 ああ、挨拶ね。程度の反応である。

 外国人相手だとこれが普通になるのだろうか……

 莉子は三井をちらりと見るが、よかったなと笑顔で頷かれただけだった。


「莉子さん、連絡が取れなくて本当に心配したんだ」


 肩を掴みながら言われるが、濁した返事しか返せない。

 なぜなら三井と木下が視線で口止めをしているからだ。

 さらに先ほどの九重も優しい笑顔で首を横に振っている。

 彼も協力者のようだ。


「……ごめんなさい、連藤さん。

 まずは乾杯になるだろうから席に着きましょうか」


 いつも通りに手をとって、焼き場の近くの席に腰を下ろさせた。

 ここが連藤の特等席である。

 焼きたてが食べられるいいポジションだ。

 連藤は隣の椅子をポンポンと叩く。莉子にここに座れと言っているのだ。

 高城はそれを見逃さず、立ち上がろうとするが、


「チーフはここで乾杯の音頭をお願いします」木下がすかさずグラスを手渡した。


「え、あ、あぁ、今回、無事にここまでこれたことを感謝します。本当にみんな、ご苦労様でした。

 今日は楽しみましょう。乾杯」


 ありきたりな文句で始まったバーベキューパーティだが、三井もきっちり仕事をこなしてくれている。

 焼き加減が絶妙であるし、皆への気配りも尋常ではない。素晴らしい主催者だ。

 そんな美味しいお肉が振舞われる中、


「代理の食事、手伝わないと!」


 立ち上がる高城に三井は笑顔を向けて、


「ああ、高城、連藤は俺が介護するから問題ねぇよ」


「介護とはなんだ」連藤は声を上げるが、串から外された肉が皿に盛られたのを確認すると、ジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩め、その肉を頬張り始める。素直なものである。

 一口肉を噛み締め、うなずきながら飲み込むと、


「莉子さん、今日のワインは何があるんだ?」


「今日はアメリカのワインにしました。カリフォルニアのワインです。今、注ぎますね」


「ありがとう」


 莉子がグラスに注ぐと、それを美味しそうに連藤は飲み干した。


「連藤代理、本当、幸せそうですねぇ。ここのところずっと不機嫌でしたもんね」

 そう声をかけたのは九重だ。その言葉も耳に入らないほど、連藤の機嫌がとてもよい。いつも無表情に近い彼だが、雰囲気から楽しんでいるのがわかるほどだ。

 九重はそんな連藤を眺めながら莉子の隣で肉を美味しそうに頬張っている。だが頬張りながらもしきりに腕時計を眺めているのが気になるところだ。


「莉子さん、お仕置きの時間になりました」


 小声で言った九重が、満面に笑顔を作った。


 途端、各々の携帯が震え、音が鳴る。短い時間で止んだことから、メールであるのがわかる。

 だがそのメールは会社の携帯に来たようで、もちろん連藤の携帯も同様に震えて音が鳴っていた。


 ───一斉に会社の携帯に連絡が入ったということは、何かがあったとしか考えられない……!


 それぞれ真剣な表情で携帯をタップし、メールを確認し始めるが、それぞれに表情が固まっていく。

 連藤は目が見えないため、音声出力となる。

 同じメールが来ているだろうとボリュームを上げ、メールを開いた。


『代理さんと うまくいってる

 メールは こっちにたまってるから あとで サキに送っておくね

 でも マジ ウケる

 代理さんのイライラ サキがちゃんとカイショウするんだよ はーと』


「これは何かの間違いです!」


 高城がいきなり叫んだ。

 隣の連藤に顔を向けると、色眼鏡越しに怒気のオーラが伺える。


「高城チーフ、これは俺と何か関係があることなのか」


 語尾が疑問系ではない。確定の確認である。


「これは誰かが私を陥れようとした、罠です。

 罠ですよ!

