《第21話》オーナーへのお礼 :前編

「そうそう、親父がさ、この前のディナーめっちゃ良かったって。

 久しぶりに帰ってくるから、この前のお礼したいってさ。

 来週の月曜日の夜、空けといて」


 昨日告げられたのだが、巧からの伝言というより、命令に近い。

 まぁ、時間は空けてやろう。

 だが、どこで食べるの?

 どんなTPO?

 まず、どんな服を着て行けばいいの?___


「……無理だぁ……」

「莉子さん、どうしたの?」

 そう聞いてきたのは優である。

 カフェオレを飲み込み、見つめてきた。

 今日は瑞樹とデートだと言う。待ち合わせにこのカフェを使ってくれたようだ。

「いやさ、来週の月曜なんだけど、

 なんか巧くんのお父さんたちに食事に誘われて、何着てけばいいのかなぁって……」

「ああ、それ。

 瑞樹くん、店選んでるから、聞いてみたら?」

 ほら、来た。彼女は扉越しの瑞樹に手を振り、手招きをする。

「優ちゃん、どうしたの?」

 慣れた動作で彼女の横に腰をかけてくる。

 コーラ飲みたい。そういうので、凍ったグラスに注いで渡した。

「莉子さんがね、来週の食事会、何着てったらいいんだろ、って」

「あー、お店ね、この前みんなで行った二つ星の店にしたんだ。

 うまく予約取れたんだぁ」

「なるほど。

 で、何着ればいいの?

 私、ジーンズとシャツしかないよ?」

「ワンピースとかないの?」優が聞くが、

「ない」

「うそでしょ?」絶句する彼女に莉子は畳み掛ける。

「ない」

「連藤さんとのデートのときは?」瑞樹が言うが、

「ジーンズ、シャツ、ジャケット、ハットで済む店に行きます」

「それはそれで潔いというか……」二人は腕を組んで悩んでみるが、


「したら莉子さん、明日の夜とかどう?

 私、奈々美と買い物行くんだ。

 一緒に行こう。

 したら明日、6時に迎えに来るから。

 店、閉めといてね!」


 カウンターにじゃらりと小銭を積んで、二人は手を振り出て行った。


「ウチの店、なんだと思っとるんだ……」

 そう言いながらも、明日の営業時間の変更をFacebookとTwitterに一言載せておく。張り紙も書いておこうとペンを取り出しながら、

「女の子と買い物なんて、久しぶりだな」微笑んだ莉子はつぶやき、今日の仕事をこなすことにした。




 ___翌日。


「莉子さん、これなんていいんじゃない?」

 奈々美も優もノリノリである。

「派手じゃない?」おずおずと出てきた莉子は、本当にしおらしい。いや、自信なげだ。

「あそこの店、結構カジュアルだったから、これぐらい色あってもいいって」

 優のセンスで持ってきたワンピースは、華やかで、今までに着たことがない色合いであり、柄である。


 ___顔が負けてる


「莉子さんはどんな色とか好きなの?」

 奈々美がワンピースを探りながら、振り向いた。

「黒、白、グレイとかかなぁ……」


 派手なワンピースを着ている莉子に、

「したら、ネイビーなんて着てみない?」

 いいねー、着てみよ! 優に肩を押され再び着替え室へと押し込まれた___



 ヒールの靴も、パーティバッグも、パンストすら無縁だったため、

 全て、何もかも全て、彼女たちは手配をしてくれた。

 食事ぐらいご馳走したかったが、それすらも拒絶してくる彼女たちは莉子にとって、天使でしかない。

 いや、地上に舞い降りた女神である。

 帰りは二人の馴染みのイタリアンに連れて行ってもらい、楽しくおしゃべりをして解散した__




 そんな日からあっという間に一週間は経つものだ。


 昨日もあまり眠れなかった気がする。


 ソワソワしながら店の前で待っていると、連藤と三井が迎えに到着した。

 到着した車は、高級外車というやつだ。

 こんなに間近で見るのは初めてかと思う。

 黒塗りの車は磨き抜かれ、埃ひとつない。

 三井が助手席の連藤のアシストをしに降りてきた。

 その手を借りて連藤も車から降り、莉子の前へと移動してくる。

「巧と瑞樹は、父親連れて先行ってるってよ。

 にしても、今日、決まってるじゃねぇか」

 三井が馬子にも衣装だな。そう言ったようだが、あえてそこは突っ込まないでおこう。

「実はね、優さんと、奈々美さんが選んでくれたんだぁ」

 嬉しそうに、くるりと回った。

 軽やかに弾むワンピースだが、首元から胸元まで、透けた素材の布で覆われ、それだけ見ると薄い生地のブラウスのようだが、胸元からは切り返しとなり、濃い紺色の生地が彼女の体を覆っている。

 その布地には刺繍が施されており、光の加減で光沢感が現れる。

 また彼女の体の華奢な細さが、布のおかげで可憐な雰囲気に彩られる。

 さらにハイウエストの位置でベルトが取られ、足長効果抜群だ。

 スカート丈は膝より少し上ぐらいだろうか。それも足長効果を追加しているようだ。

 高いピンヒールは真っ赤に染まり、ハンドバックもまた赤色だ。

 それが大人っぽさとカジュアルさがでて、黒髪ショートの莉子によく似合っている。

 彼らの前に立ち止まった時、連藤が莉子の体にそっと触れた。

 優しくかたどるように、手で彼女を見ていく。

「青系の、ワンピースだな。

 サイズもぴったりだし、

 ……カバンと靴は赤を選んだのか。

 素敵なコーディネートだ。

 よく似合ってる」

 その微笑みを莉子は見つめながら、

「なんで色見えてるの?」

 無表情である。


「色ぐらいは感じられるんだ。

 さぁ、莉子さん、行こうか」



 ____恐ろしい男!



 莉子は無言のまま連藤から差し出された手を掴み、黒塗りの車の座席へと体を滑り込ませた。

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