《第53話》休日の朝はcaféで

 本日快晴。

 というわけで、カフェのテラス席を解放しているcafé「R」だが、やはり暑い日でも外で食事がしたくなるのが夏という季節。

 現在、試験的に日曜日は早めに開け、午後15時で閉店としている。

 7月に入ってから始めているのだが、意外と人の入りが良く、持ち帰りのコーヒーも予想より出ている。

 やはり隣が公園ということもあって、犬の散歩やウォーキングのついでに寄られる方も多いようだ。


 そんな朝のテラス席に、いるはずのない二人が腰を下ろしているではないか!


 それは、

 ───巧と瑞樹の、二名である。


「ど、どしたの?

 今日はヒョウでも降るのかな?」


「そんなに驚くことないじゃない?」


 瑞樹はおどけていうが、巧の目もしっかり開いている。

 あれほど朝が弱いと言われていた彼がこの時間に来ているのが奇跡に思えてくる。


「確かに俺は朝は弱いけど、起きる日もあんの。

 莉子さん、この朝サラダ2つお願いしたいんだけど」


「あと、ワインの白も!」


「朝から飲むの?」


 オーダーを聞きながら声が裏返ってしまった莉子だが、驚きが隠せていない。


「このために俺たち来たんだし」


「そそ、なんか大人な休日でしょ?」


 なるほど。明日は祝日なのもあるからそれでか。


「デートは?」


「デートも休み。

 つーか、奈々美と優、2人で旅行に行ったからな」


 巧がぶっきらぼうに言うと、瑞樹もほぼ無表情で頷いた。


「なるほど。男どもはここでバカンス気分ってわけか」


「そーいうこと。なので、よろしくー」


 陽気に瑞樹が手を挙げたので、うんうんと頷くと莉子は早速準備にかかった。

 サラダはレタスが中心ではあるが、トマトにヤングコーン、ズッキーニ、ブロッコリー、茹でたじゃが芋も添えられる。今日は生ハムものせておこう。

 野菜の上に乗るのはこんがり焼いたバゲットだ。クルトンのような扱いだが、ボリュームもでて、野菜との相性もいい。さらにポーチドエッグを作り、ポトリと乗せて、粉チーズをかけておく。ドレッシングはオリーブオイルと塩胡椒、バルサミコ酢を混ぜたもの。アクセントに乾燥バジルを混ぜてある。これを別容器に入れれば、完成!

 簡単。激しく簡単。

 この野菜たちは連日の仕入れの状況で毎回変わるため、シーフードが入る日もあるし、根菜類が入ることもある、気まぐれサラダでもある。

 オリーブオイルドレッシングだけだと物足りない方もいるので、マヨネーズとさらに塩胡椒を別に添えて運んで行った。

 そんな朝の白ワインは、少し華やかなのがいいだろうか。

 オーストラリアで作られたヴィオニエの葡萄のワインにしてみる。

 これが嫌と言われたらリースリングの白にしようと、一杯だけ運んでいくことにした。


「はい、まずはサラダ」


 顔ぐらいあるサラダボウルに詰め込まれたサラダは価格が1,000円代ということもあり、ボリュームは期待していたところがあるが、想像を少し超えていたようだ。二人の表情が固まっている。


「たぶん、食べ切れるよ。

 飲みながらゆっくり食べたらいいよ」


 そして、グラスのワインだ。


「ボトルで良かったのに」巧はさらりと言うが、


「今回、ヴィオニエのワインにしたから、少しいつもと雰囲気が違うと思うんだ。

 でも暑い朝に華やかな苦みのあるワインも面白いかと思って。

 この味が嫌なら、カリフォルニアのリースリング持ってくるから飲んでみて」


 莉子はグラスを滑らせるようにおいた。


「「いただきまーす」」


 二人はドレッシングをまわしかけると野菜を頬張り、満足そうに頷いた。


「パン、ガーリックトーストになってるんだね」


 瑞樹が嬉しそうにバゲットを頬張っている。


「普通はバターなんだけど、二人はワイン飲むしね」


 小さく歓声をあげながら、生ハムの塩気を堪能し、さらにワインを口に含んだ。

 と思ったが、近づけたグラスから香る匂いに驚いたのか、グラスが口から離れていく。

「花の匂いがするね」瑞樹は犬のように匂いを嗅いでいる。


「これ、奈々美と優が飲んだことあるやつ?

 なんか聞いたことある」


 巧は納得したのか、そうだろうという顔をしたが、


「二人が飲んだのはフランスの。これオーストラリアの。

 同じだけど、二人の時よりは香りは落ち着いているワインだね。

 で、どう?

 好き?

 苦手?

 嫌い?」


「「持ってきて!」」


 二人の声がハモるとは驚きだが、


「朝にこの香りが似合う気がする」瑞樹はウキウキと言い、

「オトナな雰囲気だよなぁ」巧はまだ寝ぼけてるのか、うっとりと呟いた。


 二人のオトナな雰囲気がどんなものかよくわからないが、優雅な感じなのだろうか。


 コーヒーのオーダーを受けながら、彼らの席にボトルを置きにいくと、

「莉子さん、写真とろー」瑞樹が声をかけてきた。

 肩を寄せて、二人はグラスを、莉子はボトルを持って、写ってみる。


「優ちゃんに送ろうっと」


「俺も奈々美に送ってやろう」


「私にも送っておいて」


「「りょ」」


 明るい挨拶が交わされる朝は気持ちがいいものだ。

 もっと早くに朝のテラスを開放していればよかった。

 そうは思っても、実行に移すまでに準備とヤル気が必要なのだから仕方がない。


「あいつらぁ……」


 気持ちのいい朝に憎々しい声が響く。

 巧と瑞樹からだ。

 席を片付けるついでに覗いてみると、ビキニ姿の二人である。


「ちょっと莉子さん、どう思う?」


 携帯をかざしながら二人は食ってかかってくるが、どうとも思えない。楽しそうなバカンス写真だ。


「水着似合ってるし、いい写真じゃない」


 莉子は二人にワインを注ぎ足して、新規のオーダーを取りに行った。

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