 私、こんなこと知りませんっ」


 再び携帯が震える。 

 連藤がそれをタップし開くと、


『代理はもうすぐ わたしのものになるから

 そうなったら おかえし 期待しておいて

 それまで ちゃんと プログラム 動かしておいて』


「これでもか」


「これも私を陥れるための罠です!」


『マジ リコって店員 ムカつく

 私がいない間に 代理を取るなんて 本当に許せない

 だから 許さない』


『私のほうがキレイだし 頭いいし

 マジで 不釣り合いだし』


『前 見に行ったけど めっちゃぶ』


 連藤はそれ以上聞くに耐えれなくなったのか、メールを閉じるが、もう怒りのボルテージはMAXだろう。

 莉子はあまりのことに肩に手を置くが、その手を払いのけ立ち上がろうとしたとき、


「高城チーフ、明日、社長室まで顔だしてくれる?」


 高城の肩を叩き現れたのは、巧である。


 引きつった顔のまま、彼女は頷くしかない。

 そんな高城を一瞥し、巧は九重の隣に椅子を引っ張り腰を下ろすと、


「今日は打ち上げだから、楽しんで食べようぜ。

 それはそれ、これはこれ、だろ? な、連藤」


「……わかった。巧がそう言うならそれでいい」


 連藤は雑に椅子にかけると、再びワインを飲み干した。それで怒りを飲み込んだのだろう。

 静まり返ったこの場所に「お疲れさまでーす」声を上げて入ってきたのは瑞樹である。


「九重くん、ひっさしぶりー!

 連藤代理んとこ入ったんだって?

 めっちゃすごいじゃぁーん。

 あ、おれ、今日、メロン差し入れもってきたんだぁ。

 莉子さんあとで切って出してくれる?」


「いいよ、したら冷やしておこうっか」


「ドリンクん中、突っ込んどけばいいんじゃね?」


 巧が莉子を見やりそう言うと、瑞樹はそだねと返事をしながら、氷水にメロンを漬け込んだ。

 実は莉子の手は連藤に握られ、動けないでいたのだ。

 ちらりと連藤のほうに視線を投げるが、一向に離す気はない。


「莉子さん、このことを知っていたのか?」


 小声で追及されるが、


「あとで話すよ」


 それだけ言うと、切り分けられた肉を左手のフォークで器用に頬張った。


 それぞれに活気を戻し、肉を頬張り酒を飲むが、高城はそうはいかない。


「下手な人に手を出しましたねぇ」


 木下がニタニタと笑い酒を注ぐが、思いっきり青い顔で睨まれた。今にも殴りかかられそうだ。


「そうだ、高城チーフ、バーで引っ掛けた男ですが、連絡取りたがってましたよ。

 またしたいそうです。どうですかって。

 あと隣の部署の君島君、遊ばれてたのかなぁって相談されたんですがどうなんですか?

 それと営業の」


 手がかざされた。もう無理という意味だ。絶望の影を背負っている。

 そんな高城に、酒を注いで回っていた九重が後ろに立った。


「チーフ、プログラマーを敵に回すからこうなるんですよ。

 次何かしたら、徹底的に潰しますからね」


 九重は鼻歌を歌いながら過ぎていった。

 莉子のグラスにも九重はワインを注ぎ、


「莉子さん、僕ね、今度彼女とディナー食べたいんですけどいいですか?」


「九重くんだもんね? もちろん大丈夫だよ」


「そのとき、代理も僕のためになんか作ってくださいよ」


「なぜ九重のために作らなきゃいけない」連藤は少し不機嫌ぎみに言うが、


「たまには部下のために飯作ってやればいいだろ」三井が合いの手を入れてくる。


「それならおれも混ざる!」瑞樹がいうと、


「だったらオレも」巧も入りたいらしい。


「これだけの人数いたら一人じゃ難しいから、連藤さんに手伝ってもらおうかなぁ?」


 莉子が連藤の手を握りながら言うと、


「……莉子さんが言うなら、やらないでもないが……」

 莉子のお願いはまんざらでもない連藤だった。

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