《第58話》探偵はcaféにいる ⑵
ようやく夜の部を終え、片付けも大方済んだ頃、携帯に連絡が入った。
19時を過ぎたあたりから電源を入れてはいたが、連絡が来たのは三井からだった。
これから行くから店を開けろという連絡である。
ほどなくして木下と三井が肩を並べて現れた。
「莉子、とりあえずビール」
「はいはい。木下さんはなんか飲む?」
「オレンジジュースで」
莉子は2人にドリンクを差し出すと、コーヒーカップを抱え、厨房内に置いた椅子へと腰を下ろした。
連藤からの連絡が途絶えてから日に日に気分が落ちているのがわかる。
理由がわかればいいのだが、それがわからないのだから不安にもなるものだ。
これじゃいけない、と思っても、心と体がちぐはぐな動きをしている。
つなぎ目のようにため息ばかりが溢れるが、なんの潤滑油にもならずに落ちていく。
2人は出されたドリンクを飲み干すと、木下はパソコンを取り出した。
三井はもう1本くれというので、栓抜きと一緒にビールを渡し、莉子はパソコンに視線を置いた。
「莉子さん、覚悟はできてますか?」
小さく頷いたのを確認して、電源が入れられる。
写真フォルダにカーソルが合わさり、クリックすると小さな写真がずらりと並ぶ。
その写真の一枚を木下はクリックし、画面に大きく映し出した。
そこにあったのは、馴れ馴れしく連藤の腕を掴む女の姿だ。
髪の毛は栗色のボブでゆるいパーマがかかり、仕事のできそうな大人びた雰囲気がグレーのスーツから見て取れる。ひとつボタンのジャケットからあふれるほどの胸のラインがかたどられ、キレイなくびれとタイトスカートが可愛らしい女性を演出している。
莉子は力なく頷いた。
こんな愛らしい雰囲気の人なら連藤もそっちに気を取られてもおかしくない。
莉子が顔を覆いたくなるが、見届けなくてはならないのだ。
自分に非があるのなら、改めたい。
改めたところで戻ってくるのだろうか。
莉子は揺れる思いを抱えながら画面を見つめるが、もう、視界が滲み始めている。
「莉子、」三井が声をかけようにも、彼ですら言葉に迷っているようだ。
次の写真に移動したとき、少し連藤と女との距離があいた。
リズムを刻むようにキーが押されていく。
コマ送りのように画像が動いていくが、それはその女を弾き返している、連藤の姿だった。
ほぼ無表情になった莉子を置いて、一連の動きを目で追いながら「もう動画で撮れよ」三井は言うが、
「写真だから怪しまれないんです」木下はひとつ咳払いをし、連藤にあしらわれた女の顔をアップにして話し始めた。
「えっと、この女ですが、名前は高城早希。代理のひとつ後輩にあたりますね。役職はチーフ。
3年前にロスの支部へ異動。今月の頭に本社に戻ってきました。
現在ロスと合同の開発事業があり、その橋渡しの兼ね合いで代理の補佐に当たっています。
この補佐に至る経緯ですが、かなりチーフ自身のプッシュがあったようですね。
まあ、過去に代理のチームにいたこともあるし、実際ロス帰りですからね、補佐が妥当となったのかもしれません。
ただ噂ではずっと代理のことが好きだという話で、5年前の婚約破棄の際にアプローチをかけようとしたところ、このとき代理がロスへ異動。その2年後代理は戻ってきたけど入れ替えで高城チーフがロスへ。ようやく戻ってきたのに彼女持ちになっていることを知り、結果としてかなり前のめりに連藤代理に接近しているようです。
結果、連藤さんは浮気とか、そんなわけではありませんので、莉子さん、安心してください!」
莉子はひとつ息をこぼしたが、安心と苛立ちが心のなかで渦を巻いている。
なんで連絡ひとつ入れられないのか、ということだ。
怒りが視線からもれているのを木下は感じ取りながら、
「莉子さん、メールを入れてから電話をするのが二人のルールになっていませんか……?」
「え? あ、そうだけど……」
木下の質問に答えはしたが、莉子は首をかしげるばかりだ。
「あと、莉子さんは代理から連絡がきたら返信するけど、自分からは連絡は入れることは少ないですよね?
代理が忙しいことが多いから、急な用事以外は電話はしないし。
基本、受け身で連絡を待つ側ですよね?」
莉子は言葉に詰まった。全てその通りだからだ。
木下は人差し指を立てると、
「今回、そのルールが仇となったのです」
さらにパソコン画面に現れたのは、メールの送受信記録と、合わせて通話記録も並んでいる。
「莉子さんのルールに気づいたのはこのメールの送受信記録と通話記録になります。
あ、通話記録が手に入っているのは会社携帯分だけなので、ご安心を。
まあ、操作のしやすさからか、会社携帯で莉子さんへ連絡とることが多いみたいなので、今回わかったんですけど……
その、まず、莉子さん宛の通話記録がここしばらくないことと、メールが終わった後にすぐ通話時間になっていることから、その電話ルールがわかりました。
そして、一番大事なのが、このメールの送受信記録です。
たぶん、今日のお昼が過ぎる頃、莉子さんは代理にメールを送信したはずです。
それも1通だけですよね?」
「うん。いつもなら朝と昼に連藤さんから届くからね」
「そう、で、ここ見てください。
代理は、今日も朝の7時4分と昼の11時52分に、出してるんです」
「どういうこと?」
画面にへばりつくように見ると、素人目で見ても莉子あてに昨日もさらに前の日もメールが送信されている記録がある。だが実際には届いていない。
莉子は慌てて自分の携帯を覗いてみるが、
「莉子の携帯が問題ってわけではないようだぞ」
三井はビールの瓶を再び空にした。莉子が無言でビールを差し出すと、おもむろに栓を抜き、飲み始める。
木下もつられて注がれたオレンジジュースを飲み込むと、
「どうも、代理が莉子さん宛に出したメールと、莉子さんが代理宛に出したメールが、別の場所へ転送するプログラムが組まれているようなんです」
ゆっくりと、且つ、力強く言い切った。
「でも代理も悪いんですよ。
ホントの個人メールにすればいいのに、会社のサーバーを通すように設定してるから、こんなプログラム組まれるんです」
木下は呆れたように言うが、
「策は練ってあります」
不敵な笑みを浮かべると、
「莉子、明日の夜、店は貸切にできるか?」
三井がにやりと唇を釣り上げた。
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